万葉集 巻第七 1278〜1283番
夏影の 房の下に
夏の木陰の部屋で衣を裁つ妻よ、裏地をつけて私のために裁つなら、やや大きめに裁っておくれ。引津の莫告藻、宮路で破れた裳、春に摺る衣、倉椅山の白雲、倉椅川の石橋。柿本人麻呂歌集の旋頭歌の続き六首。
場面イラスト(準備中)
題詞旋頭歌(2)
- 1夏夏なつ影影かげののの夏影1278
- 2房房ねやののの下下もとににに房之下邇
- 3衣衣きぬ裁裁たつつつ吾吾わぎ妹妹も衣裁吾妹
- 4裏裏うら設設まけけけててて裏儲
- 5吾吾わがががためためため裁裁たたたたばばば吾爲裁者
- 6やややややや大大おおににに裁裁たててて差大裁
- 7梓梓あずさ弓弓ゆみ梓弓1279
- 8引津引津ひきつののの邊邊べなるなるなる引津邊在
- 9莫告藻莫告藻なのりそののの花花はな莫謂花
- 10採採つむむむまでまでまでににに及採
- 11逢逢あははわざらざらざらめめめやもやもやも不相有目八方
- 12莫告藻莫告藻なのりそののの花花はな勿謂花
- 13うちうちうち日日ひさすさすさす擊日刺1280
- 14宮宮みや路路じををを行行ゆくくくににに宮路行丹
- 15吾吾わががが裳裳もははは破破やれれれぬぬぬ吾裳破
- 16玉玉たまののの緒緒をののの玉緖
- 17念念おもひひい委委ゆだねねねててて念委
- 18家家いえににに在在あらららましましましををを家在矣
- 19君君きみがががためためため君爲1281
- 20手手た力力じから疲疲つかれれれ手力勞
- 21織織おりりりたるたるたる衣衣きぬぞぞぞ織在衣服斜
- 22春春はるさらさらさらばばば春去
- 23いかなるいかなるいかなる色色いろににに何何
- 24摺摺すりりりてててばばば好好よけけけむむん摺者吉
- 25橋橋はし立立だてののの橋立1282
- 26倉椅倉椅くらはし山山やまににに倉椅山
- 27立立たてててるるる白白しら雲雲くも立白雲
- 28見見みまくまくまく欲欲ほりりり見欲
- 29我我わがががするするするなべなべなべににに我爲苗
- 30立立たてててるるる白白しら雲雲くも立白雲
- 31橋橋はし立立だてののの橋立1283
- 32倉椅倉椅くらはし川川がわののの倉椅川
- 33石石いわ走走ばしはははももも石走者裳
- 34壯子時壯子時おざかりににに壯子時
- 35我我わががが渡渡わたりりりたるたるたる我度爲
- 36石石いわ走走ばしはははももも石走者裳
現代語訳
〔1278〕夏の木陰の部屋で衣を裁っている妻よ。裏地をつけて私のために裁つのなら、やや大きめに裁っておくれ。
〔1279〕(梓弓)引津のほとりの莫告藻の花よ。それを摘むころまでには、逢わないことがあろうか。莫告藻の花よ。
〔1280〕(うち日さす)宮仕えの道を行くうちに、私の裳は破れてしまった。(玉の緒の)思いをまかせて、家にいればよかったのに。
〔1281〕あなたのために、手が疲れるほど織った衣です。春になったら、どんな色に摺り染めたらよいでしょう。
〔1282〕(橋立の)倉椅山に立っている白雲よ。見たいと私が思うのにつれて、立っている白雲よ。
〔1283〕(橋立の)倉椅川の飛び石よ。若い盛りに私が渡った飛び石よ。
意訳
旋頭歌の続きである。夫のために衣を裁つ妻に大きめに裁てと頼む歌、莫告藻の花の咲くころには逢えるだろうという恋の歌、宮仕えの苦労を嘆く歌、恋人のために織った衣を春にどんな色に染めようかという歌、倉椅山の白雲や倉椅川の飛び石に若き日を懐かしむ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 裏設けて
- 裏地をつけて。
- 念ひ委ねて
- 思いを人にまかせて、何も考えずに。
- 壯子時
- 「をざかり」。男盛り。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1278〜1283番
- 歌体
- 旋頭歌(五七七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「旋頭歌」の続き六首。柿本人麻呂歌集に出る。
修辞
- 反復
- 1279・1282・1283番で、第三句と第六句に同じ句をくり返す。
- 枕詞
- 「梓弓」が「引」に、「うち日さす」が「宮」に、「玉の緒の」が「念ひ」に、「橋立の」が「倉椅」にかかる。
解説
第三句と第六句をくり返す形は、旋頭歌が歌謡としてうたわれたことをよく示している。倉椅山は奈良県桜井市倉橋の山。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、275頁(コマ141)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、304頁(コマ158)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日