万葉集 巻第七 1404〜1409番
鏡なす 吾が見し君を
鏡のように大切に見ていたあなたを、阿婆の野の花橘の玉のように拾ってしまった。秋津野に朝かかる雲、泊瀬の山の霞と雲、妹が泊瀬の山に廬すという言葉、秋山の黄葉に入っていった妹。亡き人を悼む挽歌六首。
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題詞挽歌(1)
- 1鏡鏡かがみなすなすなす鏡成1404
- 2吾吾わががが見見みししし君君きみををを吾見之君乎
- 3阿婆阿婆あばののの野野ぬののの阿婆乃野之
- 4花花はな橘橘たちばなののの花橘之
- 5珠珠たまににに拾拾ひりひひいつつつ珠爾拾都
- 6秋津秋津あきつ野野ぬををを蜻野叫1405
- 7人人ひとののの懸懸かくれくれくればばば人之懸者
- 8麻麻あさ蒔蒔まきききししし朝蒔
- 9君君きみががが思思おもほほおえええててて君之所思而
- 10嘆嘆なげきははは止止やまままずずず嗟齒不病
- 11秋津秋津あきつ野野ぬににに秋津野爾1406
- 12朝朝あさゐるゐるいる雲雲くもののの朝居雲之
- 13失失うせせせゆけゆけゆけばばば失去者
- 14昨日昨日きのうももも今今け日日ふももも前裳今裳
- 15亡亡なききき人人ひと念念おもほほおゆゆゆ無人所念
- 16隱隱こもり口口くののの隱口乃1407
- 17泊瀨泊瀨はつせののの山山やまににに泊瀨山爾
- 18霞霞かすみ立立たちちち霞立
- 19棚棚たな引引びくくく雲雲くもははは棚引雲者
- 20妹妹いもにににかもかもかもあらあらあらむむん妹爾鴨在武
- 21枉枉まが語語ごとかかか枉語香1408
- 22逆逆およずれ言言ごとかかか逆言哉
- 23こもりくこもりくこもりくののの隱口乃
- 24泊瀨泊瀨はつせののの山山やまににに泊瀨山爾
- 25廬廬いおりすすすととといふいふいう廬爲云
- 26秋秋あき山山やまののの秋山1409
- 27黃黃もみ葉葉じあはれあはれあわれととと黃葉何怜
- 28うらぶれうらぶれうらぶれててて浦觸而
- 29入入いりりりにににししし妹妹いもははは入西妹者
- 30待待まてててどどど來來きまさまさまさずずず待不來
現代語訳
〔1404〕(鏡なす)私が大切に見てきたあなたを、阿婆の野の花橘の玉のように、拾い納めてしまった。
〔1405〕秋津野のことを人が口にすると、麻を蒔いていたあなたが思い出されて、嘆きはやまない。
〔1406〕秋津野に朝かかっている雲が消えていくと、昨日も今日も亡き人のことが思われる。
〔1407〕(隠口の)泊瀬の山に霞が立ち、たなびいている雲は、妻なのだろうか。
〔1408〕でたらめか、うそ言か。(こもりくの)泊瀬の山に仮の宿りをしているという。
〔1409〕秋山の黄葉がすばらしいと、しょんぼりして入っていった妻は、待っても帰ってこない。
意訳
亡き人を悼む挽歌である。1404番は、大切な人の遺骨を花橘の実を拾うように拾い納めた悲しみ、1405・1406番は、秋津野の地名を聞くにつけ、またそこに消えていく朝の雲を見るにつけ、亡き人を思う歌である。泊瀬は葬送の地で、1407番はそこにたなびく雲(火葬の煙)を妻かと思い、1408番は妻が泊瀬の山に籠っているという知らせを信じられないと嘆き、1409番は黄葉の山に入ったまま帰らない妻を待つ歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 鏡なす
- 鏡のように大切に。
- 枉語・逆言
- 「まがごと」「およづれごと」。でたらめ、人を惑わす言葉。
- うらぶれて
- しょんぼりと元気なく。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・挽歌・1404〜1409番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の「挽歌」のうち初めの六首。作者はわからない。
修辞
- 見立て
- 1407番で、山にたなびく雲を亡き妻に見立てる。
- 枕詞
- 「隱口の」「こもりくの」が「泊瀨」にかかる。
解説
1408番は、人麻呂の泣血哀慟歌(巻第二の207番以下)などと同じく、死を受け入れられない思いを表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、286頁(コマ147)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、317頁(コマ164)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日