万葉集 巻第七 1370〜1375番
甚も零らぬ 雨ゆゑ行潦
たいして降りもしない雨なのだから、にわたずみよ、ひどく流れるな、人に知られてしまう。雨にも濡れないのに乾かない袖、月読壮士、春日山の月、闇夜に待つ月、朝霜のような命。雨と月に寄せた譬喩歌六首。
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題詞譬喩歌 雨に寄す・月に寄す
- 1甚甚はなわだももも甚多毛1370 雨
- 2零零ふらららぬぬぬ雨雨あめゆゑゆゑゆえ不零雨故
- 3行潦行潦にわたずみ庭立水
- 4いたくいたくいたくななな行行ゆきききそそそ大莫逝
- 5人人ひとののの知知しるるるべくべくべく人之應知
- 6ひさかたひさかたひさかたののの久堅之1371 雨
- 7雨雨あめにににははは著著きぬぬぬををを雨爾波不著乎
- 8恠恠あやしくしくしくももも恠毛
- 9吾吾わががが衣衣ころも手手でははは吾袖者
- 10干干ひるるる時時ときなきなきなきかかか干時無香
- 11みみみ空空そらゆくゆくゆく三空往1372 月
- 12月月つく讀讀よみ壯壯お士士とこ月讀壯士
- 13夕夕ゆう去去さらららずずず夕不去
- 14目目めにににははは見見みれれれどもどもども目庭雖見
- 15寄寄よるるる緣緣よしももも無無なししし因緣毛無
- 16春日春日かすが山山やま春日山1373 月
- 17山山やま高高たかからからからししし山高有良之
- 18石石いわののの上上うえののの石上
- 19菅菅すがののの根根ね見見みむむむににに菅根將見爾
- 20月月つき待待まちちちがてがてがてぬぬぬ月待難
- 21闇闇やみののの夜夜よははは闇夜者1374 月
- 22苦苦くるしきしきしきものものものををを辛苦物乎
- 23何何い時時つしかしかしかととと何時跡
- 24吾吾わががが待待まつつつ月月つきももも吾待月毛
- 25早早はやももも照照てらららぬぬぬかかか早毛照奴賀
- 26朝朝あさ霜霜しもののの朝霜之1375
- 27消消けやすきやすきやすき命命いのち消安命
- 28誰誰たがががためためためににに爲誰
- 29千千ち歲歲とせもがももがももがもととと千歲毛欲得跡
- 30吾吾わががが念念おもははわなくなくなくににに吾念莫國
現代語訳
〔1370〕たいして降りもしない雨なのに、にわたずみよ、ひどく流れるな。人に知られてしまうから。
〔1371〕(ひさかたの)雨には濡れないのに、不思議にも、私の袖は乾く時がないことだ。
〔1372〕空を渡っていく月の若者は、毎夕欠かさず目には見えるけれど、近寄る手だてもない。
〔1373〕春日山は山が高いらしい。岩の上の菅の根を見ようとして、月の出を待ちかねている。
〔1374〕闇夜はつらいものなのに、いつ出るかと私が待っている月も、早く照らないものか。
〔1375〕朝霜のように消えやすい命を、誰のために千年もあってほしいと私は思うでしょう。(あなたのためなのに。)
意訳
雨と月に寄せた歌である。ちょっとした恋なのに噂が大きくなるのを、にわたずみの流れにたとえて案じる歌、涙で袖の乾く間もない歌、毎晩見ても手の届かない月の若者(身分の高い男)への恋、月の出(恋人の訪れ)を待ちかねる歌が並ぶ。1375番は譬喩歌ではないが、闇夜の歌を作った人が同じ心で詠んだので、ここに載せたと左注にある。
語釈・文法注
文法・本文
- 行潦
- 「にはたづみ」。雨で地上にたまって流れる水。
- 月讀壯士
- 月を若い男に見立てた語。
- 月待ちがてぬ
- 月の出を待ちかねている。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1370〜1375番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「雨に寄す」二首と「月に寄す」三首、およびそれに続く一首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 噂を雨水に、恋人を月にたとえる。
- 枕詞
- 1371番の「ひさかたの」が「雨」にかかる。
解説
1371番は、雨ではなく涙で袖が濡れていることを、謎かけのように表している。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、283頁(コマ145)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、314頁(コマ163)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日