万葉集 巻第七 1161〜1165番
家離り 旅にし在れば
家を離れて旅にあるので、秋風の寒い夕暮れに雁が鳴き渡っていく。円方の湊の渚鳥、年魚市潟の潮干、磯をめぐる鶴の声。旅で作った歌九十首の初めの五首。
場面イラスト(準備中)
題詞覊旅にて作れる(1)
- 1家家いえ離離ざかりりり離家1161
- 2旅旅たびにににししし在在あれれればばば旅西在者
- 3秋秋あき風風かぜののの秋風
- 4寒寒さむききき暮暮ゆうべににに寒暮丹
- 5鴈鴈かり鳴鳴なきききわたるわたるわたる鴈喧渡
- 6圓方圓方まとかたののの圓方之1162
- 7湊湊みなとののの渚渚す鳥鳥どり湊之渚鳥
- 8浪浪なみ立立たてててややや浪立也
- 9妻妻つま呼呼よびびび立立たてててててて妻唱立而
- 10邊邊へににに近近ちかづくづくずくももも邊近著毛
- 11年魚市年魚市あゆち潟潟がた年魚市方1163
- 12潮潮しお干干ひにににけらしけらしけらし鹽干家良思
- 13知多知多ちたののの浦浦うらににに知多乃浦爾
- 14朝朝あさ榜榜こぐぐぐ舟舟ふねももも朝榜舟毛
- 15沖沖おきににに寄寄よるるる見見みゆゆゆ奧爾依所見
- 16潮潮しお干干ひれれればばば鹽干者1164
- 17共共ともににに潟潟かたににに出出いでででててて共滷爾出
- 18鳴鳴なくくく鶴鶴たずののの鳴鶴之
- 19聲聲こえ遠遠とおざかるざかるざかる音遠放
- 20磯磯いそ回回みすらしすらしすらしももも磯回爲等霜
- 21夕夕ゆうなぎなぎなぎににに暮名寸爾1165
- 22あさりあさりあさりするするする鶴鶴たず求食爲鶴
- 23潮潮しお滿滿みてててばばば鹽滿者
- 24沖沖おき浪浪なみ高高たかみみみ奧浪高三
- 25己己おの妻妻ずま喚喚よばふばふばう己妻喚
現代語訳
〔1161〕家を離れて旅にあるので、秋風の寒い夕暮れに、雁が鳴き渡っていく。
〔1162〕円方の湊の渚鳥は、波が立ったからか、妻を呼び立てて岸辺に近づいてくる。
〔1163〕年魚市潟は潮が干たらしい。知多の浦で朝漕いでいる舟も、沖の方に寄っていくのが見える。
〔1164〕潮が干ると、一緒に干潟に出て鳴く鶴の声が遠ざかっていく。磯をめぐっているらしい。
〔1165〕夕なぎにあさりをしている鶴は、潮が満ちてくると沖の波が高いので、自分の妻を呼んでいる。
意訳
旅で作った歌九十首の初めの五首である。秋風の夕べの雁の声に家を思う歌に続いて、伊勢の円方、尾張の年魚市潟(名古屋市南部)と知多の浦など、各地の海辺で水鳥や舟を見た歌が並ぶ。妻を呼ぶ渚鳥や鶴の姿に、旅人は家の妻を重ねている。
語釈・文法注
文法・本文
- 家離り
- 家を離れて。
- 渚鳥
- 「すどり」。洲にいる鳥。
- 磯回
- 「いそみ」。磯をめぐること。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1161〜1165番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「覊旅にて作れる」歌九十首の初めの五首。作者はわからない。
解説
巻第七の覊旅歌は、各地の旅の歌を集めたもので、地名を詠みこんだ歌が多い。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、267頁(コマ137)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、293頁(コマ152)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日