枕草子 第266段 類聚的章段
神は
神社として、松尾、八幡、大原野、賀茂、稲荷、春日、佐保殿、平野、みこもりの神を挙げる。八幡は応神天皇を祭るのがすばらしく、行幸に梨の花を御輿に付けるのもめでたい。平野の神輿宿りを見て、紅葉に貫之の歌を思い出したことも記す。
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- 1神神かみははは題
- 2松松まつののの尾尾お。。。八幡八幡やわたこのこのこの國國くにのののみかどみかどみかどにてにてにておはしましおはしましおわしましけむけむけんこそこそこそいといといとめでたけれめでたけれめでたけれ、、、みゆきみゆきみゆきなどなどなどににになぎなぎなぎののの花花はなののの御輿御輿みこしににに奉奉たてまつるるるなどなどなどいといといとめでたしめでたしめでたし。。。大原野大原野おおはらの。。。賀茂賀茂かもははは更更さらなりなりなり。。。稻荷稻荷いなり。。。春日春日かすがいといといとめでたくめでたくめでたく覺覺おぼえええさせさせさせ給給たまふふう。。。佐保殿佐保殿さおどのなどなどなどいふいふいう名名なさへさへさへをかしをかしおかし。。。平野平野ひらのはははいたづらいたづらいたずらなるなるなる屋屋やありありありしししををを「「「こゝこゝここははは何何なにするするする所所ところぞぞぞ」」」ととと問問とひひいしかしかしかばばば、、、「「「神輿神輿みこしやどりやどりやどり」」」ととといひいひいいしししもももめでたしめでたしめでたし。。。いがきいがきいがきににに蔦蔦つたなどなどなどののの多多おおくくくかゝりかゝりかかりててて、、、紅葉紅葉もみじのののいろいろいろいろいろいろありありありししし「「「秋秋あきにににはははあへあへあえずずず」」」ととと貫之貫之つらゆきががが歌歌うたおもひおもひおもい出出いでででられられられててて、、、つくづくつくづくつくずくととと久久ひさしうしうしゅうたゝたゝたたれれれたりたりたりししし。。。みこもりみこもりみこもりのののかみかみかみことことことをををかしかしかし。。。
現代語訳
神社は。
松尾神社。八幡宮は、この国の帝でいらっしゃったというのが、たいそうすばらしい。行幸のときなどに、梛の花を御輿に付けて奉るのなど、たいそうすばらしい。大原野神社。賀茂神社は言うまでもない。稲荷神社。春日神社は、たいそうすばらしく思われなさる。佐保殿などという名前までおもしろい。平野神社は、何もない建物があったのを「ここは何をする所か」と尋ねたところ、「神輿宿り」と言ったのもすばらしい。玉垣に蔦などがたくさんかかって、紅葉がいろいろとあったのに、「秋にはあへず」という貫之の歌が思い出されて、しみじみと長い間立ち止まったことだった。みこもりの神も、ことのほか趣がある。
意訳
神社を挙げた段である。八幡宮が応神天皇を祭る、つまり「この国の帝」であったことをめでたいとし、平野神社では玉垣にかかる蔦の紅葉を見て、紀貫之の歌を思い出して長く立ち尽くした思い出を語る。神社の列挙の中に、作者自身の体験が織り込まれている。
語釈・文法注
文法
- 「八幡」
- 石清水八幡宮。応神天皇を祭神とする。
- 「秋にはあへず」
- 紀貫之の歌「ちはやぶる神のいがきにはふ葛も秋にはあへず移ろひにけり」(『古今和歌集』)による。
- 「いがき」
- 斎垣。神社の周囲の垣。
解説
神社尽くしの中に、作者の個人的な思い出が語られる段である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、346頁(コマ185)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日