万葉集 巻第七 1304〜1310番
天雲の 棚引く山の
雲のたなびく山に隠れている私の秘めた心を、木の葉は知っているだろう。人国山の木の葉、山の黄葉の下の花、渡り瀬ごとの見張り、大船の湊、雲に隠れる小島の神。木・花・川・海に寄せた譬喩歌七首で、柿本人麻呂歌集の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞譬喩歌 木に寄す・花に寄す・川に寄す・海に寄す
- 1天天あま雲雲ぐもののの天雲1304 木
- 2棚棚たな引引びくくく山山やまののの棚引山
- 3隱隱こもりりりたるたるたる隱在
- 4吾吾わががが下下したごころごころごころ吾下心
- 5木木こののの葉葉は知知しるるるらむらむらん木葉知
- 6見見みれれれどどど飽飽あかかかぬぬぬ雖見不飽1305 木
- 7人國人國ひとくに山山やまののの人國山
- 8木木こののの葉葉はをををししし木葉
- 9己己わががが心心こころからからから己心
- 10懷懷なつかしかしかしみみみ念念おもふふう名著念
- 11このこのこの山山やまののの是山1306 花
- 12黃黃もみ葉葉じののの下下したののの黃葉下
- 13花花はなををを我我われ花矣我
- 14はつはつはつはつはつはつににに見見みててて小端見
- 15更更さらににに戀戀こいしししももも反戀
- 16このこのこの川川かはゆゆゆ從此川1307 川
- 17船船ふねははは行行ゆくくくべくべくべく船可行
- 18ありありありととといへいへいえどどど雖在
- 19渡渡わたりりり瀨瀨ぜごとごとごとににに渡瀨別
- 20守守もるるる人人ひとあるあるあるををを守人有
- 21大大おお船船ぶねののの大船1308 海
- 22候候さもらふふう水水みな門門と候水門
- 23事事ことしししあらあらあらばばば事有
- 24何方何方いずえゆゆゆ君君きみががが從何方君
- 25吾吾わををを率率い凌凌しぬがががむむん吾率凌
- 26風風かぜ吹吹ふきききててて風吹1309 海
- 27海海うみははは荒荒あるるるともともとも海荒
- 28明日明日あすととと言言いははわばばば明日言
- 29久久ひさしかるしかるしかるべしべしべし應久
- 30君君きみがががまにまにまにまにまにまに君隨
- 31雲雲くも隱隱がくるるる雲隱1310 海
- 32小小こ島島じまののの神神かみののの小島神之
- 33かしこけかしこけかしこけばばば恐者
- 34目目めははは隔隔へだつれつれつれどどど目間
- 35心心こころ隔隔へだてててめめめややや心間哉
現代語訳
〔1304〕空の雲がたなびく山に隠れている、私の秘めた心を、木の葉は知っているだろう。
〔1305〕見ても飽きない人国山の木の葉を、自分の心から、懐かしく思うことだ。
〔1306〕この山の黄葉の下の花を、私はちらりと見て、いっそう恋しいことだ。
〔1307〕この川を船は行けるはずだというけれど、渡り瀬ごとに見張りをする人がいるのに。
〔1308〕大船が風待ちをする湊で、もし事が起こったら、どこからあなたは私を連れて逃れてくれるのか。
〔1309〕風が吹いて海は荒れても、明日にと言うのなら、久しいことでしょう。あなたのお心のままに。
〔1310〕雲に隠れる小島の神が恐ろしいので、目は隔てていても、心を隔てたりするものか。
意訳
木・花・川・海に寄せた譬喩歌である。山に隠れた秘めた恋心を木の葉だけは知っているという歌、人妻を思わせる「人国山」の木の葉を慕う歌、黄葉の下の花(若い娘)をちらりと見て恋しさがつのる歌、親の見張りを川の渡り瀬の番人にたとえた歌、事が露見したら連れて逃げてくれるのかと問う女の歌、そして恐ろしい神(親や世間)のために逢えなくても心は隔てないと誓う歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 下ごころ
- 心の奥に秘めた思い。
- はつはつに
- ちらりと、わずかに。
- 候ふ
- 「さもらふ」。風や潮を待つ。
- 率凌がむ
- 連れて逃れてくれるだろうか。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・譬喩歌・1304〜1310番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 巻第七の譬喩歌のうち、木・花・川・海に寄せた歌七首。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 譬喩
- 恋人を花や木の葉に、親や世間の目を川の番人や小島の神にたとえる。
解説
人国山は紀伊の山とされるが、「人の国」(他人の妻)の意をこめると解する説がある。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、278頁(コマ143)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、307頁(コマ159)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日