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枕草子 第294段 日記的章段

僧都の君の御乳母のままと

僧都の君の乳母のままと御匣殿の局にいると、男がやって来て、家が焼けてしまったと泣き言を言う。馬寮の秣を積んだ家から出火し、隣の自分の家も焼けたという。作者が「みまくさをもやすばかりの春の日によどのさへなど残らざるらむ」と書いて与えると、男は字が読めず、皆で大笑いした。

  1. 1僧都そうづ僧都そうづそうずののの君きみ君きみきみののの御おほん御おほんおん乳母めのと乳母めのとめのとのののまゝまゝままととと御匣殿みくしげどの御匣殿みくしげどのみくしげどのののの御み御みみ局つぼね局つぼねつぼねににに居ゐ居ゐいたれたれたればばば、、、をのこをのこおのこあるあるある、、、板敷いたじき板敷いたじきいたじきのののもともともと近ちか近ちかちかくくく寄よ寄よよりりり來き來ききててて「「「辛から辛からからいいいめめめををを見み見みみ候さぶら候さぶらさぶらひひいつるつるつる。。。誰たれ誰たれたれにににかかかははは憂うれ憂うれうれへへえ申まう申まうもうししし候さぶら候さぶらさぶらははわむむん」」」とてとてとてなんどなんどなんど泣な泣ななきききぬぬぬばかりばかりばかりののの氣色けしき氣色けしきけしきにてにてにていふいふいう。。。「「「何事なにごと何事なにごとなにごとぞぞぞ」」」ととと問と問ととへへへばばば、、、あからさまあからさまあからさまににに「「「物もの物ものものへへへまかりまかりまかりたりたりたりしししまままにににきたなくきたなくきたなく侍はべ侍はべはべるるる所ところ所ところところののの燒や燒ややけけけ侍はべ侍はべはべりりりにににしかしかしかばばば、、、日ひ日ひひごろごろごろはははがうながうなごうなのののやうやうようににに、、、人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえににに尻しり尻しりしりをををさしさしさし入い入いいれれれてててなむなむなん候さぶら候さぶらさぶらふふう。。。うまうまうま寮づかさ寮づかさずかさののの、、、みみみ秣まくさ秣まくさまくさ摘つ摘つつみみみててて侍はべ侍はべはべりりりけるけるける家いへ家いへいえよりよりよりなむなむなん出い出いいでででまうでまうでもうで來き來ききててて侍はべ侍はべはべるるるなりなりなり。。。唯ただ唯ただただ垣かき垣かきかきををを隔へだ隔へだへだてゝてゝてて侍はべ侍はべはべれれればばば、、、よどよどよどのののににに寢ね寢ねねててて侍はべ侍はべはべりりりけるけるける童わらは童わらはわらわべべべもももほどほどほどほどほどほど燒や燒ややけけけ侍はべ侍はべはべりりりぬぬぬべくべくべくなむなむなん。。。いさゝかいさゝかいささか物もの物ものものもももとうとうとうででで侍はべ侍はべはべらららずずず」」」などなどなどいひいひいいをるをるおる。。。御匣殿みくしげどの御匣殿みくしげどのみくしげどのももも聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててていみじういみじういみじゅう笑わら笑わらわらひひい給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2「「「みまくさみまくさみまくさをををもやすもやすもやすばかりばかりばかりののの春はる春はるはるののの日ひ日ひひににによどのよどのよどのさへさへさへなどなどなど殘のこ殘のこのこらららざるざるざるらむらむらん」」」
  3. 3ととと書か書かかきききててて「「「これこれこれををを取と取ととらららせせせ給たま給たまたまへへえ」」」とてとてとて投な投ななげげげ遣や遣ややれれればばば、、、笑わら笑わらわらひひいのゝしりのゝしりののしりててて「「「このこのこの坐おは坐おはおわするするする人ひと人ひとひとののの家いへ家いへいえののの燒や燒ややけけけたりたりたりとてとてとて、、、いといといとほしがりほしがりほしがりててて給たま給たまたまふふうめるめるめる」」」とてとてとて取と取ととらららせせせたれたれたればばば「「「何なに何なになにののの御おほん御おほんおん短たん短たんたんしやくしやくしやくにににかかか侍はべ侍はべはべらららむむん。。。物もの物ものもの幾いく幾いくいくらららばかりばかりばかりにににかかか」」」ととといへいへいえばばば「「「まづまづまずよめよめよめかしかしかし」」」ととといふいふいう。。。「「「いかでいかでいかでかかか、、、片目かため片目かためかためもももあきあきあき仕つか仕つかつこうううまつらまつらまつらでででははは」」」ととといへいへいえばばば「「「人ひと人ひとひとにににももも見み見みみせせせよよよ。。。唯今ただいま唯今ただいまただいま召め召めめせせせばばばとみにとみにとみにててて上うへ上うへうえへへへ參まゐ參まゐまいるるるぞぞぞ。。。さばかりさばかりさばかりめでたきめでたきめでたき物もの物ものものををを得え得ええてててははは何なに何なになにをををかかか思おも思おもおもふふう」」」とてとてとて皆みな皆みなみな笑わら笑わらわらひひい惑まど惑まどまどひひいてててのぼりのぼりのぼりぬれぬれぬればばば「「「人ひと人ひとひとにににややや見み見みみせせせつつつらむらむらん。。。里さと里さとさとにににいきいきいきててていかにいかにいかに腹はら腹はらはら立だ立だだたたたむむん」」」などなどなど御お御おお前まへ前まへまえににに參まゐ參まゐまいりりりてててまゝまゝままののの啓けい啓けいけいすれすれすればばば、、、又また又またまた笑わら笑わらわらひひいさわぐさわぐさわぐ。。。御お御おお前まへ前まへまえにににももも「「「などなどなどかくかくかく物もの物ものものぐるほしからぐるほしからぐるおしからむむん」」」ととと笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

僧都の君の御乳母のままと一緒に、御匣殿の御局にいると、ある男が板敷の近くに寄って来て、「つらい目にあいました。誰に訴え申し上げればよいでしょう」と言って、今にも泣き出しそうな様子で言う。「何事か」と尋ねると、「ちょっとどこかへ出かけていたすきに、汚くしております私の家が焼けてしまったので、このごろはやどかりのように、人の家に尻を差し入れて暮らしております。馬寮の御秣を積んでおりました家から出火したのです。ただ垣根を隔てているだけなので、夜殿に寝ておりました童も、あやうく焼け死にそうでした。少しも物を取り出せませんでした」などと言っている。御匣殿もお聞きになってたいそうお笑いになる。

御秣を燃やすほどの春の日に、どうして夜殿(淀野)まで焼け残らなかったのでしょう。

と書いて、「これを与えてください」と言って投げてやると、女房たちは大笑いして、「ここにいらっしゃる方が、家が焼けたというので、気の毒がってくださるそうですよ」と言って渡すと、男は「何の御短冊でございましょう。品物はいかほどいただけるのでしょうか」と言うので、「まず読みなさいよ」と言う。「どうして読めましょう。片目も開けてお仕えしたことのない者が」と言うので、「人にも見せなさい。今すぐお召しがあったので、急いで中宮様のところへ参上するのよ。あれほどすばらしいものをもらったら、何の不足があろうか」と言って、皆で笑いころげて上がって行ったので、ままが「人に見せたかしら。里に帰ってどんなに腹を立てることでしょう」などと中宮様の御前に参上して申し上げると、また笑い騒ぐ。中宮様も「どうしてそんなにふざけているのでしょう」とお笑いになる。

意訳

家が焼けたと泣き言を言いに来た男に、作者は同情するどころか、「御秣(みまくさ)」と「淀野(よどの)」「夜殿」をかけた戯れの歌を与えてからかう。男は字が読めず、品物がもらえると期待する始末で、女房たちは大笑い。作者たちのいたずらが少々度を越していることを、中宮も「物ぐるほし」と笑いながらたしなめている。宮廷の女房たちの遠慮のない笑いが伝わる段である。

語釈・文法注

文法

「がうな」
寄居虫(がうな)。やどかり。
「よどの」
夜殿(寝所)に、地名の淀野を掛ける。
「片目もあき仕うまつらでは」
字が読めないことを、目が開いていないとたとえた。

和歌

みまくさをもやすばかりの春の日に淀野さへなど残らざるらむ

詠者
清少納言
状況
家が焼けたと訴える男に、戯れに書いて与えた歌。

修辞

掛詞
「よどの」に「夜殿(寝所)」と地名「淀野」を掛ける。「みまくさ」は御秣で、淀野の縁語。

解説

焼け出された男への同情よりも、言葉遊びでからかう女房たちの残酷な笑いが描かれている。作者自身もそれを隠さず書き留めているところに、『枕草子』の率直さがある。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、358–359頁(コマ191)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日