万葉集 巻第七 1328〜1335番
膝に伏す 玉の小琴の
膝に置く美しい琴のように、何事もなければ、これほどひどく恋いはしないだろう。安達太良の真弓、南淵山の檀の弓、恐れ多い山、山なつかしみ、佐保山、奥山の苔、畝傍山に結う標。琴・弓・山に恋をたとえた譬喩歌八首。
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題詞譬喩歌 日本琴に寄す・弓に寄す・山に寄す
- 1膝膝ひざににに伏伏ふすすす伏膝1328 琴
- 2玉玉たまののの小小お琴琴ごとののの玉之小琴之
- 3事事ことなくなくなくばばば事無者
- 4はなはだはなはだはなわだ幾幾ここ許許だ甚幾許
- 5吾吾われ戀戀こひひいめめめやもやもやも吾將戀也毛
- 6陸奧陸奧みちのくののの陸奧之1329 弓
- 7安太多良安太多良あだたら眞眞ま弓弓ゆみ吾田多良眞弓
- 8弦弦つら著著はけけけててて著絃而
- 9引引ひかかかばばばかかか人人ひとののの引者香人之
- 10吾吾わををを言言ことなさなさなさむむん吾乎事將成
- 11南淵南淵みなぶちののの南淵之1330 弓
- 12細川細川ほそかわ山山やまににに細川山
- 13立立たつつつ檀檀まゆみ立檀
- 14弓弓ゆ束束ずか纏纏まくくくまでまでまで弓束纒及
- 15人人ひとににに知知しらららえええじじじ人二不所知
- 16磐磐いわ疊疊だたみ磐疊1331 山
- 17かしこきかしこきかしこき山山やまととと恐山常
- 18知知しりりりつつつつつつももも知管毛
- 19吾吾われははは戀戀こふるふるうるかかか吾者戀香
- 20同等同等なみならならならなくなくなくににに同等不有爾
- 21磐磐いわががが根根ねののの石金之1332 山
- 22こごしきこごしきこごしき山山やまににに凝敷山爾
- 23入入いりりり初初そめめめててて入始而
- 24山山やまなつかしなつかしなつかしみみみ山名付染
- 25出出いでででがてがてがてぬぬぬかもかもかも出不勝鴨
- 26佐保佐保さほ山山やまををを佐保山乎1333 山
- 27凡凡おおににに見見みしししかどかどかど於凡爾見之鹿跡
- 28今今いま見見みれれればばば今見者
- 29山山やまなつかしなつかしなつかしももも山夏香思母
- 30風風かぜ吹吹ふくくくなななゆめゆめゆめ風吹莫勤
- 31奧奧おく山山やまののの奧山之1334 山
- 32石石いわににに蘿蘿こけ生生むししし於石蘿生
- 33恐恐かしこけどけどけど恐常
- 34思思おもふふう情情こころををを思情乎
- 35いかにいかにいかにかかかもももせせせむむん何如裳勢武
- 36思思おもひひいあまりあまりあまり思騰1335 山
- 37甚甚いたもももすべすべすべ無無なみみみ痛文爲便無
- 38玉玉たま襷襷だすき玉手次
- 39畝火畝火うねびののの山山やまににに雲飛山仁
- 40吾吾われ標標しめ結結ゆひひいつつつ吾印結
現代語訳
〔1328〕膝に置く美しい小琴のように、何事もなかったら、これほどひどく私は恋しく思うだろうか。
〔1329〕陸奥の安達太良の真弓に弦をかけて引くように、誘ったら、人は私のことを噂するだろうか。
〔1330〕南淵の細川山に立つ檀の木よ。弓束を巻くまで、人には知られまい。
〔1331〕岩の重なった恐れ多い山と知りながらも、私は恋い慕うことだ。並ぶ身分ではないのに。
〔1332〕岩の根の険しい山に入りはじめて、山に心ひかれて、出ることができないことだ。
〔1333〕佐保山をなんとなく見ていたけれど、今見ると山が懐かしい。風よ決して吹くな。
〔1334〕奥山の岩に苔が生えて恐れ多いけれど、思う心をどうしたらよいだろうか。
〔1335〕思いあまって、どうしようもないので、(玉襷)畝傍の山に私は標を結ってしまった。
意訳
琴・弓・山に寄せた譬喩歌である。1328番は膝の琴(妻)に何事かあったから恋しいという歌、弓の二首は女を誘うことや、結ばれるまでは人に知られまいという思いを弓にたとえる。山の歌は、身分の高い恐れ多い相手を山にたとえ、それでも恋い慕う心、入りはじめた恋から抜け出せない思い、改めて見ると慕わしく思われる相手、思いあまって畝傍山に標を結う(わがものと決める)決意を歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 事なくば
- 何事もなかったら。
- 弓束
- 「ゆづか」。弓の握りの部分。そこに皮を巻くと弓が仕上がる。
- 同等
- 「なみ」。並ぶもの、同等の身分。
- 標結ふ
- 標縄を張って自分のものとする。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1328〜1335番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、「日本琴に寄す」一首、「弓に寄す」二首、「山に寄す」五首。作者はわからない。
修辞
- 譬喩
- 恋人を琴・弓・山にたとえる。
- 枕詞
- 1335番の「玉襷」が「畝火」にかかる。
解説
安達太良山は福島県の山で、陸奥の弓材の産地として知られた。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、280頁(コマ144)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、309頁(コマ160)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日