枕草子 第190段 類聚的章段
仏は
仏として、人々の心を思い悩んで頬杖をついている如意輪観音がたいそうありがたく、恥ずかしいほどだと述べ、千手観音をはじめ六観音、不動尊、薬師仏、釈迦、弥勒、普賢、地蔵、文殊を挙げる。
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現代語訳
仏は。
如意輪観音は、人々の心をお思い悩みになって、頬杖をついていらっしゃるのが、世にまたとなく、しみじみとありがたく、こちらが恥ずかしくなるほどである。千手観音。すべて六観音。不動尊。薬師仏。釈迦。弥勒。普賢菩薩。地蔵菩薩。文殊菩薩。
意訳
信仰の対象となる仏や菩薩を挙げた段である。とりわけ如意輪観音について、人々の悩みを思って頬杖をついて考え込む姿を、ありがたくもあり、見透かされているようで恥ずかしくもあると述べる。仏像の姿から、その慈悲の心を感じとっている。
語釈・文法注
文法
- 「つら杖」
- 頬杖。如意輪観音は、右手を頬に当てて思惟する姿で表される。
- 「六觀音」
- 六道の衆生を救うとされる六体の観音。
解説
如意輪観音の姿に、人の心を思い悩む慈悲深さを見る記述は、作者の信仰のあり方をうかがわせる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、311頁(コマ158)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日