古典ライブラリー

枕草子 第212段 日記的章段

三条の宮におはしますころ

中宮が三条の宮にいらしたころの五月五日、薬玉などが献上される中、作者が青ざしという菓子を青い薄様に敷いて差し上げると、中宮は紙の端を破って「みな人は花や蝶やといそぐ日もわが心をば君ぞ知りける」とお書きになった。

  1. 1三條さんでう三條さんでうさんじょうのののにににおはしますおはしますおわしますころころころ五日いつか五日いつかいつかのののさうぶさうぶそうぶののの輿こし輿こしこしなどなどなど持も持ももちちちてててまゐりまゐりまいり、、、くすくすくす玉だま玉だまだままゐらまゐらまいらせせせなどなどなどわかきわかきわかき人々ひとびと人々ひとびとひとびと御匣殿みくしげどの御匣殿みくしげどのみくしげどのなどなどなどくすくすくす玉だま玉だまだましししててて、、、姫宮ひめみや姫宮ひめみやひめみや、、、若宮わかみや若宮わかみやわかみやつけつけつけさせさせさせ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり、、、いといといとをかしきをかしきおかしきくすくすくす玉だま玉だまだまほかほかほかよりよりよりもももまゐらまゐらまいらせせせたるたるたるににに、、、あをざしあをざしあおざしととといふいふいうものものものををを人ひと人ひとひとのののもてもてもてきききたるたるたるををを、、、靑あを靑あをあおきききうすえふうすえふうすようをををえんえんえんなるなるなる硯すずり硯すずりすずりののの蓋ふた蓋ふたふたににに敷し敷ししきききててて「「「これこれこれませませませでしでしでしにににさふらへさふらへさうらえばばば」」」とてとてとてまゐらまゐらまいらせせせたれたれたればばば、、、
  2. 2「「「みなみなみな人ひと人ひとひとははは花はな花はなはなやややてふてふてうやややととといそぐいそぐいそぐ日ひ日ひひもももわがわがわがこゝろこゝろこころをををばばば君きみ君きみきみぞぞぞ知し知ししりりりけるけるける」」」
  3. 3ととと紙かみ紙かみかみののの端はし端はしはしををを引ひ引ひひきききやりやりやりててて書か書かかかかかせせせ給たま給たまたまへへえるるるもももいといといとめでたしめでたしめでたし。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

中宮様が三条の宮にいらっしゃったころ、五月五日の菖蒲の輿などを持って参上し、薬玉を差し上げたりなどして、若い女房たちや御匣殿などが薬玉を作って、姫宮や若宮にお付け申し上げ、たいそう美しい薬玉をほかからも献上したところへ、青ざしというものを人が持って来たのを、私が青い薄様の紙を優美な硯の蓋に敷いて、「これは籬越しにございますので」と言って差し上げたところ、

すべての人が花よ蝶よと浮かれ騒いでいる日にも、私の心を、あなたこそが分かってくれたのですね。

と、紙の端を破ってお書きになったのも、たいそうすばらしい。

意訳

中宮定子の晩年、三条の宮での端午の節句の一場面である。周囲が華やかな薬玉の献上で浮き立つ中、作者は麦で作った素朴な菓子「青ざし」を、青い紙に敷いて差し出した。中宮はそこに込められた作者の心遣いを汲み取り、「みんなが浮かれている日に、私の気持ちをわかってくれるのはあなただけ」と、紙の端に歌を書きつける。中関白家が没落し、身重の中宮が寂しく過ごしていた時期のことで、主従の深い心の通い合いが静かに描かれている。

語釈・文法注

三條の宮
平生昌の邸。長保元年(999)以後、中宮定子が里第として住んだ。中宮は翌年十二月、ここで崩御した。

文法

「あをざし」
青麦を炒って臼でひき、糸のようによりあわせた菓子。
「ませでし」
三巻本では「ませごし(籬越し)」とあり、「籬越しに麦を食む駒」の古歌によるとされる。
「花やてふや」
花よ蝶よと、華やかなものに心を奪われること。

和歌

みな人は花や蝶やといそぐ日もわが心をば君ぞ知りける

詠者
中宮定子
状況
端午の節句の日、作者が青ざしを差し上げた心遣いに応えて、紙の端に書き記した歌。

解説

中宮定子の最晩年の姿を伝える段である。華やかな節句の喧騒の中で、作者だけが中宮の寂しい心を察していたことが、中宮自身の歌によって示されている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、318–319頁(コマ162)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日