万葉集 巻第七 1151〜1155番
大伴の 三津の濱邊を
大伴の御津の浜辺を洗って寄せてくる波は、どこへ行くのかわからない。沖へ藻を刈りに出る海女の船、名児の浜で玉を拾った思い出、阿胡の潮干、名児の海の朝の名残の波。摂津国で作った歌二十一首のうち三つめの五首。
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題詞攝津にて作れる(3)
- 1大伴大伴おおともののの大伴之1151
- 2三津三津みつののの濱濱はま邊邊べををを三津之濱邊乎
- 3うちうちうち曝曝さらししし打曝
- 4寄寄よりりり來來くるるる浪浪なみののの因來浪之
- 5行行ゆく方方へ知知しらららずずずももも逝方不知毛
- 6楫楫かじののの音音とぞぞぞ梶之音曾1152
- 7ほのかほのかほのかににに爲爲すなるなるなる髣髴爲鳴
- 8海海あま未未お通通と女女め海未通女
- 9沖沖おきつつつ藻藻も苅苅かりりりににに奧藻苅爾
- 10舟舟ふな出出ですらしすらしすらしももも舟出爲等思母
- 11すみのえすみのえすみのえののの住吉之1153
- 12名兒名兒なごののの濱濱はま邊邊べににに名兒之濱邊爾
- 13馬馬うまたてたてたてててて馬立而
- 14玉玉たま拾拾ひりひひいしくしくしく玉拾之久
- 15常常つね忘忘わすらららえええずずず常不所忘
- 16雨雨あめははは零零ふるるる雨者零1154
- 17假假かり廬廬ほははは作作つくるるる借廬者作
- 18いついついつののの間間まににに何暇爾
- 19阿胡阿胡あごののの潮潮しお干干ひににに吾兒之鹽干爾
- 20玉玉たまははは拾拾ひりははわむむん玉者將拾
- 21名兒名兒なごののの海海うみののの奈呉乃海之1155
- 22朝朝あさけけけののの餘餘な波波ごり朝開之奈凝
- 23今今け日日ふもももかもかもかも今日毛鴨
- 24磯磯いそののの浦浦うら回回みににに磯之浦回爾
- 25亂亂みだれれれてててあらあらあらむむん亂而將有
現代語訳
〔1151〕大伴の御津の浜辺を洗って寄せてくる波の、行方もわからないことだ。
〔1152〕楫の音がかすかにするようだ。海女の娘たちが、沖の藻を刈りに舟出をするらしい。
〔1153〕住吉の名児の浜辺に馬を止めて、玉を拾ったことが、いつまでも忘れられない。
〔1154〕雨は降る。仮の宿は作らなければならない。いつの間に、阿胡の潮干に玉を拾おうか。
〔1155〕名児の海の朝の名残の波は、今日もまた磯の浦辺に乱れ寄せているだろうか。
意訳
難波から住吉にかけての海辺の歌である。寄せては消える波の行方に旅の心細さを重ねる歌、朝の海に海女の舟の楫の音を聞く歌、名児の浜で玉を拾った旅の思い出、雨と宿作りに追われて潮干の玉を拾う暇もない旅の歌、名残の波を思いやる歌が並ぶ。
語釈・文法注
文法・本文
- うち曝し
- 浜辺を洗って。
- 拾ひしく
- 「拾ひし」のク語法。拾ったこと。
- 餘波
- 「なごり」。風がやんだあとも残る波。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1151〜1155番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「攝津にて作れる」歌二十一首の三つめの五首。作者はわからない。
解説
大伴の御津は難波の港で、遣唐使船もここから出発した。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、266頁(コマ137)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、292頁(コマ152)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日