万葉集 巻第七 1381〜1386番
廣瀨川 袖つくばかり
広瀬川は袖が浸るほどの浅い川なのに、あなたは浅い心の人なのに、私は心を深めて思っているのだろうか。泊瀬川の水泡、激つ心、水に隠れた嘆き、弓削の河原の埋木、大船で漕ぎ出た沖。河・埋木・海に寄せた譬喩歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞譬喩歌 河に寄す(2)・埋木に寄す・海に寄す
- 1廣瀨廣瀨ひろせ川川がわ廣瀨川1381 河
- 2袖袖そでつくつくつくばかりばかりばかり袖衝許
- 3淺淺あさきききをををややや淺乎也
- 4心心こころ深深ふかめめめててて心深目手
- 5吾吾わががが念念おもへへえらむらむらん吾念有良武
- 6泊瀨泊瀨はつせ川川がわ泊瀨川1382 河
- 7流流ながるるる水水み沫沫なわののの流水沫之
- 8絕絕たえええばばばこそこそこそ絕者許曾
- 9吾吾わががが念念おもふふう心心こころ吾念心
- 10遂遂とげげげじじじととと思思おもははわめめめ不遂登思齒目
- 11嘆嘆なげきききせせせばばば名毛伎世婆1383 河
- 12人人ひと知知しりりりぬぬぬべみべみべみ人可知見
- 13山山やま川川がわののの山川之
- 14激激たぎつつつ情情こころををを瀧情乎
- 15塞塞せかかかへへへたるたるたるかもかもかも塞敢而有鴨
- 16水水みな隱隱ごもりりりににに水隱爾1384 河
- 17息息いき衝衝づきききあまりあまりあまり氣衝餘
- 18早早はや川川かはののの早川之
- 19瀨瀨せにににははは立立たつつつともともとも瀨者立友
- 20人人ひとににに言言いははわめめめやもやもやも人二將言八方
- 21眞眞ま鉇鉇かな持持もちちち眞鉇持1385 埋木
- 22弓削弓削ゆげののの河河かわ原原らののの弓削河原之
- 23埋埋うもれ木木ぎののの埋木之
- 24顯顯あらわるるるましじきましじきましじき不可顯
- 25事事ことにににあらあらあらなくなくなくににに事爾不有君
- 26大大おお船船ぶねににに大船爾1386 海
- 27眞眞ま楫楫かじ繁繁しじ貫貫ぬききき眞梶繁貫
- 28漕漕こぎぎぎ出出でにににししし水手出去之
- 29沖沖おきははは深深ふかけけけむむん奧者將深
- 30潮潮しおははは干干ひぬぬぬともともとも潮者干去友
現代語訳
〔1381〕広瀬川の、袖が浸るほどの浅い流れのように浅い心の人なのに、私は心を深めて思っているのだろうか。
〔1382〕泊瀬川を流れる水の泡が絶えるならばそのときこそ、私の思う心を遂げまいと思うだろう。
〔1383〕嘆いたら人に知られてしまいそうなので、山川のように激しくたぎる心を、せき止めていることだ。
〔1384〕水に隠れるように胸の内でため息をつきすぎて、たとえ早川の瀬に立つことになっても、人に言うものか。
〔1385〕鉇を手にして削る弓削の河原の埋もれ木のように、表に出ないはずの事ではないのに。
〔1386〕大船に楫をたくさん取りつけて漕ぎ出した沖は、深いことだろう。潮は引いても。
意訳
河・埋木・海に寄せた譬喩歌である。浅い心の相手を深く思ってしまう歌、泊瀬川の水の泡が絶えない限り思いを遂げようという誓い、人に知られまいと激しい恋心をせき止める歌、どんな困難にあっても恋を口外しない決意、埋もれ木のように隠しておけない恋がいずれ露見するという歌、そして、ひとたび漕ぎ出した恋は深いものだという海の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 袖つくばかり
- 袖が水に浸るほど。
- 塞かへたる
- せき止めている。
- 眞鉇
- 「まかな」。木を削る道具。「弓削」を導く。
- 顯るましじき
- 表に出るはずのない。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1381〜1386番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「河に寄す」歌の終わりの四首、「埋木に寄す」一首、「海に寄す」歌の初めの一首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 心の深さ・激しさを川の流れに、隠した恋を埋もれ木にたとえる。
- 序詞
- 1385番の「眞鉇持ち弓削の河原の埋木の」が「顯る」を導く。
解説
埋もれ木は、のちの平安時代の和歌でも、人に知られない恋や不遇の身のたとえとしてよく詠まれた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、284頁(コマ146)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、315頁(コマ163)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日