万葉集 巻第七 1255〜1260番
鴨頭草に 衣ぞ染むる
月草で衣を染めている。あなたのために色どりの衣を摺ろうと思って。井戸の上をまっすぐ行く道を遠回りする恋、草深い百合の花、言葉の慰め、卯の花を持つ娘、島の榛原。その時々の思いを詠んだ歌十二首のうち初めの六首。
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題詞時に臨める(1)
- 1鴨頭草鴨頭草つきくさににに月草爾1255
- 2衣衣ころもぞぞぞ染染しむるむるむる衣曾染流
- 3君君きみがががためためため君之爲
- 4綵色綵色いろどりごろもごろもごろも綵色衣
- 5摺摺すらららむむんととと念念おもひひいててて將摺跡念而
- 6春春はるがすみがすみがすみ春霞1256
- 7井井いののの上上へゆゆゆ直直ただににに井上從直爾
- 8道道みちはははあれあれあれどどど道者雖有
- 9君君きみににに逢逢あははわむむんととと君爾將相登
- 10たもとほりたもとほりたもとおり來來くももも他回來毛
- 11道道みちののの邊邊べののの道邊之1257
- 12草草くさ深深ぶか百合百合ゆりののの草深由利乃
- 13花花はな咲咲えみににに花咲爾
- 14咲咲えましましましからからからににに嘆之柄二
- 15妻妻つまととといふいふいうべしべしべしややや妻常可云也
- 16默然默然もだあらあらあらじじじととと默然不有跡1258
- 17ことことことののの慰慰なぐさににに事之名種爾
- 18いふいふいう言言ことををを云言乎
- 19聞聞きききき知知しれれれらくらくらくははは聞知良久波
- 20辛辛からくくくはははありありありけりけりけり少可者有來
- 21佐伯佐伯さえき山山やま佐伯山1259
- 22卯卯うののの花花はな持持もちちちししし于花以之
- 23かなしきかなしきかなしきががが哀我
- 24手手てをををししし取取とりりりてててばばば手鴛取而者
- 25花花はなははは散散ちるるるともともとも花散鞆
- 26時時ときならならならぬぬぬ不時1260
- 27斑斑まだらのののころもころもころも斑衣
- 28著著き欲欲ほしきしきしきかかか服欲香
- 29島島しまののの榛榛はり原原はら島針原
- 30時時ときにににあらあらあらねねねどもどもども時二不有鞆
現代語訳
〔1255〕月草で衣を染めている。あなたのために、色どりの衣を摺り染めようと思って。
〔1256〕(春がすみ)井戸のほとりからまっすぐに道はあるけれど、あなたに逢おうと、遠回りして来たことだ。
〔1257〕道ばたの草深い百合の花がほころぶように、ちょっとほほえみかけたからといって、妻と言ってよいものでしょうか。
〔1258〕黙っていまいと、ただの慰めに言う言葉を、それと聞き知るのは、つらいことだった。
〔1259〕佐伯山の卯の花を持っていたかわいい娘の手を取ることができたら、花は散ってもかまわない。
〔1260〕季節はずれの斑の衣を着たいのだろうか。島の榛原よ、今は染める時ではないのに。
意訳
その時々の思いを詠んだ歌である。恋人のために月草で衣を染める歌、逢うためにわざと遠回りをする歌、ちょっとほほえんだだけで妻と呼ばれてはかなわないと言う女の歌、うわべの慰めの言葉を見抜いてしまったつらさ、卯の花を持つ娘の手を取れるなら花が散ってもよいという歌、時季はずれでも榛で斑に染めた衣を着たいという、早く結ばれたい恋の寓意の歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- 鴨頭草
- 「つきくさ」。ツユクサ。花の汁で衣を染めた。
- たもとほり
- 遠回りして。
- 花咲に
- 花がほころぶように。
- 默然
- 「もだ」。黙っていること。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1255〜1260番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「時に臨める」歌の初めの六首。作者はわからない。
修辞
- 序詞
- 1257番の「道の邊の草深百合の花咲に」が「咲まし」を導く。
- 寓意
- 1260番で、衣を染めることに恋の成就をたとえる。
解説
「時に臨める」は、ある時ある場で詠まれた歌の意で、恋の歌の心をもつものが多い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、273頁(コマ140)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、301頁(コマ156)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日