枕草子 第243段 日記的章段
八月晦日方に
八月の末、太秦に参詣する途中、田で稲刈りをしているのを見る。「早苗とりしかいつのまに」の古歌のとおり、先日賀茂詣での折に田植えを見た田が、もう稲刈りの時期になったと感慨にふける。男たちが鎌で稲を刈るさまや、穂を上にして並べる様子をおもしろく見る。
場面イラスト(準備中)
- 1八月八月はちがつつごもりつごもりつごもりがたがたがたにににうづまさうづまさうずまさにににまうづまうづもうずとてとてとて見見みれれればばば、、、穂穂ほににに出出いでででたるたるたる田田たににに人人ひと多多おおくくくてててさわぐさわぐさわぐ。。。稻稻いね刈刈かるるるなりなりなりけりけりけり。。。「「「早苗早苗さなえとりとりとりしかしかしかいついついつのののまにまにまに」」」とととはははまことまことまこと、、、げにげにげにさいつころさいつころさいつころ賀茂賀茂かもににに詣詣もうづづずとてとてとて見見みしししががが哀哀あわれにににもももなりなりなりにににけるけるけるかなかなかな。。。これこれこれははは女女おんなもももまじらまじらまじらずずず、、、男男おとこののの片手片手かたてにににいといといと赤赤あかききき稻稻いねのののもともともとははは靑靑あおきききををを刈刈かりりりもちもちもちててて、、、刀刀かたなかかか何何なににににかかかあらあらあらむむん、、、もともともとををを切切きるるるさまさまさまのののやすげやすげやすげにににめでたきめでたきめでたき事事ことにににいといといとせせせまほしくまほしくまほしく見見みゆるゆるゆるややや、、、いかでいかでいかでさすさすさすらむらむらん。。。穗穗ほをををうへうへうえにてにてにてなみなみなみをるをるおるいといといとをかしうをかしうおかしゅう見見みゆゆゆ。。。いほりいほりいおりのののさまさまさまことなることなることなる。。。
現代語訳
八月の末ごろに太秦に参詣しようとして見ると、穂の出た田に人が大勢いて騒いでいる。稲を刈っているのであった。「早苗取りしかいつのまに」という歌は本当で、なるほど、先日賀茂に参詣するときに見た田が、しみじみと実ったことだなあ。こちらは女はまじらず、男が片手に、たいそう赤くて根もとは青い稲を刈り取って持ち、刀か何かだろうか、根もとを切る様子が、楽そうで見事なので、たいそう自分でもやってみたいと見えるのは、どうしてそんなふうにするのだろう。穂を上にして並んでいるのは、たいそうおもしろく見える。仮小屋の様子も変わっている。
意訳
前々段の、初夏の賀茂詣でで見た田植えと呼応する段である。わずか数か月で、あの早苗が赤く色づいた稲穂に変わっている。『古今和歌集』の「昨日こそ早苗取りしかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹く」の歌そのままだと、作者は季節の移ろいの早さに感じ入る。鎌で手際よく稲を刈る男たちの姿に、自分もやってみたいと思う好奇心も素直である。
語釈・文法注
文法
- 「うづまさ」
- 太秦。京都の広隆寺。
- 「早苗とりしかいつのまに」
- 『古今和歌集』の「昨日こそ早苗取りしかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹く」による。
- 「いほり」
- 庵。田の番をするための仮小屋。
解説
田植えから稲刈りへという農事の推移を、宮廷の女房が外出の折に見たものとして書きとめた、貴重な記録である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、328頁(コマ171)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日