枕草子 第293段 日記的章段
大納言殿参り給ひて
大納言伊周が参上して帝に漢籍を講じているうちに夜が更け、女房たちが次々に寝てしまって作者一人が残る。夜明け近く、隠しておいた鶏が犬に追われて鳴き騒ぎ、皆が目を覚ます。伊周が「声明王の眠りを驚かす」と吟じたのがすばらしかった。翌夜には伊周に局まで送ってもらい、「遊子なほ残りの月に行く」と吟じるのもすばらしかったと記す。
- 1大納言大納言だいなごん參參まいりりり給給たまひひいててて文文ふみののの事事ことなどなどなど講講こうじじじ給給たまふふうににに、、、例例れいののの夜夜よいたういたういとう更更ふけけけぬれぬれぬればばば御御お前前まえなるなるなる人々人々ひとびと、、、一二人一二人ひとりうたりづゝづゝずつうせうせうせててて、、、御御おん屏風屏風びょうぶ几帳几帳きちょうののの後後うしろなどなどなどににに皆皆みな隱隱かくれれれふしふしふしぬれぬれぬればばば、、、唯唯ただ一人一人ひとりににになりなりなりてててねぶたきねぶたきねぶたきををを念念ねんじじじてててさぶらふさぶらふさぶらうににに、、、「「「丑丑うし四四よつつつ」」」ととと奏奏そうするするするなりなりなり。。。「「「明明あけけけ侍侍はべりりりぬぬぬなりなりなり」」」とととひとりごつひとりごつひとりごつににに、、、大納言大納言だいなごん殿殿どの今更今更いまさらにににおほとのごもりおほとのごもりおおとのごもりおはしますおはしますおわしますよよよとてとてとて、、、ぬぬぬべきべきべき物物ものにににもももおぼしおぼしおぼしたらたらたらぬぬぬををを、、、うたてうたてうたて何何なにしししにににさささ申申もうしししつつつらむらむらんとととおもへおもへおもえどもどもども、、、又又また人人ひとのののあらあらあらばばばこそこそこそはははまぎれまぎれまぎれもももせせせめめめ。。。上上うえののの御御お前前まえののの柱柱はしらににに寄寄よりりりかゝりかゝりかかりててて少少すこしししねぶらねぶらねぶらせせせ給給たまへへえるるるををを「「「かれかれかれ見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえ。。。今今いまははは明明あけけけぬるぬるぬるににに、、、かくかくかくおほとのごもるおほとのごもるおおとのごもるべきべきべき事事ことかかかははは」」」ととと申申もうさささせせせ給給たまふふう。。。「「「實實げににに」」」などなどなど宮宮みやのののおおお前前まえにににももも笑笑わらひひい申申もうさささせせせ給給たまふふうももも知知しらららせせせ給給たまははわぬぬぬほどほどほどににに、、、をさめをさめおさめががが童童わらわののの鷄鷄にわとりををを捕捕とらへへえててて持持もちちちててて「「「明日明日あす里里さとへへへいかいかいかむむん」」」ととといひいひいいててて隱隱かくししし置置おきききたりたりたりけるけるけるががが、、、いかゞいかゞいかがしししけむけむけん、、、犬犬いぬののの見見みつけつけつけててて追追おひひいけれけれければばば廊廊ろうのののさきさきさきににに逃逃にげげげいきいきいきててて恐恐おそろしうしうしゅう鳴鳴なきききのゝしるのゝしるののしるににに、、、皆皆みな人人ひと起起おきききなどなどなどしししぬぬぬなりなりなり。。。上上うえもももうちうちうち驚驚おどろかかかせせせ坐坐おわしまししまししましててて「「「いかにいかにいかにありありありつるつるつるぞぞぞ」」」ととと尋尋たずねねねさせさせさせ給給たまふふうににに大納言大納言だいなごん殿殿どのののの「「「聲聲こえ明王明王めいおうのののねぶりねぶりねぶりををを驚驚おどろかすすす」」」ととといふいふいう詩詩しををを高高たこううううちうちうち出出いだししし給給たまへへえるるるめでたうめでたうめでとうをかしきをかしきおかしきににに、、、一人一人ひとりねぶたかりねぶたかりねぶたかりつるつるつる目目めももも大大おおきききににになりなりなりぬぬぬ。。。「「「いみじきいみじきいみじき折折おりののの事事ことかなかなかな」」」ととと宮宮みやももも興興きょうぜぜぜさせさせさせ給給たまふふう。。。猶猶なおかゝるかゝるかかる事事ことこそこそこそめでたけれめでたけれめでたけれ。。。又又またののの日日ひははは夜夜よるのののおとゞおとゞおとどににに入入いらららせせせ給給たまひひいぬぬぬ。。。夜中夜中よなかばかりばかりばかりににに廊廊ろうににに出出いでゝでゝでて人人ひと呼呼よべべべばばば「「「おるゝおるゝおるるかかか我我われ送送おくらららむむん」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、裳裳も唐衣唐衣からぎぬははは屏風屏風びょうぶにににうちうちうち懸懸かけけけててていくいくいくににに、、、月月つきのののいみじういみじういみじゅうあかくあかくあかくててて直衣直衣のうしのののいといといと白白しろううう見見みゆるゆるゆるににに、、、指指さし貫貫ぬきのののなからなからなからふみふみふみくゝまれくゝまれくくまれててて、、、袖袖そでをををひかへひかへひかえててて「「「たふるたふるたうるななな」」」ととといひいひいいててて率率いててておはするおはするおわするまゝまゝままににに「「「遊子遊子ゆうしなほなほなお殘殘のこりりりののの月月つきににに行行ゆけけけばばば」」」とととずんじずんじずんじ給給たまへへえるるる又又またいみじういみじういみじゅうめでたしめでたしめでたし。。。かやうかやうかようののの事事ことめでめでめで惑惑まどふふうとてとてとて笑笑わらひひい給給たまへへえどどどいかでいかでいかでかかか猶猶なおいといといとをかしきをかしきおかしきものものものをををばばば。。。
現代語訳
大納言殿が参上なさって、帝に漢籍のことなどを講じなさっているうちに、いつものように夜がたいそう更けたので、御前にいた女房たちは一人二人ずつ姿を消して、御屛風や几帳の後ろなどにみな隠れて寝てしまったので、ただ私一人になって、眠いのを我慢してお仕えしていると、「丑四つ」と時を奏上する声がする。「夜が明けてしまったようでございます」と独り言を言うと、大納言殿が「今さらお休みになるのですか」と言って、寝るべきものともお思いになっていないので、困ったことに、どうしてそんなことを申し上げたのだろうと思うけれども、ほかに人がいればまぎれもするだろうに。帝が柱に寄りかかって少し眠っていらっしゃるのを、大納言殿が「あれをご覧ください。もう夜が明けたというのに、このようにお休みになってよいものでしょうか」と中宮様に申し上げなさる。「本当に」などと中宮様もお笑い申し上げなさるのも帝はご存じないうちに、長女の童が鶏を捕まえて持って来て、「明日、里へ持って行こう」と言って隠しておいたのが、どうしたことか、犬が見つけて追ったので、廊の先に逃げて行って、恐ろしい声で鳴き騒いだので、皆が起きたりしたようだ。帝もお目覚めになって、「どうしたのか」とお尋ねになると、大納言殿が「声明王の眠りを驚かす」という詩を声高に吟じなさったのがすばらしくおもしろくて、一人眠かった私の目も大きく見開かれた。「本当に折にかなったことね」と中宮様もおもしろがられる。やはりこういうことこそすばらしい。翌日は、中宮様は夜の御殿にお入りになった。夜中ごろに廊に出て人を呼ぶと、大納言殿が「局へ下がるのか。私が送ろう」とおっしゃるので、裳や唐衣は屛風に掛けて行くと、月がたいそう明るくて、直衣がたいそう白く見えるところに、指貫の裾を半ば踏みくくむようにして、私の袖を押さえて「転ぶなよ」と言って連れて行ってくださる途中で、「遊子なほ残りの月に行く」と吟じなさったのも、またたいそうすばらしい。こういうことにめでて夢中になると言ってお笑いになるけれど、どうして、やはりたいそうすばらしいものを、ほめずにいられようか。
意訳
伊周の教養と風雅を伝える段である。夜通しの講義で女房たちが寝てしまい、作者一人がこらえて起きていると、隠しておいた鶏が鳴き騒いで皆が目を覚ます。その瞬間、伊周がすかさず「鶏人暁を唱えて明王の眠りを驚かす」の詩句を吟じた。その場にぴったりの詩句に、眠かった作者の目もぱっちり開く。翌夜、月明かりの廊を伊周に送ってもらいながら聞いた「遊子なほ残りの月に行く」の朗詠も、作者には忘れがたいものであった。中関白家の全盛期の華やかな一夜の記憶である。
語釈・文法注
- 大納言殿
- 藤原伊周。中宮定子の兄。漢詩文の才に優れていた。
文法
- 「聲明王のねぶりを驚す」
- 『和漢朗詠集』の都良香の詩句「鶏人暁唱、声驚明王之眠」による。鶏が時を告げて天子の眠りを覚ますという意。
- 「遊子なほ殘りの月に行けば」
- 『和漢朗詠集』の賈島の詩句「佳人尽飾於晨粧、魏宮鐘動。遊子猶行於残月、函谷鶏鳴」による。
- 「をさめ」
- 長女。下仕えの女。
解説
伊周が朗詠した詩句がいずれも場面にぴったりで、作者はその機知と教養に心酔している。中関白家の華やかな時代を象徴する逸話である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、357–358頁(コマ190–191)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日