万葉集 巻第七 1116〜1121番
ぬばたまの 吾が黑髮に
黒髪に降りかかる露霜は、手に取ると消えてしまう。磯に見た花、三輪の檜原の挿頭、青根が峰の苔の筵、恋人のもとへ通う道の篠すすき。露・花・葉・蘿・草をそれぞれ詠んだ歌六首で、葉の二首は柿本人麻呂歌集の歌。
場面イラスト(準備中)
題詞露・花・葉・蘿・草を詠める
- 1ぬばたまぬばたまぬばたまののの烏玉之1116 露
- 2吾吾わががが黑黑くろ髮髮かみににに吾黑髮爾
- 3降降ふりりりなづむなづむなずむ落名積
- 4天天あめののの露露つゆ霜霜じも天之露霜
- 5取取とれれればばば消消けにににつつつつつつ取者消乍
- 6島島しま廻廻みすとすとすと島廻爲等1117 花
- 7磯磯いそににに見見みししし花花はな礒爾見之花
- 8風風かぜ吹吹ふきききててて風吹而
- 9波波なみははは寄寄よるるるともともとも波者雖緣
- 10取取とらららずずずははは止止やまままじじじ不取不止
- 11いにしへいにしへいにしえににに古爾1118 葉
- 12ありありありけむけむけん人人ひとももも有險人母
- 13吾吾わががが如如ごとかかか如吾等架
- 14三輪三輪みわののの檜檜ひ原原はらににに彌和乃檜原爾
- 15挿頭挿頭かざし折折おりりりけむけむけん挿頭折兼
- 16往往ゆくくく川川かはののの往川之1119 葉
- 17過過すぎぎぎゆくゆくゆく人人ひとののの過去人之
- 18手手た折折おらららねねねばばば手不折者
- 19うらぶれうらぶれうらぶれ立立たてててりりり裏觸立
- 20三輪三輪みわののの檜檜ひ原原はらははは三和之檜原者
- 21みみみ芳野芳野よしぬののの三芳野之1120 蘿
- 22青青あお根根ねががが峰峰みねののの青根我峯之
- 23蘿蘿こけむしろむしろむしろ蘿席
- 24誰誰たれかかか織織おりりりけむけむけん誰將織
- 25經經たて緯緯ぬき無無なしにしにしに經緯無二
- 26妹等所妹等所いもらがり妹等所1121 草
- 27我我わががが通通かよひひい道道じののの我通路
- 28細細し竹竹のすすきすすきすすき細竹爲酢寸
- 29我我われししし通通かよははわばばば我通
- 30靡靡なびけけけ細細し竹竹の原原はら靡細竹原
現代語訳
〔1116〕(ぬばたまの)私の黒髪に降りかかる天の露霜は、手に取ると消えてしまう。
〔1117〕島めぐりをしようとして磯で見た花は、風が吹いて波が寄せても、取らずにはおくまい。
〔1118〕昔いた人も、私のように、三輪の檜原で挿頭を折ったのだろうか。
〔1119〕(往く川の)過ぎていった人が手折らないので、しょんぼりと立っている。三輪の檜原は。
〔1120〕吉野の青根が峰の苔の筵は、誰が織ったのだろうか。縦糸も横糸もないのに。
〔1121〕妻のもとへ私が通う道の篠すすきよ。私が通ったら、なびけ、篠原よ。
意訳
露・花・葉・蘿・草をそれぞれ詠んだ歌である。黒髪に置いた露霜のはかなさ、波風があっても手に入れたい磯の花(恋人のたとえとも)、三輪の檜原で昔の人も挿頭を折ったかと思う歌と、もう手折る人もなくさびしげに立つ檜原の歌、苔を誰も織らない筵に見立てた歌、恋人のもとへ通う道の篠になびけと命じる歌が並んでいる。
語釈・文法注
文法・本文
- なづむ
- とどこおる。降りかかってとどまる。
- 挿頭
- 花や枝を髪に挿したもの。
- うらぶれ
- しょんぼりと元気なく。
- 妹等所
- 「いもらがり」。妻のもとへ。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1116〜1121番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、露・花・葉・蘿・草を詠んだ歌。1118・1119番は柿本人麻呂歌集、ほかは作者がわからない。
修辞
- 枕詞
- 「ぬばたまの」が「黒髪」に、「往く川の」が「過ぎ」にかかる。
- 見立て
- 1120番で、苔を筵に見立てる。
解説
1118・1119番は、亡き人をしのぶ心をこめた人麻呂歌集の歌として知られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、263頁(コマ135)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、288頁(コマ150)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日