古典ライブラリー

万葉集 巻第七 1267番

百磯城の 大宮人の

作者未詳

大宮人たちが踏んだ跡のある所よ。沖の波が寄せてこなかったら、消えずにすんだだろうに。その場所に来て思いをおこした旋頭歌。

人の去った浜辺に、かつて大宮人が歩いた跡が波に洗われて消えかかっている

題詞所に就きて思を發せる

  1. 1百もも百もももも磯し磯しし城き城ききののの百師木乃
  2. 2大おほ大おほおお宮みや宮みやみや人びと人びとびとののの大宮人之
  3. 3踏ふ踏ふふみみみししし跡あと跡あとあと所どころ所どころどころ蹈跡所
  4. 4沖おき沖おきおきつつつ波なみ波なみなみ奧浪
  5. 5來き來きき寄よ寄よよらららざりざりざりせせせばばば來不依有勢婆
  6. 6失う失ううせせせざらざらざらましましましををを不失有麻思乎

引用の仕方

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現代語訳

(百磯城の)大宮人たちが踏んで歩いた跡のある所よ。沖の波が寄せてこなかったら、消えずにすんだだろうに。

意訳

かつて行幸に従った大宮人たちが歩いた浜辺に来てみると、その足跡は波に洗われて消えてしまっていた。波さえ寄せなければ跡は残ったろうにと、過ぎ去った華やかな日々をしのんでいる。

語釈・文法注

文法・本文

跡所
「あとどころ」。足跡の残る所。
來寄らざりせば…失せざらましを
反実仮想。寄せてこなかったら消えなかったろうに。

和歌

作者
作者未詳
出典
『万葉集』巻第七・雑歌・1267番
歌体
旋頭歌(五七七五七七)
時期
作者未詳(時代を問わない)
状況
巻第七の雑歌のうち、「所に就きて思を發せる」歌。旋頭歌。作者はわからない。

修辞

反実仮想
「せば…まし」。

解説

五七七・五七七の旋頭歌の形で、懐旧の情を歌っている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、274頁(コマ141)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、302頁(コマ157)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日