万葉集 巻第七 1261〜1266番
山守の 里へ通ひし
山守が里へ通った山道が草深くなってしまった。忘れてしまったらしい。椿の咲く峰を越えて鹿を待つ夫、夜明けの山、西の市で買った絹、防人の肩のほつれ、大船で見た娘。その時々の思いを詠んだ歌十二首のうち終わりの六首。
場面イラスト(準備中)
題詞時に臨める(2)
- 1山山やま守守もりののの山守之1261
- 2里里さとへへへ通通かよひひいししし里邊通
- 3山山やま道道みちぞぞぞ山道曾
- 4茂茂しげくくくなりなりなりけるけるける茂成來
- 5忘忘わすれれれけらしけらしけらしももも忘來下
- 6あしひきあしひきあしひきののの足病之1262
- 7山山やまつばきつばきつばき咲咲さくくく山海石榴開
- 8八八や峯峯を越越こえええ八岑越
- 9鹿鹿しし待待まつつつ君君きみががが鹿待君之
- 10齋齋いわひひい嬬嬬ずまかもかもかも伊波比嬬可聞
- 11曉曉あかときととと曉跡1263
- 12夜夜よ鳥鳥がらす鳴鳴なけけけどどど夜烏雖鳴
- 13このこのこの山山やま上上かみののの此山上之
- 14木木こ末末ぬれののの上上うえははは木末之於者
- 15いまだいまだいまだ靜靜しずけしけしけし未靜之
- 16西西にしののの市市いちににに西市爾1264
- 17ただただただ獨獨ひとり出出いでででててて但獨出而
- 18眼眼め竝竝ならべべべずずず眼不並
- 19買買かひひいにににししし絹絹きぬししし買師絹之
- 20商商あきじこりじこりじこりかもかもかも商自許里鴨
- 21今今こ年年とし行行ゆくくく今年去1265
- 22新新にい嶋人嶋人さきもりががが新島守之
- 23麻麻あさ衣衣ごろも麻衣
- 24肩肩かたののの紕紕まよいははは肩乃間亂者
- 25誰誰たれかかか取取とりりり見見みむむむ誰取見
- 26大大おお船船ぶねををを大舟乎1266
- 27荒荒あら海海うみににに榜榜こぎぎぎ出出で荒海爾榜出
- 28彌彌や船船ふねたけたけたけ八船多氣
- 29吾吾わががが見見みししし兒兒こ等等らががが吾見之兒等之
- 30目目ま見見みははは著著しるしししももも目見者知之母
現代語訳
〔1261〕山守が里へ通った山道は、草が茂ってしまった。忘れてしまったらしい。
〔1262〕(あしひきの)山椿の咲く峰々を越えて、鹿を待ち伏せするあなたの、身を慎んで待つ妻なのだろうか、私は。
〔1263〕夜明けだと夜鳥は鳴くけれど、この山の上の梢の上は、まだ静かなことだ。
〔1264〕西の市にただひとりで出かけて、見比べもせずに買った絹は、買いそこないだったのだろうか。
〔1265〕今年出発する新しい防人の麻の衣の、肩のほつれは、誰が手に取って繕ってやるのだろうか。
〔1266〕大船を荒海に漕ぎ出して、船に力をこめて漕ぎながら、私が見た娘の目もとは、はっきりと心に残っている。
意訳
その時々の思いを詠んだ歌の続きである。通わなくなった恋人を、山道が草に埋もれたことで知る歌、狩りに出た夫の無事を祈って身を慎んで待つ妻の歌、夜明けの静かな山の梢、よく見比べずに選んだ相手を後悔する寓意の歌、出征する防人の衣を繕う人もいないことを気づかう歌、船出のときに見た娘の目もとが忘れられない歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 齋ひ嬬
- 夫の無事を祈って身を慎む妻。
- 眼竝べず
- 見比べないで。
- 商じこり
- 買いそこない。
- 紕
- 「まよひ」。布のほつれ。
- 目見
- 「まみ」。目もと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1261〜1266番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「時に臨める」歌の終わりの六首。作者はわからない。
修辞
- 寓意
- 1261番で恋人の訪れの途絶えを山道に、1264番で恋の相手選びを絹の買い物にたとえる。
解説
1264番の西の市は平城京の市で、都の暮らしをしのばせる珍しい歌である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、274頁(コマ141)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、302頁(コマ157)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日