万葉集 巻第七 1243〜1246番
見渡せば 近き里廻を
見渡すと近い里のあたりを、遠回りしてやっと来た。領巾を振ったあの野に。木綿山の雲、志賀の海人の釣船と塩焼く煙。旅で作った歌の続き四首で、古集に出る歌。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(17)
- 1見見み渡渡わたせせせばばば視渡者1243
- 2近近ちかききき里里さと廻廻みををを近里廻乎
- 3たもとほりたもとほりたもとおり田本欲
- 4今今いまぞぞぞ吾吾わががが來來こししし今衣吾來
- 5禮巾禮巾ひれ振振ふりりりししし野野ぬににに禮巾振之野爾
- 6未未お通通と女女め等等らががが未通女等之1244
- 7はなりはなりはなりののの髮髮かみををを放髮乎
- 8木木ゆ綿綿ふののの山山やま木綿山
- 9雲雲くもなななかがふりかがふりかがふり雲莫蒙
- 10家家いえのののあたりあたりあたり見見みむむむ家當將見
- 11志珂志珂しかののの白水郎白水郎あまののの四可能白水郎乃1245
- 12釣釣つり船船ぶねののの綱綱つな釣船之綱
- 13堪堪たへへえなくなくなくににに不堪
- 14情情こころににに念念おもひひいててて情念而
- 15出出いでででててて來來きにににけりけりけり出而來家里
- 16志珂志珂しかののの白水郎白水郎あまののの之加乃白水郎之1246
- 17鹽鹽しお燒燒やくくく煙煙けぶり燒鹽煙
- 18風風かぜをををいたみいたみいたみ風乎疾
- 19立立たちちちはははのぼらのぼらのぼらずずず立者不上
- 20山山やまににに棚棚たな引引びくくく山爾輕引
現代語訳
〔1243〕見渡すと近い里のあたりを、遠回りして、今やっと私は来た。領巾を振ったあの野に。
〔1244〕(未通女等がはなりの髪を)木綿の山よ、雲よかかるな。家のあたりを見よう。
〔1245〕志賀の海人の釣船の綱が引っ張りに堪えないように、こらえきれずに、心に思って出てきてしまった。
〔1246〕志賀の海人が塩を焼く煙は、風が激しいので、立ちのぼらずに山にたなびいている。
意訳
古集から採られた旅の歌である。恋人が領巾を振って別れた野にようやく帰ってきた歌、少女の結い上げた髪から木綿山を導き、雲よかかるなと家のあたりを見ようとする歌、恋しさに堪えかねて家を出てきた歌、そして筑前の志賀島で海人が焼く塩の煙が風になびくさまを詠んだ歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- たもとほり
- 遠回りして。
- 禮巾
- 「ひれ」。女性が肩にかける布。別れのとき振った。
- はなりの髮
- 結い上げた少女の髪。「木綿(ゆふ)」の「結ふ」を導く。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1243〜1246番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌の続き。左注に古集に出るとある。作者はわからない。
修辞
- 序詞
- 1244番の「未通女等がはなりの髮を」が「木綿(ゆふ)」を、1245番の「志珂の白水郎の釣船の綱」が「堪へなくに」を導く。
解説
1246番は巻第三の278番(石川少郎の「志賀の海人は」)とも通い合う、志賀島の塩焼きの風景である。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、272頁(コマ140)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、300頁(コマ156)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日