枕草子 第157段 類聚的章段
うらやましきもの
うらやましいものとして、経をすらすら読む人、病気のときに元気に歩き回る人を挙げ、稲荷詣での坂道で、七度目の参詣だと言って軽々と下っていく女をうらやんだ体験を語る。さらに、よい子を持つ人、髪の美しい人、字や歌の上手な人などを挙げる。
- 1うらやましきうらやましきうらやましきものものもの題
- 2經經きょうなどなどなど習習ならひひいててていみじくいみじくいみじくたどたどしくたどたどしくたどたどしくててて忘忘わすれれれがちがちがちにてにてにてかへすがへすかへすがへすかえすがえす同同おなじじじ所所ところををを讀讀よむむむににに、、、法師法師ほうしはははことわりことわりことわり、、、男男おとこももも女女おんなもももくるくるくるくるくるくるとととやすらかやすらかやすらかににに讀讀よみみみたるたるたるこそこそこそ。。。あれあれあれがががやうやうようにににいついついつののの折折おりとととこそこそこそふとふとふと覺覺おぼゆれゆれゆれ。。。心心ここちちちなどなどなど煩煩わずらひひいてててふしふしふしたるたるたるににに、、、うちうちうち笑笑わらひひい物物ものいひいひいい思思おもふふう事事ことなげなげなげにてにてにて步步あゆみみみありくありくありく人人ひとこそこそこそいみじくいみじくいみじくうらやましけれうらやましけれうらやましけれ。。。
- 3ににに思思おもひひいおこしおこしおこしててて參參まいりりりたるたるたるににに中中なかののの御社御社みやしろのののほどほどほどわりなくわりなくわりなく苦苦くるしきしきしきををを、、、念念ねんじじじてててのぼるのぼるのぼる程程ほどににに、、、いさゝかいさゝかいささか苦苦くるしげしげしげもももなくなくなく後後おくれれれてててくくくととと見見みえええたるたるたるものものものどもどもどもののの、、、唯唯ただゆきゆきゆきにににさきさきさきだちだちだちててて詣詣もうづるづるずるいといといとうらやましうらやましうらやまし。。。二月二月にがつ午午うまののの日日ひののの曉曉あかつきにににいそぎいそぎいそぎしかしかしかどどど、、、坂坂さかのののなからなからなからばかりばかりばかり步步あゆみみみしかしかしかばばば巳巳みののの時時ときばかりばかりばかりなりなりなりにににけりけりけり。。。やうやうやうやうようよう暑暑あつくくくさへさへさへなりなりなりてててまことにまことにまことにわびしうわびしうわびしゅう、、、かゝらかゝらかからぬぬぬ人人ひとももも世世よにににあらあらあらむむんものものものををを何何なにしししににに詣詣もうでででつつつらむらむらんとととまでまでまで淚淚なみだ落落おちちちてててやすむやすむやすむににに、、、三十三十みそじ餘餘あまりりりばかりばかりばかりなるなるなる女女おんなののの壺壺つぼさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどにににはははあらあらあらででで、、、たゞたゞただ引引ひきききはこえはこえはこえたるたるたるががが「「「まろまろまろははは七七ななたびたびたびまうでまうでもうでししし侍侍はべるるるぞぞぞ。。。三三みたびたびたびはははまうでまうでもうでぬぬぬ。。。四四よたびたびたびはははことことことにににもももあらあらあらずずず。。。未未ひつじにににははは下向下向げこうしししぬぬぬべしべしべし」」」ととと道道みちににに逢逢あひひいたるたるたる人人ひとにににうちうちうち言言いひひいてててくだりくだりくだりゆきゆきゆきしししこそこそこそたゞたゞただなるなるなる所所ところにてにてにてははは目目めもももとまるとまるとまるまじきまじきまじきことことことののの、、、かれかれかれががが身身みににに唯今唯今ただいまならならならばやばやばやとととおぼえおぼえおぼえしかしかしか。。。
- 4男男おとこももも女女おんなももも法師法師ほうしもももよきよきよき子子こもちもちもちたるたるたる人人ひといみじういみじういみじゅううらやましうらやましうらやまし。。。髮髮かみ長長ながくくく麗麗うるわしうしうしゅうさがりばさがりばさがりばなどなどなどめでたきめでたきめでたき人人ひと。。。やんごとなきやんごとなきやんごとなき人人ひとののの、、、人人ひとにににかしづかかしづかかしずかれれれ給給たまふふうもももいといといとうらやましうらやましうらやまし。。。手手てよくよくよく書書かききき歌歌うたよくよくよく詠詠よみみみててて物物もののののをりをりおりにににもももまづまづまずとりとりとり出出いでででらるゝらるゝらるる人人ひと。。。よきよきよき人人ひとののの御御お前前まえににに女房女房にょうぼういといといとあまたあまたあまたさぶらふさぶらふさぶらうににに心心こころにくきにくきにくき所所ところへへへ遣遣つかわすすすべきべきべき仰仰おおせせせがきがきがきなどなどなどををを誰誰たれももも鳥鳥とりののの跡跡あとなどなどなどのののやうやうようにににはははなどなどなどかかかはははあらあらあらむむん。。。されどされどされど下下しもなどなどなどにににあるあるあるをををわざとわざとわざと召召めしししててて、、、御御おん硯硯すずりおろしおろしおろしてててかゝかゝかかせせせさせさせさせ給給たまふふううらやましうらやましうらやまし。。。さやうさやうさようののの事事ことははは所所ところのののおとなゝどおとなゝどおとななどににになりなりなりぬれぬれぬればばば、、、まことにまことにまことになにはなにはなにわわたりわたりわたりののの遠遠とおからからからぬぬぬももも、、、事事ことににに隨隨したがひひいててて書書かくくくををを、、、これこれこれはははさささはははあらあらあらででで、、、上達部上達部かんだちめのののもともともと、、、またまたまた始始はじめめめてててまゐらまゐらまいらむむんなどなどなど申申もうさささするするする人人ひとのののむすめむすめむすめなどなどなどにににははは心心こころことにことにことにうへうへうえよりよりより始始はじめめめてててつくろはつくろはつくろわせせせ給給たまへへえるるるををを、、、集集あつまりりりてててたはぶれたはぶれたわぶれにににねたがりねたがりねたがりいふいふいうめりめりめり。。。琴琴こと笛笛ふえならふならふならうにににさささこそこそこそはははまだしきまだしきまだしき程程ほどははは、、、かれかれかれがががやうやうようにににいつしかいつしかいつしかととと覺覺おぼゆゆゆめれめれめれ。。。うちうちうち東宮東宮とうぐうののの御御おんめのとめのとめのと。。。うへうへうえののの女房女房にょうぼうののの御御おんかたがたかたがたかたがたゆるさゆるさゆるされれれたるたるたる。。。さんまいだうさんまいだうさんまいどうたてゝたてゝたててよひよひよいあかつきあかつきあかつきにににいのらいのらいのられれれたるたるたる人人ひと。。。すぐろくすぐろくすぐろくうつうつうつにににかたきかたきかたきのののさいさいさいきゝきゝききたるたるたる。。。まことにまことにまことに世世よををを思思おもひひいすてすてすてたるたるたるひじりひじりひじり。。。
現代語訳
うらやましいもの。
お経などを習って、ひどくたどたどしく、忘れがちで、何度も同じ所を読んでいるときに、法師は当然として、男でも女でも、すらすらと楽に読んでいる人。あの人のように、いつの日になれるだろうかと、ふと思われる。気分などが悪くて寝ているときに、笑ったり話をしたりして、何の悩みもなさそうに歩き回っている人は、たいそううらやましい。
稲荷に思い立って参詣したところ、中の社のあたりがむやみに苦しいのを、こらえて上っているときに、少しも苦しそうな様子もなく、後から来たと見えた人たちが、どんどん先に立って参詣して行くのは、たいそううらやましい。二月の初午の日の明け方に急いで出かけたけれど、坂の中ほどまで歩いたところで、巳の刻(午前十時ごろ)くらいになってしまった。だんだん暑くさえなってきて、本当につらく、こんな苦労をしない人も世の中にはいるだろうに、何をしに参詣したのだろうとまで思って、涙を落として休んでいると、三十過ぎくらいの女で、壺装束などではなく、ただ着物の裾をたくし上げただけの者が、「私は七度参りをするのですよ。三度はもう参りました。あと四度は何でもありません。未の刻(午後二時ごろ)には下山できるでしょう」と、道で会った人に言って下って行ったのは、ふだんの場所なら目にも留まらないような者なのに、あの人の身に今すぐなりたいと思われた。
男でも女でも法師でも、よい子を持っている人は、たいそううらやましい。髪が長く美しく、さがりばなどのすばらしい人。高貴な人が、人々に大切にかしずかれていらっしゃるのも、たいそううらやましい。字を上手に書き、歌を上手に詠んで、何かの折にもまず選び出される人。高貴な方の御前に女房がたいそう大勢お仕えしているときに、奥ゆかしい所へ送るはずの仰せ言の代筆などを、誰だって鳥の足跡のような下手な字ではないだろう。それなのに、局などに下がっている者をわざわざ呼び寄せて、御硯を下げ渡して書かせなさるのは、うらやましい。そのようなことは、その所の年配の女房などになれば、本当に難波あたりの遠くない所へ出す手紙でも、事情に応じて書くのだが、これはそうではなく、上達部のもとへの手紙や、また、初めて宮仕えに出ようなどと申し出ている人の娘などへの手紙には、特別に気を配って、中宮様みずから手を加えて整えさせなさるのを、女房たちが集まって冗談に嫉妬して言うようだ。琴や笛を習うときには、まだ未熟なうちは、あの人のようにいつになったらなれるだろうと思われるようだ。帝や東宮の御乳母。帝付きの女房で、后がたのもとへの出入りを許されている人。三昧堂を建てて、宵や暁に祈ってもらっている人。双六を打つときに、相手の賽の目がよく出ているの。本当に世を思い捨てた聖。
意訳
「うらやましきもの」の中心は、稲荷詣での体験談である。急な坂道を息を切らして上り、暑さに涙まで落とす作者のそばを、裾をからげただけの女が「七度参りの三度目は済んだ。昼過ぎには下りられる」と言って、すたすた下りていく。ふだんなら目もくれない女なのに、そのときは心底うらやましかった。体力の差を思い知らされた作者の悔しさとおかしさが、率直に語られている。後半には、字の上手な女房が中宮に重用されることへのうらやみも書かれ、宮仕えの中での競争意識もうかがえる。
語釈・文法注
- 稻荷
- 伏見稲荷大社(京都市伏見区)。二月の初午の日に参詣する習わしがあり、山上の上・中・下の三社を巡った。
文法
- 「七たびまうで」
- 一日のうちに七度、稲荷の社に参詣すること。
- 「壺さうぞく」
- 壺装束。女性が外出するときの旅装。衣の裾をつぼめて着て、市女笠をかぶる。
- 「さがりば」
- 下がり端。額髪の、頬のあたりに垂れ下がった部分。
- 「鳥の跡」
- 下手な字のたとえ。
解説
稲荷詣での場面は、作者自身の体験を交えた印象深い一節である。身分の高い女房である作者が、名もない女の健脚をうらやむという逆転のおかしさが、生き生きと描かれている。
後半の、字の上手な女房が中宮の代筆を任されることへのうらやみには、能書であることが宮仕えで重んじられた当時の事情が表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、291–292頁(コマ148–149)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
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