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枕草子 第174段 随想的章段

六位の蔵人

六位の蔵人は、五位に叙されて何々の大夫や権守となった後、狭い家に住んで小ぎれいに飾り立て、門を固く閉ざすようなことをすべきではない。親や知人の家、受領の留守宅などを借りて住み、やがてよい所に移るのがよいと述べる。女の一人住まいは荒れているのが趣深いともいう。

  1. 1六位藏人ろくゐのくらうど六位藏人ろくゐのくらうどろくいのくろうど思おも思おもおもひひいかくかくかくべきべきべき事こと事ことことにににもももあらあらあらずずず。。。かうぶりかうぶりこうぶりえええててて何なに何なになにののの大夫たいふ大夫たいふたいう權ごん權ごんごんののの守かみ守かみかみなどなどなどいふいふいう人ひと人ひとひとののの、、、板屋いたや板屋いたやいたやせばきせばきせばき家いへ家いへいえもたりもたりもたりててて、、、またまたまた小こ小ここ檜垣ひがき檜垣ひがきひがきなどなどなど新あたら新あたらあたらしくしくしくししし、、、車くるま車くるまくるまやどりやどりやどりににに車くるま車くるまくるまひきひきひきたてたてたて、、、前まへ前まへまえ近ちか近ちかちかくくく木き木ききおほくおほくおおくしししててて牛うし牛うしうしつながつながつながせせせててて草くさ草くさくさなどなどなどかはかはかはするするするこそこそこそいといといとにくけれにくけれにくけれ。。。庭には庭にはにわいといといと淸きよ淸きよきよげげげにてにてにて紫革むらさきがは紫革むらさきがはむらさきがわしししててて伊豫いよ伊豫いよいよすすすかけかけかけわたしわたしわたしてててぬのぬのぬのさうじさうじそうじはりはりはりてててすまひすまひすまいたるたるたる。。。よるよるよるははは門かど門かどかど强つよ强つよつよくくくさせさせさせなどなどなど事こと事ことこと行おこな行おこなおこなひひいたるたるたる、、、いみじういみじういみじゅうおひさきおひさきおいさきなくなくなくこゝろづきこゝろづきこころずきなしなしなし。。。親おや親おやおやののの家いへ家いへいえしうとしうとしゅうとはははさらさらさらなりなりなり、、、伯父をぢ伯父をぢおじ兄このかみ兄このかみこのかみなどなどなどののの住す住すすまままぬぬぬ家いへ家いへいえ、、、そのそのそのさるべきさるべきさるべき人ひと人ひとひとのののなからなからなからむむんはははおのづからおのづからおのずからむつましうむつましうむつましゅううちうちうち知し知ししりりりたるたるたる受領ずりやう受領ずりやうずりょう、、、又また又またまた國くに國くにくにへへへ行ゆ行ゆゆきききててていたづらいたづらいたずらなるなるなる、、、さらずはさらずはさらずわ女院にようゐん女院にようゐんにょういん宮原みやばら宮原みやばらみやばらなどなどなどののの屋や屋ややあまたあまたあまたあるあるあるににに、、、つかさつかさつかさまちまちまち出い出いいでゝでゝでて後のち後のちのちいつしかいつしかいつしかよきよきよき所ところ所ところところ尋たづ尋たづたずねねね出い出いいでゝでゝでて住す住すすみみみたるたるたるこそこそこそよけれよけれよけれ。。。女をんな女をんなおんなのののひとりひとりひとり住す住すすむむむ家いへ家いへいえなどなどなどははは唯ただ唯ただただいたういたういとう荒あ荒ああれれれてててついぢついぢついじなどなどなどもももまたからまたからまたからずずず、、、池いけ池いけいけなどなどなどのののあるあるある所ところ所ところところははは水草みくさ水草みくさみくさゐゐい、、、庭には庭にはにわなどなどなどももも糸いと糸いといとよもぎよもぎよもぎ茂しげ茂しげしげりりりなどなどなどこそこそこそせせせねねねどもどもども、、、所々ところどころ所々ところどころところどころすなごすなごすなごののの中なか中なかなかよりよりより靑あを靑あをあおききき草くさ草くさくさ見み見みみえええ、、、寂さび寂さびさびしげしげしげなるなるなるこそこそこそあはれあはれあわれなれなれなれ。。。物もの物ものものかしこげかしこげかしこげににになだらかなだらかなだらかにににすりすりすりしししててて門かど門かどかどいたういたういとうかためかためかため、、、きはきはしききはきはしききわきわしきはははいといといとうたてうたてうたてこそこそこそ覺おぼ覺おぼおぼゆれゆれゆれ。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

六位の蔵人は、そんなことを望むべきでもない。五位に叙されて、何々の大夫とか権守などという人が、板葺きの狭い家を持って、また小檜垣などを新しく作り、車庫に車を引き入れて立て、家の前近くに木を多く植えて、牛をつながせて草などを食べさせているのは、たいそう憎らしい。庭をたいそうきれいにして、紫革の紐で伊予簾を掛けわたし、布障子を張って住んでいるの。夜は門を固く閉めさせるなどと指図しているのは、たいそう将来性もなく、気に入らない。親の家や舅の家はもちろん、伯父や兄などの住んでいない家や、そういう適当な人がいない場合は、自然と親しくして知っている受領が任国に行って空いている家、そうでなければ女院や宮様方の家がたくさんあるのを借りて住み、官職を待ち得てから、早くよい所を探し出して住むのがよい。女が一人で住む家などは、ひどく荒れて、築地なども完全でなく、池などのある所は水草が生え、庭なども蓬がひどく茂るというほどではないけれど、所々の砂の中から青い草が見えて、寂しそうなのがしみじみとして趣がある。いかにも利口ぶって、きちんと手入れをして、門を固く閉ざし、きっちりとしているのは、たいそういやな感じがする。

意訳

六位の蔵人だった人が五位に昇り、蔵人を退くと、名目上の官職を得て暮らすことになる。作者は、そういう人が狭い家を小ぎれいに飾り、門を固く閉ざしているのは見苦しいと言う。身内や知人の家を借りて住み、やがて受領の官を得てよい家に移るのが本来の道だというのである。後半では、女の一人住まいは荒れているくらいが趣深いと述べ、きちんとしすぎた家を嫌う作者の美意識が表れている。

語釈・文法注

文法

「かうぶりえて」
冠を得て。五位に叙されること。
「紫革」
紫に染めた革。簾を掛ける紐などに用いた。
「つかさまち出でゝ」
官を待ち得て。受領などの官職に任じられて。
「きはきはしき」
てきぱきとして、きちんとしすぎている様子。

解説

中流官人の暮らしぶりを辛辣に批評した段である。分不相応な体裁を整えることを嫌い、将来を見すえた身の処し方を説くところに、作者の現実的な目がうかがえる。

女の一人住まいの荒れた家をあわれ深いとする後半は、『源氏物語』の末摘花の邸などにも通じる、平安時代の美意識を示している。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、300頁(コマ153)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日