万葉集 巻第七 1415〜1417番
玉梓の 妹は珠かも
妻は玉なのだろうか。清らかな山辺に撒いたら散ってしまった。或本の歌では、妻は花なのだろうか、この山陰に撒いたら消えてしまった。名児の海を漕いで来ると、海の中で水手が呼んでいる。挽歌の終わりの歌と、或本の歌、覊旅の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞挽歌(3)・或本の歌・覊旅の歌
- 1玉玉たま梓梓ずさののの玉梓能1415
- 2妹妹いもははは珠珠たまかもかもかも妹者珠氈
- 3あしひきあしひきあしひきののの足氷木乃
- 4淸淸きよききき山山やま邊邊べににに清山邊
- 5蒔蒔まけけけばばば散散ちりりりぬるぬるぬる蒔散漆
- 6玉玉たま梓梓ずさののの玉梓之1416 或本
- 7妹妹いもははは花花はなかもかもかも妹者花可毛
- 8あしひきあしひきあしひきののの足日木乃
- 9このこのこの山山やまかげかげかげににに此山影爾
- 10蒔蒔まけけけばばば失失うせせせぬるぬるぬる麻氣者失留
- 11名兒名兒なごののの海海うみををを名兒乃海乎1417 覊旅
- 12朝朝あさ榜榜こぎぎぎ來來くれれればばば朝榜來者
- 13海海わた中中なかににに海中爾
- 14水手水手かこぞぞぞ呼呼よぶぶぶなるなるなる鹿子曾鳴成
- 15あはれあはれあわれそのそのその水手水手かこ何怜其水手
現代語訳
〔1415〕(玉梓の)妻は玉なのだろうか。(あしひきの)清らかな山辺に撒いたら、散ってしまった。
〔1416〕(玉梓の)妻は花なのだろうか。(あしひきの)この山陰に撒いたら、消えてしまった。
〔1417〕名児の海を朝漕いでくると、海の中で水手が呼び合っているのが聞こえる。ああ、その水手よ。
意訳
1415番は、火葬した妻の骨を山に撒いたことを、玉が散ったようだと歌う。散骨のことを詠んだ珍しい歌である。1416番は或本に伝わる別の形で、妻を花にたとえている。1417番は覊旅の歌で、名児の海を朝漕いでいくと、海の中で水手たちが呼び交わす声が聞こえるという、旅の情景を詠んでいる。
語釈・文法注
文法・本文
- 玉梓の
- 使いの意で、ここは「妹」にかかる枕詞。
- 蒔けば
- 撒いたところ。遺骨を撒くこと。
- 水手
- 「かこ」。船の漕ぎ手。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・挽歌・1415〜1417番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の「挽歌」の終わりの一首とその或本の歌、および「覊旅の歌」一首。作者はわからない。
修辞
- 見立て
- 妻の遺骨を玉や花に見立てる。
- 枕詞
- 「玉梓の」が「妹」に、「あしひきの」が「山」にかかる。
解説
1415・1416番は、火葬が広まった奈良時代の葬送のありさまをうかがわせる。巻第七はこの1417番で終わる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、287頁(コマ147)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、318頁(コマ165)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日