万葉集 巻第七 1336〜1341番
冬ごもり 春の大野を
春の野を焼く人は、焼き足りないのだろうか。私の心まで燃えている。葛城の高間の草野、土針、月草の衣、紫の糸と山橘、越の菅原。草に寄せた譬喩歌のうち初めの六首。
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題詞譬喩歌 草に寄す(1)
- 1冬冬ふゆごもりごもりごもり冬隱1336
- 2春春はるののの大大おお野野ぬををを春乃大野乎
- 3燒燒やくくく人人ひとははは燒人者
- 4燒燒やききき足足たらららねねねかもかもかも燒不足香文
- 5吾吾わががが情情こころ熾熾やくくく吾情熾
- 6葛城葛城かずらきののの葛城乃1337
- 7高間高間たかまののの草草かや野野ぬ高間草野
- 8早早はや領領しりりりててて早知而
- 9標標しめ指指ささささましましましををを標指益乎
- 10今今いまぞぞぞ悔悔くやしきしきしき今悔拭
- 11吾吾わががが屋屋や前前どににに吾屋前爾1338
- 12生生おふるふるうる土土つち針針はり生土針
- 13心心こころゆゆゆももも從心毛
- 14想想おもははわぬぬぬ人人ひとののの不想人之
- 15衣衣きぬににに摺摺すらららゆゆゆななな衣爾須良由奈
- 16鴨頭草鴨頭草つきくさににに鴨頭草丹1339
- 17衣衣ころも色色いろどりどりどり服色取
- 18摺摺すらららめめめどもどもども摺目伴
- 19變變うつろふふう色色いろととといふいふいうががが移變色登
- 20苦苦くるしさしさしさ偁之苦沙
- 21紫紫むらさきののの紫1340
- 22絲絲いとをををぞぞぞ吾吾わががが搓搓よるるる絲乎曾吾搓
- 23あしひきあしひきあしひきののの足檜之
- 24山山やま橘橘たちばなををを山橘乎
- 25貫貫ぬかかかむむんととと念念おもひひいててて將貫跡念而
- 26眞眞ま珠珠たまつくつくつく眞珠付1341
- 27越越おちののの菅菅すが原原はら越能菅原
- 28吾吾われ刈刈からららずずず吾不苅
- 29人人ひとののの刈刈からららまくまくまく人之苅卷
- 30惜惜おしきしきしき菅菅すが原原はら惜菅原
現代語訳
〔1336〕(冬ごもり)春の大野を焼く人は、焼き足りないのだろうか。私の心までも焼けるように燃える。
〔1337〕葛城の高間の草野を、早く自分のものにして標を張っておけばよかったのに。今になって悔しい。
〔1338〕わが家の庭に生えている土針よ。心から思ってもいない人の衣に摺られるな。
〔1339〕月草で衣を色どりに摺りもしようが、移ろいやすい色だというのがつらい。
〔1340〕紫の糸を私はよっている。(あしひきの)山橘の実を貫こうと思って。
〔1341〕(真珠つく)越の菅原を、私は刈らずにいて、人が刈るのが惜しい菅原よ。
意訳
草に寄せた譬喩歌である。野焼きの火に燃え上がる恋心、早く自分のものにしておけばよかった草野(娘)への後悔、思ってもいない男になびくなと娘に言い聞かせる歌、移り気な月草の色に変わりやすい心を案じる歌、山橘(娘)と結ばれる準備をする歌、自分は手を出さずにいた菅原(娘)を他人に取られるのが惜しい歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 熾く
- 燃えさかる。
- 早領りて
- 早く自分のものにして。
- 土針
- 「つちはり」。草の名。ツクバネソウなどとされる。
- 眞珠つく
- 「越(をち)」にかかる枕詞。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1336〜1341番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「草に寄す」歌の初めの六首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 娘を草や菅原にたとえる。
- 枕詞
- 「冬ごもり」が「春」に、「あしひきの」が「山」にかかる。
解説
標を結う、刈る、摺るなど、草にかかわる行為が恋の比喩として巧みに使われている。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、281頁(コマ144)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、310頁(コマ161)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日