万葉集 巻第七 1392〜1397番
むらさきの 名高の浦の
名高の浦の砂に袖が触れるだけのように、共寝もせずに終わるのだろうか。企救の浜辺の砂、潮満ちる磯の草、荒磯の名告藻、名高の浦の名告藻、海の玉藻。浦の砂と藻に寄せた譬喩歌六首。
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題詞譬喩歌 浦の沙に寄す・藻に寄す
- 1むらさきむらさきむらさきののの紫之1392 沙
- 2名高名高なたかののの浦浦うらののの名高浦之
- 3まなごまなごまなごちちちににに愛子地
- 4袖袖そでのみのみのみ觸觸ふりりりててて袖耳觸而
- 5寐寐ねずずずかかかなりなりなりなむなむなん不寐香將成
- 6豐豐とよ國國くにののの豐國之1393 沙
- 7企救企救きくののの濱濱はま邊邊べののの聞之濱邊之
- 8まなごまなごまなごちちちののの愛子地
- 9眞眞ま直直なおにににしししあらあらあらばばば眞直之有者
- 10何何なにかかか嘆嘆なげかかかむむん何如將嘆
- 11潮潮しお滿滿みてててばばば鹽滿者1394 藻
- 12入入いりりりぬるぬるぬる磯磯いそののの入流礒之
- 13草草くさなれなれなれややや草有哉
- 14見見みらくらくらくすくなくすくなくすくなく見良久少
- 15戀戀こふふうらくらくらくののの多多おおききき戀良久乃太寸
- 16沖沖おきつつつ浪浪なみ奧浪1395 藻
- 17寄寄よするするする荒荒あり磯磯そののの依流荒礒之
- 18名告藻名告藻なのりそははは名告藻者
- 19心心こころのののうちうちうちににに心中爾
- 20疾疾とくくくとととなりなりなりけりけりけり疾跡成有
- 21むらさきむらさきむらさきののの紫之1396 藻
- 22名高名高なたかののの浦浦うらののの名高浦乃
- 23名告藻名告藻なのりそののの名告藻之
- 24磯磯いそににに靡靡なびかかかむむん於礒將靡
- 25時時とき待待まつつつ吾吾われををを時待吾乎
- 26荒荒あり磯磯そ越越こすすす荒礒超1397 藻
- 27浪浪なみははは恐恐かしこししし浪者恐
- 28然然しかすがにすがにすがに然爲蟹
- 29海海うみののの玉玉たま藻藻もののの海之玉藻之
- 30憎憎にくくくくはははあらあらあらずずずててて憎者不有手
現代語訳
〔1392〕(むらさきの)名高の浦の砂に、袖だけが触れるように、共寝もしないで終わるのだろうか。
〔1393〕豊国の企救の浜辺の砂のように、まっすぐな心であるならば、何を嘆くことがあろう。
〔1394〕潮が満ちると隠れてしまう磯の草なのだろうか、あの人は。見ることは少なく、恋しく思うことは多い。
〔1395〕沖の波の寄せる荒磯の名告藻(名を告げられない人)は、たちまち心の中に住みついてしまった。
〔1396〕(むらさきの)名高の浦の名告藻が、磯になびく時を待っている私なのに。
〔1397〕荒磯を越す波は恐ろしい。それでもやはり、海の玉藻は憎くはなくて。
意訳
浦の砂と藻に寄せた譬喩歌である。袖が触れるだけで共寝もできずに終わるのかと嘆く歌、相手の心がまっすぐなら嘆くこともないという歌、潮に隠れる磯の草のようにめったに会えない恋人、名を告げてはならない恋(名告藻)がたちまち胸にしみついた歌、相手がなびいてくれる時を待つ歌、波(周囲の目)は恐ろしいが恋人(玉藻)は愛しいという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- まなご
- 細かい砂。
- 眞直
- 「まなほ」。まっすぐ、正直。
- 名告藻
- 「なのりそ」。「名告るな」の意をこめる。
- 然すがに
- そうはいってもやはり。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1392〜1397番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「浦の沙に寄す」二首と「藻に寄す」四首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 恋人を砂・磯の草・名告藻・玉藻にたとえる。
- 枕詞
- 「むらさきの」が「名高」にかかる。
解説
名高の浦は和歌山県海南市の海岸、企救の浜は福岡県北九州市の海岸。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、285頁(コマ146)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、316頁(コマ164)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日