古典ライブラリー

万葉集 巻第一 62番

在嶺よし

春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)

対馬の渡りの海の真ん中で、神に幣を捧げて航海の無事を祈り、早く帰ってきてください。遣唐使として唐へ向かう三野連を見送る歌。

対馬の海を渡る遣唐使船の上で、布の幣を捧げて航海の無事を祈る使者
対馬の海を渡る遣唐使船の上で、布の幣を捧げて航海の無事を祈る使者

題詞三野連 名闕く 入唐の時、春日藏首老の作れる歌

  1. 1在あり在ありあり嶺ね嶺ねね在根良
  2. 2對馬つしま對馬つしまつしまののの對馬乃渡
  3. 3海わた海わたわたなかなかなかににに渡中爾
  4. 4取と取ととりりり向む向むむけけけててて幣取向而
  5. 5早はや早はやはや還かへ還かへかえりりり來こ來ここねねね早還許年

引用の仕方

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現代語訳

(在嶺よし)対馬の渡りの、海の真ん中で、神に幣を捧げて、早く帰ってきてください。

意訳

大宝2年(702)、三野連は遣唐使の一員として唐へ渡ることになった。当時の航海は命がけで、遭難する船も少なくなかった。作者は、日本と朝鮮半島の間の対馬の海を越えるとき、海の神に幣を捧げて無事を祈り、早く帰ってきてほしいと願う。友の旅立ちを見送る真心のこもった歌である。

語釈・文法注

在嶺(ありね)よし
「対馬」にかかる枕詞。対馬の高い峰をほめる意とされる。
渡(わたり)
海峡、渡し場。
幣(ぬさ)
神に捧げる供え物。麻や木綿、布などを用いた。

文法・本文

早還り來ね
「ね」は相手にあつらえ望む終助詞。早く帰ってきてください。
原文「渡中」
「わたなか(海の中)」を「渡中」と書く。

和歌

作者
春日蔵首老(7世紀末〜8世紀初め)
もと僧で弁基といったが、還俗して春日倉首老となった。漢詩にもすぐれ、『懐風藻』にも作品が残る。
出典
『万葉集』巻第一・雑歌・62番
歌体
短歌(五七五七七)
時期
第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
状況
大宝2年(702)、遣唐使の一員として唐へ向かう三野連(名は伝わらない)を、春日蔵首老が見送って詠んだ歌。

修辞

枕詞
「在嶺よし」が「対馬」にかかる。

解説

大宝2年の遣唐使は、およそ30年ぶりに派遣されたもので、山上憶良もこの一行に加わっていた(次の63番)。作者の春日蔵首老は、もと僧侶で、のちに還俗した学識ある人物であった。

対馬は、日本から朝鮮半島・中国へ渡る航路の要所であった。その荒海で神に祈ることを願う歌には、旅立つ人の無事を祈る切実な思いがこもっている。

関連

出典

底本
佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、32頁(コマ20)。国立国会図書館デジタルコレクション
原文
佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、25頁(コマ18)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日