万葉集 巻第七 1166〜1170番
いにしへに ありけむ人の
昔の人が探し求めて衣を摺り染めたという真野の榛原よ。誰の島の海人が刈るのかと思う莫告藻、波に乱れる沖の玉藻、近江の海の多くの湊、連庫山の雲。旅で作った歌九十首の二つめの五首。
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題詞覊旅にて作れる(2)
- 1古古いにしえににに古爾1166
- 2ありありありけむけむけん人人ひとののの有監人之
- 3覓覓まめめめつつつつつつ覓乍
- 4衣衣きぬににに摺摺すりりりけむけむけん衣丹摺牟
- 5眞野眞野まぬののの榛榛はり原原はら眞野之榛原
- 6求食求食あさりすとすとすと朝入爲等1167
- 7磯磯いそににに吾吾わががが見見みししし礒爾吾見之
- 8莫告藻莫告藻なのりそををを莫告藻乎
- 9誰誰たれしししののの島島しまののの誰島之
- 10白水郎白水郎あまかかか刈刈かるるるらむらむらん泉郎可將刈
- 11今今け日日ふもももかもかもかも今日毛可母1168
- 12沖沖おきつつつ玉玉たま藻藻もははは奧津玉藻者
- 13白白しら浪浪なみののの白浪之
- 14八八や重重へ折折おりののの上上うえににに八重折之於丹
- 15亂亂みだれれれてててあらあらあらむむん亂而將有
- 16近江近江おうみののの海海うみ近江之海1169
- 17湊湊みなとははは八十八十やそありありあり湖者八十
- 18いづくいづくいずくにににかかか何爾加
- 19君君きみががが船船ふね泊泊はててて君之舟泊
- 20草草くさ結結むすびびびけむけむけん草結兼
- 21さざなみさざなみさざなみののの佐左浪乃1170
- 22連庫連庫なみくら山山やまににに連庫山爾
- 23雲雲くも居居いれれればばば雲居者
- 24雨雨あめぞぞぞ零零ふるるるちふちふちゅう雨曾零智否
- 25歸歸かえりりり來來こ吾吾わ背背せ反來吾背
現代語訳
〔1166〕昔いた人が探し求めながら、衣に摺り染めたという真野の榛原よ。
〔1167〕あさりをしようとして磯で私が見た莫告藻を、どこの島の海人が刈るのだろうか。
〔1168〕今日もまた、沖の玉藻は、白波の幾重にも折り重なる上に、乱れているだろうか。
〔1169〕近江の海には湊が八十もある。そのどこに、あなたは船を泊めて、草を結んで旅寝をしたのだろうか。
〔1170〕(さざなみの)連庫山に雲がかかっているので、雨が降るという。帰っておいで、あなた。
意訳
旅の歌の二つめの五首である。昔の人も衣を染めたという真野の榛原、自分の見つけた莫告藻を誰が刈るのかと恋人を思う歌、沖の玉藻を思いやる歌が続く。1169・1170番は近江の海の歌で、旅に出た夫がどの湊で泊まっているのかと思う妻の歌、雨雲を見て夫の帰りを促す歌である。
語釈・文法注
文法・本文
- 覓めつつ
- 探し求めながら。
- 莫告藻
- 「なのりそ」。ホンダワラ。「名告るな」の意をかけて恋の歌に詠まれる。
- 草結びけむ
- 草を結んで旅の無事を祈り、旅寝をしたのだろうか。
- 零るちふ
- 降るという。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1166〜1170番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌九十首の二つめの五首。作者はわからない。
修辞
- 枕詞
- 1170番の「さざなみの」が「連庫山」にかかる。
- 寓意
- 1167番の莫告藻を恋人にたとえる。
解説
1169・1170番は、旅先の夫を思う妻の立場の歌で、覊旅歌には旅人と家に残る者の両方の歌が含まれる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、267頁(コマ137)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、293頁(コマ152)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日