枕草子 第179段 日記的章段
宮に初めて参りたるころ
作者が初めて中宮定子のもとに出仕したころの回想。恥ずかしさで夜だけ参上し、几帳の陰から中宮の美しい手を見て驚嘆する。雪の日に昼の参上を命じられ、大納言伊周の訪問に居合わせて親しく話しかけられ、身の置き所もない思いをする。中宮に「私を思うか」と問われて答えた折に、くしゃみが聞こえて嘘と疑われ、翌朝中宮から歌が届く。
- 1宮宮みやににに始始はじめめめててて參參まいりりりたるたるたるころころころ物物ものののの耻耻はずかしきかしきかしきことことこと數數かず知知しらららずずず。。。涙涙なみだももも落落おちちちぬぬぬべけれべけれべければばば、、、よるよるよるよるよるよる參參まいりりりててて三尺三尺さんじゃくののの御御み几帳几帳きちょうのののうしろうしろうしろににに侍侍さぶらふふうににに、、、繪繪えなどなどなど取取とりりり出出いでゝでゝでて見見みせせせさせさせさせ給給たまふふうだにだにだに手手てもももえええさしさしさし出出いづづずまじうまじうまじゅうわりなしわりなしわりなし。。。「「「これこれこれはははとととありありありかれかれかれはははかゝりかゝりかかり」」」などなどなどのたまはするのたまはするのたまわするににに、、、たかつきたかつきたかつきにににまゐりまゐりまいりたるたるたる大大おおとのとのとのあぶらあぶらあぶらなれなれなればばば、、、髪髪かみのののすぢすぢすじなどなどなどももも中々中々なかなか晝晝ひるよりよりよりはははけせうけせうけしょうににに見見みえええてててまばゆけれまばゆけれまばゆけれどどど、、、念念ねんじじじててて見見みなどなどなどすすす。。。いといといとつめたきつめたきつめたきころころころなれなれなればばばさしさしさし出出いださださださせせせ給給たまへへえるるる御御おん手手てのののわづかわづかわずかににに見見みゆるゆるゆるががが、、、いみじういみじういみじゅうにほひにほひにおいたるたるたる薄紅梅薄紅梅うすこうばいなるなるなるははは限限かぎりなくなくなくめでたしめでたしめでたしととと、、、見見み知知しらららぬぬぬさとびさとびさとび心心ここちちちにににははは、、、いかゞいかゞいかがはははかゝるかゝるかかる人人ひとこそこそこそ世世よにににおはしましおはしましおわしましけれけれけれととと、、、驚驚おどろかかかるゝるゝるるまでまでまでぞぞぞまもりまもりまもりまゐらするまゐらするまいらする。。。曉曉あかつきにににはははとくとくとくなどなどなど急急いそがががるゝるゝるる。。。「「「葛城葛城かずらきののの神神かみももも暫暫しばししし」」」などなどなど仰仰おおせせせらるゝらるゝらるるををを、、、いかでいかでいかですぢかひすぢかひすじかいてててももも御覽御覽ごらんぜぜぜむむんとてとてとてふしふしふしたれたれたればばば、、、御御み格子格子こうしもももまゐらまゐらまいらずずず。。。「「「女官女官にょかん參參まいりりりてててこれこれこれはなたはなたはなたせせせ給給たまへへえ」」」ととといふいふいうををを、、、女房女房にょうぼうきききてててはなつはなつはなつををを「「「待待まててて」」」などなどなど仰仰おおせせせらるれらるれらるればばば笑笑わらひひいてててかへりかへりかえりぬぬぬ。。。物物ものなどなどなど問問とはははせせせ給給たまひひいのたまはするのたまはするのたまわするににに「「「久久ひさしうしうしゅうなりなりなりぬれぬれぬればばばおりおりおりまほしうまほしうまほしゅうなりなりなりぬぬぬらむらむらん。。。さささははははやはやはや」」」とてとてとて「「「よさりよさりよさりはははとくとくとく」」」ととと仰仰おおせせせらるゝらるゝらるる。。。ゐざりゐざりいざり歸歸かえるるるややや遲遲おそきききとととあけあけあけちらしちらしちらしたるたるたるににに、、、雪雪ゆきいといといとをかしをかしおかし。。。
- 2「「「今日今日きょうははは晝晝ひるつかたつかたつかた參參まいれれれ。。。雪雪ゆきにににくもりくもりくもりてててあらはあらはあらわにににもももあるあるあるまじまじまじ」」」などなどなど度々度々たびたび召召めせせせばばば、、、このこのこのつぼねつぼねつぼねあるじあるじあるじももも「「「さささのみのみのみややや籠籠こもりりり居居い給給たまふふうらむらむらんとととするするする。。。いといといとあへなきあへなきあえなきまでまでまで御御おまへまへまえ許許ゆるささされれれたるたるたるははは思思おぼしめすしめすしめすやうやうようこそこそこそあらあらあらめめめ。。。思思おもふふうにににたがふたがふたがうはははにくきにくきにくきものものものぞぞぞ」」」ととと唯唯ただいそがしいそがしいそがしににに出出いだせせせばばば、、、我我われにににもももあらあらあらぬぬぬ心心ここちちちすれすれすればばば參參まいるるるもももいといといとぞぞぞ苦苦くるしきしきしき。。。火火ひたきたきたき屋屋やのののうへうへうえににに降降ふりりり積積つみみみたるたるたるももも珍珍めずらしうしうしゅうをかしをかしおかし。。。御御おまへまへまえ近近ちかくくくははは例例れいのののすびつすびつすびつののの火火ひこちたくこちたくこちたくおこしおこしおこしてててそれそれそれにににはははわざわざわざ人人ひとももも居居いずずず。。。宮宮みやははは沉沉じんののの御御おん火桶火桶ひおけののの梨繪梨繪なしえしししたるたるたるににに向向むかひひいててておはしますおはしますおわします。。。上臈上臈じょうろう御御おんまかなひまかなひまかないししし給給たまひひいけるけるけるまゝまゝままににに近近ちかくくく侍侍さぶらふふう。。。次次つぎののの間間まにににながながながすびつすびつすびつにににまなくまなくまなく居居いたるたるたる人々人々ひとびと、、、からぎぬからぎぬからぎぬ着着き垂垂たれれれたるたるたる程程ほどなりなりなり。。。安安やすらからからかなるなるなるををを見見みるるるももも羨羨うらやましくしくしく御御おん文文ふみはははとりとりとりつぎつぎつぎ立立たちちち居居いふるまふふるまふふるまうさまさまさまなどなどなど、、、つゝましげつゝましげつつましげならならならずずず物物ものいひいひいいゑゑえわらふわらふわらう。。。いついついつののの世世よにににかかかさやうさやうさようにににまじらひまじらひまじらいならならならむむんととと思思おもふふうさへさへさへぞぞぞつゝましきつゝましきつつましき。。。あうあうおうよりよりよりててて三四人三四人さんしにん集集つどひひいててて繪繪えなどなどなど見見みるるるもももありありあり。。。しばししばししばしありありありてててさきさきさき高高たこうううおふおふおう聲聲こえすれすれすればばば、、、「「「殿殿との參參まいらららせせせ給給たまふふうなりなりなり」」」とてとてとて散散ちりりりたるたるたる物物ものどもどもども取取とりりりやりやりやりなどなどなどするするするににに奧奧おくににに引引ひききき入入いりりりててて、、、さすがさすがさすがにににゆかしきゆかしきゆかしきなめりなめりなめりととと、、、御御み几帳几帳きちょうのののほころびほころびほころびよりよりより僅僅わずかににに見見み入入いれれれたりたりたり。。。大納言大納言だいなごんののの參參まいらららせせせ給給たまふふうなりなりなりけりけりけり。。。御御おん直衣直衣のうし指指さし貫貫ぬきののの紫紫むらさきののの色色いろ雪雪ゆきにににはえはえはえてててをかしをかしおかし。。。柱柱はしらのののもともともとににに居居い給給たまひひいててて、、、「「「きのふきのふきのうけふけふけう物物ものいみいみいみにてにてにて侍侍はべれれれどどど、、、雪雪ゆきのののいたくいたくいたく降降ふりりりててて侍侍はべれれればばば、、、覺束覺束おぼつかなさなさなさににに」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。「「「道道みちもももなしなしなしととと思思おもひひいけるけるけるにににいかでいかでいかでかかか」」」とととぞぞぞ御御おんいらへいらへいらえあああなるなるなる。。。うちうちうち笑笑わらひひい給給たまひひいててて「「「あはれあはれあわれととともももややや御覽御覽ごらんずるずるずるとてとてとて」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう御御おんありさまありさまありさまははは、、、これこれこれよりよりよりははは何事何事なにごとかかかまさらまさらまさらむむん。。。物語物語ものがたりにににいみじういみじういみじゅう口口くちにににまかせまかせまかせててて言言いひひいたるたるたる事事ことどもどもどもたがはたがはたがわざざざめりめりめりととと覺覺おぼゆゆゆ。。。宮宮みやははは白白しろききき御御おんぞぞぞどもどもどもににに紅紅くれないののの唐唐から綾綾あや二二ふたつつつ、、、白白しろききき唐唐から綾綾あやととと奉奉たてまつりりりたるたるたる。。。御御みぐしぐしぐしのののかゝらかゝらかからせせせ給給たまふるふるうるなどなどなど繪繪えににに書書かきききたるたるたるをををこそこそこそかゝるかゝるかかることことことははは見見みるるるにににうつゝうつゝうつつにににはははまだまだまだ知知しらららぬぬぬををを夢夢ゆめののの心心ここちちちぞぞぞするするする。。。
- 3女房女房にょうぼうととと物物ものいひいひいいたはぶれたはぶれたわぶれなどなどなどししし給給たまふふうををを、、、いらへいらへいらえいさゝかいさゝかいささか耻耻はずかしかしかしとととももも思思おもひひいたらたらたらずずず聞聞きこえええ返返かえししし、、、空言空言そらごとなどなどなどののの給給たまひひいかくるかくるかくるをををあらがひあらがひあらがい論論ろんじじじなどなどなど聞聞きこゆるゆるゆるははは、、、目目めもももあやあやあやににに淺淺あさましきましきましきまでまでまであいなくあいなくあいなく面面おもてぞぞぞ赤赤あかむむむややや。。。御御おんくだものくだものくだもの參參まいりりりなどなどなどしししててて御御お前前まえにににももも參參まいらららせせせ給給たまふふう。。。「「「御御み几帳几帳きちょうのののうしろうしろうしろなるなるなるははは誰誰たれぞぞぞ」」」ととと問問とひひい給給たまふふうなるなるなるべしべしべし。。。さささぞぞぞととと申申もうすすすにににこそこそこそあらあらあらめめめ、、、立立たちちちててて坐坐おわするするするををを、、、外外ほかへへへにににやややあらあらあらむむんととと思思おもふふうににに、、、いといといと近近ちこううう居居い給給たまひひいててて物物ものなどなどなどのたまふのたまふのたまう。。。まだまだまだ參參まいらららざりざりざりししし時時とき聞聞きききき置置おききき給給たまひひいけるけるける事事ことなどなどなどのたまふのたまふのたまう。。。「「「まことにまことにまことにさささありありありししし」」」などなどなどのたまふのたまふのたまうににに、、、御御み几帳几帳きちょう隔隔へだてゝてゝててよそよそよそににに見見みやりやりやり奉奉たてまつるるるだにだにだに耻耻はずかしかりしかりしかりつるつるつるををを、、、いといといとあさましうあさましうあさましゅうさしさしさし向向むかひひい聞聞きこえええたるたるたる心心ここちちちうつゝうつゝうつつともともともおぼえおぼえおぼえずずず。。。行幸行幸ぎょうこうなどなどなど見見みるるるににに、、、車車くるまのののかたかたかたにににいさゝかいさゝかいささか見見みおこせおこせおこせ給給たまふふうははは下簾下簾したすだれひきひきひきつくろひつくろひつくろい、、、すきすきすきかげかげかげもももやややととと扇扇おうぎをををさしさしさし隱隱かくすすす。。。猶猶なおいといといと我我わががが心心こころながらながらながらもももおほけなくおほけなくおおけなく、、、いかでいかでいかで立立たちちち出出いでででにににしししぞぞぞととと汗汗あせあえあえあえててていみじきいみじきいみじきににに何事何事なにごとをををかかか聞聞きこえええむむん、、、かしこきかしこきかしこきかげかげかげととと捧捧ささげげげたるたるたる扇扇おうぎをををさへさへさへ取取とりりり給給たまへへえるるるににに振振ふりりりかくかくかくべきべきべき髪髪かみのののあやしさあやしさあやしささへさへさへ思思おもふふうににに、、、すべてすべてすべて誠誠まことにににさるさるさる氣色氣色けしきやややつきつきつきてててこそこそこそ見見みゆゆゆらめらめらめ。。。疾疾とくくく立立たちちち給給たまへへえなどなどなど思思おもへへえどどど扇扇おうぎををを手手てまさぐりまさぐりまさぐりにににしししててて「「「繪繪えははは誰誰たががが書書かきききたるたるたるぞぞぞ」」」などなどなどのたまひのたまひのたまいててて、、、とみにとみにとみにももも立立たちちち給給たまははわねねねばばば、、、袖袖そでをををおしおしおしあてゝあてゝあててうつぶしうつぶしうつぶし居居いたるたるたるももも、、、からぎぬからぎぬからぎぬにににしろいしろいしろいものものものうつりうつりうつりてててまだらまだらまだらにににならならならむむんかしかしかし。。。久久ひさしうしうしゅう居居い給給たまひひいたりたりたりつるつるつるをををろんなうろんなうろんのう苦苦くるしししととと思思おもふふうらむらむらんととと心得心得こころえさせさせさせ給給たまへへえるるるににに、、、ややや、、、「「「これこれこれ見見み給給たまへへえ。。。此此これはははたたたががが書書かきききたるたるたるぞぞぞ」」」ととと聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふうををを、、、嬉嬉うれしししととと思思おもふふうににに「「「賜賜たまひひいててて見見み侍侍はべらららむむん」」」ととと申申もうししし給給たまへへえばばば「「「猶猶なおこゝこゝここへへへ」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすればばば、、、「「「人人ひとをををとらへとらへとらえてててたてたてたて侍侍はべらららぬぬぬなりなりなり」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。いといといといまめかしういまめかしういまめかしゅう、、、身身みのののほどほどほど年年としにににははは合合あははわずずず、、、かたはらいたしかたはらいたしかたわらいたし。。。
- 4人人ひとのののさうがなさうがなそうがな書書かきききたるたるたる草紙草紙そうし取取とりりり出出いでゝでゝでて御覽御覽ごらんずずず。。。「「「誰誰たがががにににかかかあらあらあらむむん、、、かれかれかれににに見見みせせせさせさせさせ給給たまへへえ。。。それそれそれぞぞぞ世世よにににあるあるある人人ひとののの手手てははは見見み知知しりりりててて侍侍はべらららむむん」」」ととと、、、あやしきあやしきあやしき事事ことどもどもどもをををたゞたゞただいらへいらへいらえさせさせさせむむんとととののの給給たまふふう。。。一所一所ひとところだにだにだにあるあるあるににに又又またさきさきさきうちうちうちおはせおはせおわせててて同同おなじじじ直衣直衣のうしののの參參まいらららせせせ給給たまひひいててて、、、これこれこれははは今今いま少少すこしししはなやぎはなやぎはなやぎさるがうさるがうさるごうどどど言言ことなどなどなどうちうちうちししし、、、譽譽ほめめめ笑笑わらひひい興興きょうじじじ、、、我我われもももなにがしなにがしなにがしがががとととあるあるある事事ことかゝるかゝるかかる事事ことなどなどなど殿上人殿上人てんじょうびとのののうへうへうえなどなどなど申申もうすすすををを聞聞きけけけばばば、、、猶猶なおいといといと變化變化へんげののの物物もの天人天人てんにんなどなどなどのののおりおりおりきききたるたるたるにににやややととと覺覺おぼえええてててしししををを、、、侍侍さぶらひひい馴馴なれれれ、、、日日ひごろごろごろ過過すぐれぐれぐれはははいといといとさしもさしもさしもなきなきなき業業わざにににこそこそこそありありありけれけれけれ。。。かくかくかく見見みるるる人々人々ひとびとももも家家いえのののうちうちうち出出いでででそめそめそめけむけむけん程程ほどはははさささこそこそこそははは覺覺おぼえええけめけめけめどどど、、、かくかくかくしししもてもてもて行行ゆくくくにににおのづからおのづからおのずからおもおもおも馴馴なれれれぬぬぬべしべしべし。。。
- 5物物ものなどなどなど仰仰おおせせせられられられててて「「「我我われをををばばば思思おもふふうややや」」」ととと問問とはははせせせ給給たまふふう。。。御御おんいらへいらへいらえににに「「「いかにいかにいかにかかかははは」」」ととと啓啓けいするするするににに合合あわせせせててて、、、臺盤所臺盤所だいばんどころのののかたかたかたににに、、、はなはなはなをををたかくたかくたかくひひひたれたれたればばば、、、「「「あなあなあな心心こころううう。。。そらごとそらごとそらごとするするするなりなりなりけりけりけり。。。よしよしよしよしよしよし」」」とてとてとていらいらいらせせせ給給たまひひいぬぬぬ。。。いかでいかでいかでかかかそらごとそらごとそらごとにににはははあらあらあらむむん。。。よろしうよろしうよろしゅうだにだにだに思思おもひひいきこえきこえきこえさすさすさすべきべきべき事事ことかかかははは。。。はなはなはなこそこそこそはははそらごとそらごとそらごとしししけれけれけれとととおぼゆおぼゆおぼゆ。。。さてさてさてもももたれたれたれかかかかくかくかくにくきにくきにくきわざわざわざしししつつつらむらむらんととと、、、大大おおかたかたかた心心こころづきづきずきなしなしなしととと覺覺おぼゆれゆれゆればばば、、、わがわがわがさるさるさる折折おりもももおしおしおしひしぎひしぎひしぎかへしかへしかへしてててあるあるあるををを、、、ましてましてましてにくしにくしにくしととと思思おもへへえどどど、、、まだまだまだうひうひしけれうひうひしけれういういしければばばともかくもともかくもともかくも啓啓けいしししなほさなほさなおさででで、、、明明あけけけぬれぬれぬればばばおりおりおりたるたるたるすなはちすなはちすなわち淺綠淺綠あさみどりなるなるなるうすえふうすえふうすようにににえんえんえんなるなるなる文文ふみをををもてもてもてきききたりたりたり。。。見見みれれればばば、、、
- 6「「「いかにいかにいかにしししててていかにいかにいかに知知しらららましましましいつはりいつはりいつわりをををそらそらそらにににたゞすたゞすただすののの神神かみなかりなかりなかりせせせばばば
- 7とととなむなむなん、、、御御みけしきけしきけしきははは」」」とととあるあるあるにににめでたくめでたくめでたくももも口口くちをしくをしくおしくももも思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるるににに、、、なほなほなおよべよべよべののの人人ひとぞぞぞたづねたづねたずね聞聞きかかかまほしきまほしきまほしき。。。
- 8「「「うすきうすきうすきこそこそこそそれそれそれにににもももよらよらよらぬぬぬはなはなはなゆゑゆゑゆえにににうきうきうき身身みのののほどほどほどををを知知しるるるぞぞぞわびしきわびしきわびしき
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現代語訳
中宮様のもとに初めて出仕したころは、何かにつけて恥ずかしいことが数知れず、涙も落ちてしまいそうなので、毎晩参上して、三尺の御几帳の後ろに控えていると、中宮様が絵などを取り出してお見せくださるのにさえ、手も差し出せそうになく、どうしようもない。「これはこうで、あれはこうなのよ」などとおっしゃるが、高坏にともした灯火なので、髪の筋なども、かえって昼よりもはっきりと見えて恥ずかしいけれど、我慢して見たりする。たいそう寒いころなので、お差し出しになったお手が袖口からわずかに見えるのが、たいそうつややかな薄紅梅色なのは、この上なくすばらしいと、見慣れない里人の気持ちでは、どうしてこんな方がこの世にいらっしゃったのだろうと、目を見張るほどに見つめ申し上げる。明け方には、早く局に下がろうと気がせく。「葛城の神も、もう少しいなさい」などとおっしゃるので、何とかして斜めからでもご覧に入れまいと、うつ伏していたので、御格子もお上げしない。女官が参上して、「これをお開けください」と言うのを、女房が来て開けようとするのを、中宮様が「待て」などとおっしゃるので、女官は笑って帰ってしまった。いろいろとお尋ねになり、お話しになるうちに、「長くいたので、下がりたくなったでしょう。それなら早く」とおっしゃって、「夜になったら早くいらっしゃい」とおっしゃる。いざって退出するやいなや、女房たちが格子をあけ放つと、雪がたいそう美しい。
「今日は昼ごろに参上しなさい。雪で曇っていて、はっきり見えることもないでしょう」などと、たびたびお召しになるので、この局の主も、「そんなに引きこもってばかりいてよいものですか。こんなにあっけなく御前への出入りを許されたのは、何かお考えがあるからでしょう。人の好意に背くのは憎まれますよ」と、ひたすらせきたてて送り出すので、我を忘れたような気持ちで参上するのもたいそうつらい。火焼屋の屋根に降り積もった雪も珍しく趣がある。御前近くは、いつものように炭櫃の火をたくさんおこして、そこには誰も座っていない。中宮様は、沈の木の御火桶の梨絵を施したものに向かっていらっしゃる。上臈の女房がお世話をなさるままに、近くに控えている。次の間で、長炭櫃にすき間なく座っている女房たちは、唐衣を肩から垂らすように着ている。くつろいでいるのを見るのもうらやましく、手紙を取り次いだり、立ったり座ったりする様子なども、気後れした様子もなく、話をしたり笑ったりしている。いつになったらあのように人と交われるようになるだろうと思うのさえ気が引ける。奥の方に寄って、三、四人集まって絵などを見ている者もいる。しばらくして、先払いの声が高く聞こえるので、「殿が参上なさるのです」と言って、散らかっていた物などを片づけたりしているので、奥に引っ込んで、それでもやはり見たいのだろう、御几帳のすき間から少しのぞいて見た。大納言殿が参上なさったのであった。御直衣と指貫の紫の色が雪に映えて美しい。柱のもとにお座りになって、「昨日今日は物忌でございましたが、雪がひどく降りましたので、気がかりで」などとおっしゃる。中宮様は「道もないと思っていたのに、どうして」とお答えになるようだ。大納言殿はお笑いになって、「あはれとご覧になるかと思いまして」などとおっしゃるご様子は、これ以上に何がまさるだろう。物語でたいそう口にまかせてほめているようなことも、違わないようだと思われる。中宮様は白いお召し物を重ねた上に紅の唐綾を二枚、白い唐綾をお召しになっている。御髪がかかっていらっしゃるご様子など、絵に描いたのでこそこういうことは見るけれど、現実にはまだ知らなかったので、夢のような気持ちがする。
大納言殿が女房と話をしたり冗談を言ったりなさるのを、女房たちは少しも恥ずかしいとも思わずにお答え申し上げ、作り話などをおっしゃるのに、言い返して論じたりするのは、目もくらむほどで、あきれるほどにわけもなく私の顔が赤くなる。大納言殿は果物を召し上がったりして、中宮様にもお勧めなさる。「御几帳の後ろにいるのは誰ですか」とお尋ねになったのだろう。誰それですと申し上げたのだろうか、立ってこちらへいらっしゃるのを、ほかの所へ行かれるのだろうかと思っていると、たいそう近くにお座りになって、話などをなさる。私がまだ出仕していなかったころ聞いておかれた私の噂などをおっしゃる。「本当にそうだったのですか」などとおっしゃるので、御几帳を隔てて遠くから拝見しているのでさえ恥ずかしかったのに、たいそうあきれるほどに向かい合い申し上げている気持ちは、現実とも思われない。行幸などを見物するときに、大納言殿が私たちの車の方を少しでもご覧になると、下簾を引き整え、透き影も見えはしないかと扇で顔を隠すほどなのに。やはりたいそう我ながら身の程知らずにも、どうして宮仕えに出てしまったのだろうと汗が流れてたまらないのに、何を申し上げられよう。頼みの陰として顔の前に捧げていた扇までお取りになったので、顔にかけて隠すはずの髪の見苦しさまで思うにつけても、すべて本当にそういう様子がありありと見えていることだろう。早くお立ちになってほしいなどと思うけれど、扇を手でもてあそんで、「この絵は誰が描いたのですか」などとおっしゃって、すぐにはお立ちにならないので、袖を顔に押し当ててうつぶしているのも、唐衣におしろいがついて、まだらになっていることだろう。長くお座りになっているのを、きっと苦しいと思っているだろうと中宮様がお察しになったのだろうか、「これをご覧なさい。これは誰が書いたものでしょう」と大納言殿にお声をかけなさるので、うれしいと思っていると、「いただいて拝見しましょう」と申し上げなさるので、「やはりこちらへ」とおっしゃると、「この人がつかまえて立たせてくれないのです」とおっしゃる。たいそう当世風で、私の身分や年齢には似つかわしくなく、いたたまれない。
中宮様は、誰かが草仮名で書いた草子を取り出してご覧になる。大納言殿は「誰の筆跡でしょうか。あの人にお見せなさい。あの人こそ、世の中の人の筆跡は見知っておりましょう」と、妙なことを言って、ただ私に答えさせようとなさる。お一人でさえいらっしゃるのに、また先払いをさせて、同じ直衣姿の方が参上なさって、この方はもう少しはなやかで、冗談などを言い、ほめたり笑ったり興じたりして、「自分も誰それにこういうことがあった、ああいうことがあった」などと殿上人の噂などを申し上げるのを聞くと、やはりたいそう、変化の者か天人などが降りて来たのだろうかと思われたが、お仕えに慣れ、日数が過ぎると、たいしたこともないことであった。このように見ている女房たちも、家から初めて出仕したころは、そのように思ったのだろうけれど、こうして過ごしているうちに、自然と慣れてしまうのだろう。
中宮様がお話などをなさって、「私のことを思っているか」とお尋ねになる。そのお答えに、「どうして思わないことがありましょう」と申し上げるのに合わせて、台盤所の方で、誰かがくしゃみを高くしたので、「まあ情けない。嘘を言ったのね。もういいわ」とおっしゃって、奥へお入りになってしまった。どうして嘘であろうか。並一通りにお思い申し上げることでさえあろうか。くしゃみこそが嘘をついたのだと思われる。それにしても、誰がこんな憎らしいことをしたのだろうと、すっかり不愉快に思われるので、自分がくしゃみをしそうな折でも押さえこんで我慢しているのに、まして憎らしいと思うけれど、まだ新参で不慣れなので、どうとも申し開きをしないでいるうちに、夜が明けたので局に下がると、すぐに浅緑の薄様の紙に、優美な手紙を持って来た。見ると、
どうやって、どのように知ることができようか。嘘を、空からただす糺の神がいなかったならば。
という中宮様のお気持ちです」とあるので、すばらしくも、残念にも思い乱れるにつけても、やはり昨夜くしゃみをした人を探し出して問いただしたい。
くしゃみの程度によって、思いの深さが薄いとされるのなら仕方ありませんが、それにもよらないくしゃみのせいで、つらいわが身のほどを知るのは悲しいことです。
やはりこれだけは、申し開きをしてくださいませ。式の神も自然と、たいそう恐ろしいことでございます」と書いて差し上げた後も、いやなことに、折もあろうに、どうしてあんなことがあったのだろう。たいそうおもしろい。
意訳
作者が中宮定子のもとに初めて出仕したころを、後年に振り返った名高い段である。恥ずかしさのあまり夜にしか参上できず、灯火の下で几帳の陰から絵を見せる中宮の手を見て、その美しさに息をのむ。昼の参上を命じられて伊周の訪問に居合わせ、親しく話しかけられ、扇まで取られて身の置き所もない。中宮も伊周も、新参の作者を気にかけ、早く打ち解けさせようと心を配っている。最後のくしゃみの話は、「私を思うか」という問いに答えたとたんに、誰かのくしゃみで嘘とされてしまったという失敗談である。翌朝届いた中宮の歌に、作者は必死に弁明の歌を返す。後に宮廷で才気を発揮する作者の、初々しい姿が描かれている。
語釈・文法注
- 大納言殿
- 藤原伊周。中宮定子の兄。当時は権大納言で、容姿・才学にすぐれていた。
- 同じ直衣の人
- 藤原道隆(中宮の父、関白)とされる。三巻本では「殿」とあり、関白道隆の来訪を描く。
文法
- 「たかつきにまゐりたる大とのあぶら」
- 高坏を逆さにして灯台にし、ともした灯火。
- 「葛城の神」
- 昼の明るさを恥じて夜しか働かなかったという葛城の一言主神の伝説から、夜明けに下がりたがる作者をからかった言葉。
- 「さうがな」
- 草仮名。万葉仮名を草書体にくずしたもの。
- 「はなをたかくひたれば」
- くしゃみは、言ったことが嘘である兆しとされた。
- 「たゞすの神」
- 糺の神。下鴨神社の糺の森の神。「ただす」(正す)を掛ける。
- 「しきの神」
- 式の神。陰陽師が使う鬼神。くしゃみを嘘のしるしとする俗信を、陰陽道の神になぞらえた。
和歌
いかにしていかに知らましいつはりをそらにただすの神なかりせば
- 詠者
- 中宮定子
- 状況
- 「私を思うか」と問われて作者が答えたとき、くしゃみが聞こえたのを受けて、翌朝届けた歌。
修辞
- 掛詞
- 「ただす」に「糺(ただす)の神」と「正す」を掛け、「そら」に「空」と「虚言」の意を響かせる。
うすきこそそれにもよらぬはなゆゑにうき身のほどを知るぞわびしき
- 詠者
- 清少納言
- 状況
- 中宮の歌への返歌。くしゃみのせいで、自分の思いが嘘とされた悲しさを訴えた。
修辞
- 掛詞
- 「はな」に「鼻(くしゃみ)」と「花」を掛ける。「薄き濃き」は花の色の縁で、思いの深さを表す。
解説
『枕草子』の中でも、作者自身の出仕当初の姿を描いた最も重要な段の一つである。後年の自信に満ちた作者とは対照的な、初々しく恥じらう姿が生き生きと描かれている。
中宮定子の美しさと心遣い、伊周の華やかさが、新参者の目を通して描かれることで、いっそう輝いて見える。中関白家の全盛期の一コマとして、作者が懐かしく回想したものであろう。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、303–306頁(コマ154–156)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日