万葉集 巻第一 43番
吾背子は
私の夫は今ごろどのあたりを旅しているのだろう。名張の山を今日は越えているのだろうか。伊勢への行幸に従った夫を案じる妻の歌。

題詞當麻眞人麿の妻の作れる歌
現代語訳
私の夫は、今ごろどのあたりを行っているのだろう。(奥つ藻の)名張の山を、今日は越えているのだろうか。
意訳
伊勢へ向かう天皇の旅に従った夫を、都で待つ妻が思いやる。都から伊勢へ行くには、大和と伊賀の境にある名張の山を越えなければならない。「どこを行っているのだろう」「今日は名張の山を越えているのだろうか」と、夫の旅程を指折り数えるように想像する、素直で切実な歌である。
語釈・文法注
- 奥つ藻(おきつも)の
- 「名張」にかかる枕詞。沖の藻は水中に隠れている(なばる)ことから。原文は「已津物」。
- 名張(なばり)の山
- 伊賀国名張(三重県名張市)の山。大和から伊勢へ向かう道筋にある。原文は「隱(なばり)」と書く。
文法・本文
- いづく行くらむ
- 「らむ」は現在推量。今どこを行っているのだろう。
- 原文「隱乃山」
- 「名張」を「隱」と書く。「なばる」は隠れる意の古語で、それを地名に当てた表記。
和歌
- 作者
- 当麻真人麻呂の妻(7世紀後半)
当麻真人麻呂は持統天皇の伊勢行幸に従った官人とみられる。その妻の名は伝わっていない。 - 出典
- 『万葉集』巻第一・雑歌・43番
- 歌体
- 短歌(五七五七七)
- 時期
- 第2期(672〜710年(壬申の乱〜平城京遷都))
- 状況
- 持統天皇6年(692)3月の伊勢行幸に従った当麻真人麻呂の妻が、都で夫を思って詠んだ歌。
修辞
- 枕詞
- 「奥つ藻の」が「名張」にかかる。
解説
40〜42番の人麻呂の歌と同じく、伊勢行幸のときに都に残った人の歌である。人麻呂が行幸の華やかな光景を想像したのに対し、この歌は旅をする夫の身を案じる妻の素朴な気持ちを歌っている。
この歌は、のちに巻第四・511番にもほぼ同じ形で載っている。夫の旅程を思いやる妻の歌として、よく知られていたものと思われる。「隱」と書いて「なばり」と訓ませる原文の表記には、地名の意味を字で表そうとする工夫が見られる。
関連
出典
- 底本
- 佐佐木信綱編『新訓万葉集』上巻 岩波文庫、昭和2年(1927)、28頁(コマ18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 原文
- 佐佐木信綱編『白文万葉集』上巻 岩波書店、昭和24年(1949)、20頁(コマ16)。万葉仮名の原文。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日