万葉集 巻第七 1360〜1365番
氣の緒に 念へる吾を
命がけで思っている私を捨てて、山萵苣の花のように、あなたは心変わりしたのだろうか。住吉の杜若、韓藍の花、春日野の萩、秋萩、妻の庭の萩。花に寄せた譬喩歌六首。
場面イラスト(準備中)
題詞譬喩歌 花に寄す
- 1氣氣いきののの緒緒をににに氣緒爾1360
- 2念念おもへへえるるる吾吾われををを念有吾乎
- 3山山やま萵苣萵苣ちさののの山治左能
- 4花花はなにににかかか君君きみががが花爾香君之
- 5移移うつろろろひひひぬぬぬらむらむらん移奴良武
- 6住吉住吉すみのえののの墨吉之1361
- 7淺淺あさ澤澤ざわ小小お野野ぬののの淺澤小野之
- 8杜若杜若かきつばた垣津幡
- 9衣衣きぬににに摺摺すりりり著著つけけけ衣爾摺著
- 10著著きむむむ日日ひ知知しらららずずずももも將衣日不知毛
- 11秋秋あきさらさらさらばばば秋去者1362
- 12移移うつしししもももせせせむむんととと影毛將爲跡
- 13吾吾わががが蒔蒔まきききししし吾蒔之
- 14韓藍韓藍からあいののの花花はなををを韓藍之花乎
- 15誰誰たれかかか採採つみみみけむけむけん誰採家牟
- 16春日春日かすが野野ぬににに春日野爾1363
- 17咲咲さきききたるたるたる萩萩はぎははは咲有芽子者
- 18片片かた枝枝えははは片枝者
- 19いまだいまだいまだ含含ふふめめめりりり未含有
- 20言言ことななな絕絕たえええそそそねねね言勿絕行年
- 21見見みまくまくまく欲欲ほりりり欲見1364
- 22戀戀こひひいつつつつつつ待待まちちちししし戀管待之
- 23秋秋あき萩萩はぎははは秋芽子者
- 24花花はなのみのみのみ咲咲さきききててて花耳開而
- 25成成ならららずずずかもかもかもあらあらあらむむん不成可毛將有
- 26吾吾わぎ妹妹も子子こががが吾妹子之1365
- 27屋屋や前前どののの秋秋あき萩萩はぎ屋前之秋芽子
- 28花花はなよりよりよりははは自花者
- 29實實みににになりなりなりてててこそこそこそ實成而許曾
- 30戀戀こひひい益益まさりりりけれけれけれ戀益家禮
現代語訳
〔1360〕命がけで思っている私を捨てて、山萵苣の花のように、あなたは心変わりしてしまったのだろうか。
〔1361〕住吉の浅沢小野の杜若を、衣に摺りつけて着る日は、いつのことかわからない。
〔1362〕秋になったら移し染めにもしようと、私が蒔いた韓藍の花を、誰が摘んでしまったのだろう。
〔1363〕春日野に咲いている萩は、片方の枝はまだつぼみのままだ。便りを絶やさないでおくれ。
〔1364〕見たいと恋いながら待っていた秋萩は、花だけ咲いて、実はならないのだろうか。
〔1365〕いとしい妻の家の庭の秋萩は、花のときよりも、実になってからこそ、いっそう恋しさがまさった。
意訳
花に寄せた譬喩歌である。移ろいやすい山萵苣の花に心変わりした恋人を嘆く歌、杜若の色を衣に摺る日(結ばれる日)がいつかわからないという歌、育てていた韓藍の花(娘)を他人に摘まれた嘆き、片枝はまだつぼみの萩(まだ幼い妹娘)を待つ歌、花ばかりで実を結ばない恋を案じる歌、結ばれてからいっそう恋しさがつのったという歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 氣の緒に
- 命がけで。
- 山萵苣
- 「やまちさ」。エゴノキの類とされる。
- 韓藍
- 「からあゐ」。ケイトウ。花で衣を染めた。
- 含めり
- つぼみのままである。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1360〜1365番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「花に寄す」歌六首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 恋人を花にたとえ、恋の成就を実を結ぶことにたとえる。
解説
萩の花と実を、恋の始まりと成就に重ねる発想が見られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、282頁(コマ145)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、313頁(コマ162)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日