枕草子 第164段 日記的章段
内の御物忌なる日
帝の御物忌の日、源宣方が「三十の期に及ばずはいかが」と書いてよこすと、作者は「その期は過ぎたでしょう。朱買臣が妻を諭した年には」と返す。宣方が悔しがって帝に訴えると、帝は中宮のもとに来て、作者の博識を笑いながらほめた。
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- 1內內うちののの御御おんものいみものいみものいみなるなるなる日日ひ、、、右近右近うこんのののさうくわんさうくわんそうかんみつみつみつなにとかやなにとかやなにとかやいふいふいうものものものしししててて、、、たゝうたゝうたとう紙紙がみににに書書かきききててておこせおこせおこせたるたるたるををを見見みれれればばば「「「參參まいせせせむむんとととするするするををを今日今日きょうははは御御おん物忌物忌ものいみにてにてにてなむなむなん。。。三十三十さんじゅうのののごごごにににおよばおよばおよばずずずはははいかゞいかゞいかが」」」ととといひいひいいたれたれたればばば、、、かへりごとかへりごとかえりごとににに、、、「「「そのそのそのごごごははは過過すぎぎぎぬぬぬらむらむらん。。。がががめめめををを敎敎おしへへへけむけむけん年年としにににはははしもしもしも」」」ととと書書かきききてててやりやりやりたりたりたりしししををを、、、又又またねたがりねたがりねたがりてててうへうへうえののの御御お前前まえにににももも奏奏そうしししけれけれければばば、、、宮宮みやののの御御おんかたかたかたにににわたらわたらわたらせせせ給給たまひひいててて、、、「「「いかでいかでいかでかゝるかゝるかかる事事ことははは知知しりりりしししぞぞぞ。。。四十九四十九しじゅうくににになりなりなりけるけるける年年としこそこそこそさささははは誠誠いましめめめけれけれけれ」」」とてとてとて「「「のぶかたのぶかたのぶかたはははわびしうわびしうわびしゅういはいはいわれれれにににたりたりたりととといふいふいうめるめるめるははは」」」ととと笑笑わらははわせせせ給給たまひひいしししこそこそこそ物物ものぐるほしかりぐるほしかりぐるおしかりけるけるける君君きみかなかなかなとととおぼえおぼえおぼえしかしかしか。。。
現代語訳
帝の御物忌の日に、右近の将監で、みつ何とかいう者に持たせて、畳紙に書いてよこしたのを見ると、「参上しようと思うのですが、今日は御物忌でして。『三十の期に及ばず』はいかがですか」と言ってきたので、返事に、「その期はもう過ぎてしまったでしょう。朱買臣が妻を諭した年には」と書いてやったところ、宣方殿はまた悔しがって、帝の御前でも申し上げたので、帝は中宮様のお部屋にお渡りになって、「どうしてこんなことを知っていたのか。朱買臣が四十九歳になった年にこそ、妻をそう戒めたのだったよ」とおっしゃって、「宣方は、ひどく言われてしまったと言っているようだよ」とお笑いになったのは、なんとも物好きでいらっしゃる帝だと思われた。
意訳
前段の「三十の期」の詩句をめぐるやりとりの続きである。宣方が「三十の期に及ばず」と書いてよこすと、作者は、漢の朱買臣が四十九歳で出世すると妻に語った故事を持ち出し、「あなたはもう三十どころではないでしょう」とやり返した。悔しがった宣方は帝に訴えたが、帝はむしろ作者の博識を面白がり、わざわざ中宮のもとに来て笑い話にした。帝まで巻き込んだ宮廷の和やかな言葉遊びである。
語釈・文法注
- 朱買臣
- 前漢の人。貧しく薪を売って暮らしていたが、四十九歳のとき妻に「五十になれば富貴になる」と語った。妻は待ちきれずに去ったが、のちに出世した(『漢書』)。
文法
- 「さうくわん」
- 将監。近衛府の三等官。
- 「たゝう紙」
- 畳紙(たとうがみ)。たたんで懐に入れておく紙。
- 「その期は過ぎぬらむ」
- 宣方はもう三十を過ぎているでしょう、とからかったもの。
解説
作者の漢籍の素養と機知がよく表れた段である。宣方の詩句に対して、同じく年齢にちなむ朱買臣の故事で切り返している。
一条天皇が女房たちのやりとりを面白がり、わざわざ中宮のもとに話しに来るところに、天皇と中宮の後宮の和やかな雰囲気がうかがえる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、297–298頁(コマ151–152)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日