万葉集 巻第七 1100〜1105番
卷向の 痛足の川ゆ
巻向の痛足川を流れる水が絶えないように、また帰ってきて見よう。夜の嵐の川音、三笠山の細谷川、吉野の大川淀・滝・六田の淀。河を詠んだ歌十六首のうち初めの六首で、初めの二首は柿本人麻呂歌集の歌。
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題詞河を詠める(1)
- 1卷向卷向まきむくののの卷向之1100
- 2痛足痛足あなしののの川川かはゆゆゆ病足之川由
- 3往往ゆくくく水水みずののの往水之
- 4絕絕たゆるゆるゆることことこと無無なくくく絕事無
- 5またまたまた反反かえりりり見見みむむむ又反將見
- 6ぬばたまぬばたまぬばたまののの黑玉之1101
- 7夜夜よさりさりさり來來くれれればばば夜去來者
- 8まきむくまきむくまきむくののの卷向之
- 9川川かは音音と高高たかしししももも川音高之母
- 10嵐嵐あらしかもかもかも疾疾とききき荒足鴨疾
- 11大王大王おおきみののの大王之1102
- 12三三み笠笠かさののの山山やまののの御笠山之
- 13帶帶おびにににせせせるるる帶爾爲流
- 14細細ほそ谷谷たに川川がわののの細谷川之
- 15音音おとののの淸淸さやけさけさけさ音乃清也
- 16今今いましきしきしきははは今敷者1103
- 17見見みめめめやややととと念念おもひひいししし見目屋跡念之
- 18みみみ芳野芳野よしぬののの三芳野之
- 19大大おお川川かわ淀淀よどををを大川余杼乎
- 20今今け日日ふ見見みつるつるつるかもかもかも今日見鶴鴨
- 21馬馬うま竝竝なめめめててて馬並而1104
- 22みみみ芳野芳野よしぬ川川がわををを三芳野河乎
- 23見見みまくまくまく欲欲ほりりり欲見
- 24うちうちうち越越こえええ來來きてててぞぞぞ打越來而曾
- 25瀧瀧たきににに遊遊あそびびびつるつるつる瀧爾遊鶴
- 26音音おとににに聞聞きききき音聞1105
- 27目目めにににはははいまだいまだいまだ見見みぬぬぬ目者未見
- 28吉野吉野よしぬ河河がわ吉野河
- 29六田六田むつたののの淀淀よどををを六田之與杼乎
- 30今今け日日ふ見見みつるつるつるかもかもかも今日見鶴鴨
現代語訳
〔1100〕巻向の痛足川を流れていく水が絶えないように、絶えることなく、またやって来て見よう。
〔1101〕(ぬばたまの)夜になると、巻向の川音が高いことだ。嵐が激しいのだろうか。
〔1102〕大君の三笠の山が帯にしている細谷川の、音の清らかなことよ。
〔1103〕今はもう見ることはあるまいと思っていた吉野の大川の淀を、今日見たことだ。
〔1104〕馬を並べて、吉野川を見たいと思い、山を越えてやって来て、滝で遊んだことだ。
〔1105〕噂に聞いて、目ではまだ見たことのなかった吉野川の六田の淀を、今日見たことだ。
意訳
河を詠んだ歌の初めの六首である。1100・1101番は人麻呂歌集の歌で、巻向の痛足川の絶えない流れをたたえ、夜の嵐に高まる川音を聞く。1102番は三笠山のすそをめぐる細谷川の清らかな音、1103〜1105番は、吉野川の大淀や滝、六田の淀をようやく見ることができた喜びを歌っている。
語釈・文法注
文法・本文
- 今しきは
- 今となっては。
- 見めやと
- 見ることがあろうか、いやあるまいと。
和歌
- 作者
- 作者未詳
- 出典
- 『万葉集』巻第七・雑歌・1100〜1105番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 作者未詳(時代を問わない)
- 状況
- 巻第七の雑歌のうち、「河を詠める」歌十六首の初めの六首。1100・1101番は柿本人麻呂歌集、ほかは作者がわからない。
修辞
- 見立て
- 1102番で、細谷川を三笠山の帯に見立てる。
解説
吉野川の歌が続くのは、吉野行幸に従った人々の歌が多く集められたためとみられる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、262頁(コマ135)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、286頁(コマ149)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日