万葉集 巻第七 1353〜1359番
石上 布留の早田を
布留の早稲田が穂を出さなくても、せめて縄だけは張っておけ、見守っていよう。真野の榛原、杣人の造る仮廬、向かいの峰の桃、母の桑、わが家の毛桃、若楓。稲と木に恋をたとえた譬喩歌七首。
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題詞譬喩歌 稻に寄す・木に寄す
- 1石上石上いそのかみ石上1353 稻
- 2布留布留ふるののの早早わ田田さだををを振之早田乎
- 3秀秀ひでででずずずともともとも雖不秀
- 4繩繩なわだにだにだに延延はへへへよよよ繩谷延與
- 5守守もりりりつつつつつつ居居おらららむむん守乍將居
- 6白白しら菅菅すげののの白菅之1354 木
- 7眞野眞野まぬののの榛榛はり原原はら眞野乃榛原
- 8心心こころゆゆゆももも心從毛
- 9念念おもははわぬぬぬ吾吾われししし不念吾之
- 10衣衣ころもににに摺摺すりりりつつつ衣爾摺
- 11眞眞ま木木き柱柱ばしら眞木柱1355 木
- 12つくるつくるつくる杣杣そま人人びと作蘇麻人
- 13いささめいささめいささめににに伊左佐目丹
- 14假假かり廬廬ほののの爲爲ためととと借廬之爲跡
- 15造造つくりりりけめけめけめやもやもやも造計米八方
- 16向向むかつつつ峯峯をににに向峯爾1356 木
- 17立立たてててるるる桃桃ももののの樹樹き立有桃樹
- 18成成ならららめめめやややととと將成哉等
- 19人人ひとぞぞぞ耳耳さ言言さやきききししし人曾耳言爲
- 20汝汝なががが情情こころゆめゆめゆめ汝情勤
- 21足足たら乳乳ち根根ねののの足乳根乃1357 木
- 22母母ははのののそのそのその業業なりののの母之其業
- 23桑桑くわすらすらすらににに桑尙
- 24願願ねがへへえばばば衣衣きぬににに願者衣爾
- 25著著きるるるととといふいふいうものものものををを著常云物乎
- 26愛愛はしきしきしきやしやしやし波之吉也思1358 木
- 27吾家吾家わぎえののの毛毛け桃桃もも吾家乃毛桃
- 28本本もとしげみしげみしげみ本繁
- 29花花はなのみのみのみ咲咲さきききててて花耳開而
- 30ならならならざらざらざらめめめやもやもやも不成在目八方
- 31向向むかつつつ岡岡をののの向岡之1359 木
- 32若若わか楓楓かえるでののの木木き若楓木
- 33下下しず枝枝え取取とりりり下枝取
- 34花花はな待待まつつついいい間間まににに花待伊間爾
- 35嘆嘆なげきききつるつるつるかもかもかも嘆鶴鴨
現代語訳
〔1353〕石上の布留の早稲田が、まだ穂を出さなくても、せめて縄だけでも張っておけ。見守っていよう。
〔1354〕白菅の真野の榛原の色を、心から思ってもいない私が、衣に摺ってしまった。
〔1355〕真木の柱を造る杣人は、いいかげんに仮小屋のためと思って造ったのだろうか。
〔1356〕向かいの峰に立っている桃の木は実がなるだろうか、と人がささやいた。あなたの心よ、ゆめゆめ変わるな。
〔1357〕(足乳根の)母がなりわいにする桑の葉でさえ、願えば衣になって着るというのに。
〔1358〕いとしいわが家の毛桃は、根もとが茂っているから、花だけ咲いて実がならないことがあろうか。
〔1359〕向かいの岡の若い楓の下枝を手に取って、花の咲くのを待つ間に、嘆いてしまったことだ。
意訳
稲と木に寄せた譬喩歌である。まだ幼い娘(穂の出ない早稲田)に縄を張って見守ろうという歌、思ってもいない人と関係してしまった歌、本気で造った家だからいいかげんな仲ではないという歌、恋の成就を危ぶむ噂に心を変えるなと言い聞かせる歌、母が許せば結ばれるだろうという歌、わが家の娘はきっと良縁に恵まれるという親の歌、娘の成長を待ちわびる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 秀でずとも
- 穂を出さなくても。
- いささめに
- かりそめに、いいかげんに。
- 耳言く
- 「ささやく」。
- 若楓
- 「わかかへるで」。若いカエデ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1353〜1359番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「稻に寄す」一首と「木に寄す」六首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 娘を早稲田・桃・楓などにたとえる。
- 枕詞
- 「石上」が「布留」に、「白菅の」が「眞野」に、「足乳根の」が「母」にかかる。
解説
桃の実がなることは恋の成就のたとえとして、古くから歌われた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、282頁(コマ145)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、312頁(コマ162)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日