枕草子 第241段 随想的章段
賀茂へ詣づる道に
賀茂へ参詣する道で、新しい折敷のような笠をかぶった女たちが、大勢並んで田植え歌を歌いながら後ろ向きに進んでいく。ほととぎすを「おれよ、かやつよ」と無礼に歌うのが情けないと述べる。
場面イラスト(準備中)
- 1賀茂賀茂かもへへへ詣詣もうづるづるずる道道みちににに、、、女女おんなどもどもどもののの新新あたらしきしきしき折敷折敷おしきのののやうやうようなるなるなるものものものををを笠笠かさにににきききててて、、、いといといと多多おおくくくたてりたてりたてりててて歌歌うたをををうたひうたひうたい起起おききき伏伏ふすすすやうやうようににに見見みえええててて、、、唯唯ただ何何なにすすすともともともなくなくなくうしろうしろうしろざまざまざまににに行行ゆくくくははは、、、いかなるいかなるいかなるにににかかかあらあらあらむむん、、、をかしをかしおかしととと見見みるるる程程ほどににに、、、杜鵑杜鵑ほととぎすをををいといといとなめくなめくなめくうたふうたふうたう聲聲こえぞぞぞ心心こころ憂憂うききき。。。「「「ほとゝぎすほとゝぎすほととぎすよよよ、、、おれおれおれよよよ、、、かやつかやつかやつよよよ、、、おれおれおれなきなきなきてててぞぞぞわれわれわれははは田田たにににたつたつたつ」」」とととうたふうたふうたうににに、、、聞聞ききききもももはてはてはてずずず「「「いかなりいかなりいかなりししし人人ひとかかか、、、いたくいたくいたくなきなきなきてててそそそ」」」ととといひいひいいけむけむけん、、、なかだかなかだかなかだかわらはわらはわらわおひおひおいいかでいかでいかでおどすおどすおどす人人ひとととと。。。
現代語訳
賀茂へ参詣する道で、女たちが新しい折敷のようなものを笠にかぶって、たいそう大勢立ち並んで歌を歌い、起きたり伏したりするように見えて、ただ何をするということもなく後ろ向きに進んで行くのは、どういうことだろうか、おもしろいと見ているうちに、ほととぎすをたいそう無礼に歌う声が情けない。「ほととぎすよ、おまえよ、あいつよ、おまえが鳴くから私は田に立つのだ」と歌うのに、聞き終わらないうちに、「どういう人が『いたく鳴きてぞ』と言ったのだろう」と思われる。仲忠の幼いころの育ちをけなす人と同じだ。
意訳
賀茂詣での道すがら見た田植えの光景である。早乙女たちが歌いながら後ろへ下がって苗を植えていくのを、作者は珍しく、おもしろく眺める。ところが、その歌がほととぎすを「おれ」「かやつ」と呼び捨てにするのを聞いて、和歌で大切に詠まれてきた鳥をこんなふうに歌うとは、と心を痛める。宮廷の美意識と、農民の素朴な歌との出会いが描かれている。
語釈・文法注
文法
- 「折敷」
- 食器をのせる薄い木の盆。早乙女のかぶる笠をたとえた。
- 「起き伏すやうに」
- 腰をかがめては起こす、田植えの動作。
- 「おれ」「かやつ」
- おまえ、あいつ。目下の者を呼ぶ乱暴な言い方。
- 「なかだかわらはおひ」
- 「仲忠が童生ひ」の意か。宇津保物語の仲忠の幼時の育ちをけなす人のように、ほととぎすをけなすのは心外だ、ということ。
解説
田植え歌という民衆の歌を書きとめた点で興味深い段である。ほととぎすは田植えの時期を告げる鳥として、農民にとっては「時鳥」であった。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、327–328頁(コマ170–171)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日