古典ライブラリー

万葉集 巻第一 71番

大和戀ひ

忍坂部乙麻呂(おさかべのおとまろ)

大和が恋しくて眠れないのに、心ないことに、この渚の崎のあたりで鶴が鳴いてよいものだろうか。文武天皇の難波行幸に従った忍坂部乙麻呂の歌。

夜の難波の渚で鳴く鶴と、仮の宿で眠れずにその声を聞く旅人
夜の難波の渚で鳴く鶴と、仮の宿で眠れずにその声を聞く旅人

題詞大行天皇、難波宮に幸せる時の歌

  1. 1大和やまと大和やまとやまと戀こ戀ここひひい倭戀
  2. 2寐い寐いいののの寢ね寢ねねらえらえらえぬぬぬににに寐之不所宿爾
  3. 3情こころ情こころこころなくなくなく情無
  4. 4このこのこの渚す渚すす崎さき崎さきさきににに此渚埼未爾
  5. 5鳴な鳴ななくくくべしべしべしややや多津鳴倍思哉

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

大和が恋しくて眠ることもできないのに、心ないことに、この渚の崎のあたりで鶴が鳴いてよいものだろうか。

意訳

旅の夜、大和を恋しく思って眠れずにいると、渚で鶴が鋭い声で鳴く。その声がいっそう寂しさをかき立てる。鶴に向かって「心ないことだ、鳴いてよいものか」と恨みごとを言うことで、眠れない夜のつらさと故郷への思いを表している。

語釈・文法注

渚崎廻(すさきみ)
州や崎のあたり。「廻(み)」はめぐり、あたり。
鶴(たづ)
鶴の歌語。

文法・本文

寐の寢らえぬに
「らえ」は可能の助動詞「らゆ」の未然形。眠ることができないのに。
鳴くべしや
「べしや」は反語。鳴いてよいものか、いやよくない。
この渚崎廻に(本文)
『白文万葉集』は原文を「此渚埼未爾」とし、底本は元暦校本によって「此渚埼廻爾」とする。

和歌

作者
忍坂部乙麻呂(8世紀初め)
伝未詳。左注に作者として名が見える。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・71番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
大行天皇(文武天皇)が難波宮に行幸したときの歌。左注によれば忍坂部乙麻呂の作。慶雲3年(706)の行幸とみられる。

修辞

擬人
鶴に「情なく」と人の心を求めて恨む。

解説

「大行天皇」は、亡くなってまだ諡(おくりな)が定まっていない天皇を指す言葉で、ここでは文武天皇のことである。この歌から74番までは、文武天皇の行幸のときの歌がまとめて載せられている。

鳥の声に旅の寂しさをかき立てられ、その鳥を恨むという発想は、17番の額田王が三輪山を隠す雲を恨んだ歌にも通じる。自然の物に人の心を求める表現は、万葉集の旅の歌によく見られる。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、33頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、27頁(コマ19)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日