古典ライブラリー

枕草子 第141段 日記的章段

故殿などおはしまさで

道隆の死後、中宮定子が小二条殿に移り、作者は道長方に通じていると同僚に疑われて里に下がったままでいた。中宮から山吹の花びらに「いはで思ふぞ」と書いた手紙が届き、作者は感激して参上する。古歌の上の句を思い出せず童に教えられた話から、中宮がなぞなぞ合わせの失敗談を語る。

  1. 1故こ故ここなどなどなどおはしまさおはしまさおわしまさででで、、、世よ世よよののの中なか中なかなかににに事こと事ことこと出い出いいでででききき、、、物もの物ものものさわがしくさわがしくさわがしくなりなりなりててて宮みや宮みやみや又また又またまたうちうちうちにににもももいらいらいらせせせ給たま給たまたまははわずずず、、、小二條こにでう小二條こにでうこにじょうととといふいふいう所ところ所ところところにににおはしますおはしますおわしますににに、、、何なに何なになにととともももなくなくなくうたてうたてうたてありありありしかしかしかばばば、、、久ひさ久ひさひさしうしうしゅう里さと里さとさとににに居ゐ居ゐいたりたりたり。。。御お御おおまへまへまえ渡わた渡わたわたりりりおぼつかなさおぼつかなさおぼつかなさにににぞぞぞ猶なほ猶なほなおえええかくかくかくてててはははあるあるあるまじかりまじかりまじかりけるけるける。。。おはしおはしおわしててて物語ものがたり物語ものがたりものがたりししし給たま給たまたまふふう。。。「「「今日けふ今日けふきょうははは宮みや宮みやみやににに參まゐ參まゐまいりりりたれたれたればばばいみじくいみじくいみじく物もの物ものものこそこそこそ哀あはれ哀あはれあわれなりなりなりつれつれつれ。。。女によう女にようにょうばうばうぼうのののさうぞくさうぞくそうぞく、、、裳も裳もも唐から唐からからぎぬぎぬぎぬなどなどなどののの折をり折をりおりにににあひあひあい、、、たゆまたゆまたゆまずずずをかしうをかしうおかしゅうてててももも侍さぶら侍さぶらさぶらふふうかなかなかな。。。みすみすみすのののそばそばそばのののあきあきあきたるたるたるよりよりより見み見みみ入い入いいれれれつれつれつればばば、、、八九人はちくにん八九人はちくにんはちくにんばかりばかりばかり居ゐ居ゐいててて黃朽葉きくちば黃朽葉きくちばきくちばののの唐から唐からからぎぬぎぬぎぬ、、、薄色うすいろ薄色うすいろうすいろののの裳も裳もも、、、紫し紫ししをんをんおん、、、萩はぎ萩はぎはぎなどなどなどをかしうをかしうおかしゅう居ゐ居ゐいなみなみなみたるたるたるかなかなかな。。。御お御おお前まへ前まへまえののの草くさ草くさくさのののいといといと高たか高たかたかきききををを、、、などなどなどかかか此これ此これこれははは茂しげ茂しげしげりりりててて侍はべ侍はべはべるるる、、、はらははらははらわせせせてててこそこそこそととといひいひいいつれつれつればばば、、、露つゆ露つゆつゆおかおかおかせせせててて御覽ごらん御覽ごらんごらんぜぜぜむむんとてとてとて殊更ことさら殊更ことさらことさらにににととと宰相さいしやう宰相さいしやうさいしょうのののののの聲こゑ聲こゑこえにてにてにていらへいらへいらえつるつるつるなりなりなり。。。をかしくをかしくおかしくもももおぼえおぼえおぼえつるつるつるかなかなかな。。。御お御おお里居さとゐ里居さとゐさといいといといと心こころ心こころこころ憂う憂ううししし。。。かゝるかゝるかかる所ところ所ところところにににすまひすまひすまいせせせさせさせさせ給たま給たまたまははわむむん程ほど程ほどほどはははいみじきいみじきいみじき事こと事ことことありありありともともとも必かならず必かならずかならず侍さぶら侍さぶらさぶらふふうべきべきべきものものものににに思おぼ思おぼおぼしめさしめさしめされれれたるたるたるかひかひかいもももなくなくなくなどなどなどあまたあまたあまた言い言いいひひいつるつるつる、、、語かた語かたかたりりり聞き聞ききかかかせせせ奉たてまつ奉たてまつたてまつれれれとととなめりなめりなめりかしかしかし。。。參まゐ參まゐまいりりりててて見み見みみ給たま給たまたまへへえ。。。哀あは哀あはあわれれれげげげなるなるなる所ところ所ところところのののさまさまさまかなかなかな。。。ろだいろだいろだいののの前まへ前まへまえににに植う植ううゑゑえられられられたりたりたりけるけるけるぼうたんぼうたんぼうたんののの唐から唐からからめきめきめきをかしきをかしきおかしき」」」事こと事ことことなどなどなどののの給たま給たまたまふふう。。。「「「いざいざいざ人ひと人ひとひとのののにくしにくしにくしととと思おも思おもおもひひいたりたりたりしかしかしかばばば、、、又また又またまたにくゝにくゝにくく侍はべ侍はべはべりりりしかしかしかばばば」」」ととといらへいらへいらえ聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。「「「おいらかおいらかおいらかにににももも」」」とてとてとて笑わら笑わらわらひひい給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2げにげにげにいかならいかならいかならむむんととと思おも思おもおもひひい參まゐ參まゐまいらするらするらする御み御みみ氣色けしき氣色けしきけしきにににはははあらあらあらででで侍さぶら侍さぶらさぶらふふう人ひと人ひとひとたちたちたちののの「「「左ひだり左ひだりひだりののののののかたかたかたののの人ひと人ひとひとしるしるしるすぢすぢすじにてにてにてありありあり」」」などなどなどさゝめきさゝめきささめきさしさしさしつどひつどひつどいててて物もの物ものものなどなどなどいふいふいうににに、、、しもしもしもよりよりより參まゐ參まゐまいるるるををを見み見みみてててははは言い言いいひひい止や止ややみみみ、、、はなちはなちはなち立た立たたてててたるたるたるさまさまさまににに見み見みみならはならはならわずずずにくけれにくけれにくければばば、、、參まゐ參まゐまいれれれなどなどなどあるあるあるたびたびたびののの仰おほ仰おほおおせせせをををももも過すぐ過すぐすぐしししててて、、、げにげにげに久ひさ久ひさひさしうしうしゅうなりなりなりにににけるけるけるををを、、、宮みや宮みやみやのののへんへんへんにににはははたゞたゞただあなたあなたあなたがたがたがたににになしなしなしててて空言そらごと空言そらごとそらごとなどなどなどももも出い出いいででで來く來くくべしべしべし。。。例れい例れいれいならならならずずず仰おほ仰おほおおせせせ事ごと事ごとごとなどなどなどもももなくなくなくててて日ひ日ひひごろごろごろににになれなれなればばば、、、心こころ心こころこころ細ぼそ細ぼそぼそくくくてててうちうちうちながむるながむるながむる程ほど程ほどほどににに、、、文ふみ文ふみふみをををもてもてもて來き來ききたりたりたり、、、「「「おまへおまへおまえよりよりより左京さきやう左京さきやうさきょうののの君きみ君きみきみしししててて、、、忍しの忍しのしのびびびててて賜たま賜たまたまははわせせせたりたりたりつるつるつる」」」ととといひいひいいてててこゝこゝここにてにてにてさへさへさへひきひきひき忍しの忍しのしのぶぶぶもももあまりあまりあまりなりなりなり。。。人ひと人ひとひとづてづてずてののの仰おほ仰おほおおせせせ事ごと事ごとごとにてにてにてあらあらあらぬぬぬなめりなめりなめりととと胸むね胸むねむねつぶれつぶれつぶれてててあけあけあけたれたれたればばば、、、かみかみかみにににははは物もの物ものものもももかゝかゝかかせせせ給たま給たまたまははわずずず、、、山吹やまぶき山吹やまぶきやまぶきののの花はな花はなはなびらびらびらををを唯ただ唯ただただ一ひと一ひとひとつつつ包つつ包つつつつままませせせ給たま給たまたまへへえりりり。。。それそれそれににに「「「いはでいはでいわで思おも思おもおもふふうぞぞぞ」」」ととと書か書かかかかかせせせ給たま給たまたまへへえるるるををを見み見みみるるるもももいみじういみじういみじゅう日ひ日ひひごろごろごろのののたえまたえまたえま、、、思おも思おもおもひひい歎なげ歎なげなげかかかれれれつるつるつる心こころ心こころこころももも慰なぐさ慰なぐさなぐさみみみててて嬉うれ嬉うれうれしきしきしきににに、、、まづまづまず知し知ししるるるさまさまさまををををさめをさめおさめもももうちうちうち守まも守まもまもりりりててて、、、「「「御お御おお前まへ前まへまえにににはははいかにいかにいかに物もの物ものものののの折をり折をりおりごとごとごとにににおぼしおぼしおぼし出い出いいででで聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまふふうなるなるなるものものものををを」」」とてとてとて「「「誰たれ誰たれたれもももあやしきあやしきあやしき御おほん御おほんおんながゐながゐながいとととのみのみのみこそこそこそ侍はべ侍はべはべるるるめれめれめれ。。。などなどなどかかか參まゐ參まゐまいらららせせせ給たま給たまたまははわぬぬぬ」」」などなどなどいひいひいいててて、、、「「「こゝこゝここなるなるなる所ところ所ところところにににあからさまあからさまあからさまにににまかりまかりまかりててて參まゐ參まゐまいらららむむん」」」ととといひいひいいててていぬるいぬるいぬる後のち後のちのちににに、、、御おほん御おほんおん返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごと書か書かかきききててて參まゐ參まゐまいらららせせせむむんとととするするするにににこのこのこの歌うた歌うたうたのののもともともと更さら更さらさらににに忘わす忘わすわすれれれたりたりたり。。。
  3. 3「「「いといといとあやしあやしあやし。。。同おな同おなおなじじじふるふるふる事ごと事ごとごとととといひいひいいながらながらながら知し知ししらららぬぬぬ人ひと人ひとひとやややはははあるあるある。。。こゝもとこゝもとここもとににに覺おぼ覺おぼおぼえええながらながらながら言い言いいひひい出い出いいでででられられられぬぬぬはははいかにいかにいかにぞぞぞややや」」」などなどなどいふいふいうををを聞き聞きききききててて、、、ちひさきちひさきちいさき童わらは童わらはわらわののの前まへ前まへまえににに居ゐ居ゐいたるたるたるががが「「「下した下したしたゆくゆくゆく水みづ水みづみずのののとととこそこそこそ申まう申まうもうせせせ」」」ととといひいひいいたるたるたる。。。などなどなどてててかくかくかく忘わす忘わすわすれれれつるつるつるならならならむむん。。。これこれこれににに敎をし敎をしおしへへへらるゝらるゝらるるもももをかしをかしおかし。。。御おほん御おほんおんかへりかへりかえり參まゐ參まゐまいらららせせせててて少すこ少すこすこしししほどほどほど經へ經へへててて參まゐ參まゐまいりりりたりたりたり。。。いかゞいかゞいかがととと例れい例れいれいよりよりよりはははつゝましうつゝましうつつましゅうててて御み御みみ几帳きちやう几帳きちやうきちょうにににはたはたはたかくれかくれかくれたるたるたるををを「「「あれあれあれははは今參いままゐ今參いままゐいままいりりりかかか」」」などなどなど笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「にくきにくきにくき歌うた歌うたうたなれなれなれどどど、、、このこのこのをりをりおりはははさささももも言い言いいひひいつつつべかりべかりべかりけりけりけりとととなむなむなん思おも思おもおもふふうををを、、、見み見みみつけつけつけででではははしばししばししばしえええこそこそこそ慰なぐさ慰なぐさなぐさむむむまじけれまじけれまじけれ」」」などなどなどのたまはせのたまはせのたまわせててて、、、かはりかはりかわりたるたるたる御み御みみ氣色けしき氣色けしきけしきもももなしなしなし。。。
  4. 4童わらは童わらはわらわににに敎をし敎をしおしへへへられられられしししことばことばことばなどなどなどけいすれけいすれけいすればばば、、、いみじくいみじくいみじく笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「さるさるさる事こと事ことことぞぞぞ。。。あまりあまりあまりあなづるあなづるあなずるふるふるふる事ごと事ごとごとはははさささもももありありありぬぬぬべしべしべし」」」などなどなど仰おほ仰おほおおせせせられられられててて、、、ついでついでついでににに「「「人ひと人ひとひとのののなぞなぞなぞなぞなぞなぞあはせあはせあわせしししけるけるける所ところ所ところところににに、、、かたくなかたくなかたくなにににはははあらあらあらでででさやうさやうさようののの事こと事ことことにににらうらうしかりらうらうしかりろうろうしかりけるけるけるががが、、、左ひだり左ひだりひだりののの一番いちばん一番いちばんいちばんはははおのれおのれおのれいはいはいわむむん、、、さささ思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえなどなどなど賴たの賴たのたのむるむるむるににに、、、さりともさりともさりともわろきわろきわろきことことことははは言い言いいひひい出い出いいでででじじじとととえりえりえり定さだ定さださだむるむるむるににに、、、そのそのそのことばことばことばををを聞き聞ききかかかむむん、、、いかにいかにいかになどなどなど問と問ととふふう。。。唯ただ唯ただただ任まか任まかまかせせせててて物もの物ものものししし給たま給たまたまへへえ、、、さささ申まう申まうもうしししててていといといと口惜くちを口惜くちをくちおしうしうしゅうはははあらあらあらじじじととといふいふいうををを、、、げにげにげにととと推お推おおしししはかるはかるはかる。。。日ひ日ひひいといといと近ちか近ちかちこうううなりなりなりぬれぬれぬればばばなほなほなおこのこのこの事こと事ことことのたまへのたまへのたまえ、、、ひざうひざうひぞうにににをかしきをかしきおかしき事こと事ことこともももこそこそこそあれあれあれととといふいふいうををを、、、いさいさいさ知し知ししらららずずず、、、さらさらさらばばばなななたのまたのまたのまれれれそそそなどなどなどむつかれむつかれむつかればばば、、、覺おぼ覺おぼおぼつかなしつかなしつかなしととと思おも思おもおもひひいながらながらながらそのそのその日ひ日ひひににになりなりなりててて、、、みなみなみな方人かたうど方人かたうどかとうどののの男をとこ男をとこおとこ女をんな女をんなおんなゐゐいわけわけわけててて殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとなどなどなどよきよきよき人々ひとびと人々ひとびとひとびと多おほ多おほおおくくく居ゐ居ゐいなみなみなみてててあはするあはするあわするににに、、、左ひだり左ひだりひだりののの一番いちばん一番いちばんいちばんにににいみじういみじういみじゅう用意ようい用意よういよういしししてててもてなしもてなしもてなしたるたるたる樣さま樣さまさまのののいかなるいかなるいかなる事こと事ことことをををかかか言い言いいひひい出い出いいでででむむんととと見み見みみえええたれたれたればばば、、、あなたあなたあなたののの人ひと人ひとひともももこなたこなたこなたののの人ひと人ひとひとももも心こころ心こころこころもとなくもとなくもとなくうちうちうちまもりまもりまもりててて、、、なぞなぞなぞなぞなぞなぞととといふいふいう程ほど程ほどほどいといといと心こころ心こころこころもとなしもとなしもとなし。。。天てん天てんてんにににはりはりはり弓ゆみ弓ゆみゆみととといひいひいい出い出いいでででたりたりたり。。。右みぎ右みぎみぎのののかたかたかたののの人ひと人ひとひとはははいといといと興きよう興きようきょうありありありととと思おも思おもおもひひいたるたるたるににに、、、こなたこなたこなたののの方かた方かたかたののの人ひと人ひとひとははは物もの物ものものもももおぼえおぼえおぼえずずずあさましうあさましうあさましゅうなりなりなりててて、、、いといといとにくゝにくゝにくくあいぎやうあいぎやうあいぎょうなくなくなくててて、、、あなたあなたあなたににによりよりよりててて殊更ことさら殊更ことさらことさらにににまけまけまけさせさせさせむむんとととしししけるけるけるをををなどなどなど、、、かたかたかた時とき時ときときのののほどほどほどににに思おも思おもおもふふうににに、、、右みぎ右みぎみぎののの人ひと人ひとひとをこをこおこににに思おも思おもおもひひいてててうちうちうち笑わら笑わらわらひひいててて、、、やゝやゝやや更さら更さらさらににに知し知ししらららずずずとととくちくちくちひきひきひきたれたれたれてててさるがうさるがうさるごうしししかくるかくるかくるににに、、、數かず數かずかずさせさせさせ數かず數かずかずさせさせさせとてとてとてさゝせさゝせささせつつつ。。。いといといと怪あや怪あやあやしきしきしきことことこと、、、これこれこれ知し知ししらららぬぬぬものものもの誰たれ誰たれたれかかかあらあらあらむむん、、、更さら更さらさらににに數かず數かずかずさすさすさすまじまじまじととと論ろん論ろんろんずれずれずれどどど、、、知し知ししらららずずずととといひいひいい出い出いいでででむむんははは、、、などなどなどてててかかかまくるまくるまくるにににならならならざらざらざらむむんとてとてとて、、、つぎつぎつぎつぎつぎつぎのののもももこのこのこの人ひと人ひとひとににに論ろん論ろんろんじじじかたかたかたせせせけるけるける。。。いみじういみじういみじゅう人ひと人ひとひとののの知し知ししりりりたるたるたる事こと事ことことなれなれなれどどど覺おぼ覺おぼおぼえええぬぬぬ事こと事ことことはははさささこそこそこそはははあれあれあれ。。。何なに何なになにしかしかしかはははえええ知し知ししらららずずずととといひいひいいしししととと後のち後のちのちににに恨うら恨うらうらみみみられられられててて罪つみ罪つみつみさりさりさりけるけるける」」」事こと事ことことををを語かた語かたかたりりり出い出いいでででさせさせさせ給たま給たまたまへへえばばば、、、おまへおまへおまえなるなるなる限かぎり限かぎりかぎりはははさささははは思おも思おもおもふふうべしべしべし。。。「「「口くち口くちくちをしくをしくおしく思おも思おもおもひひいけむけむけん。。。こなたこなたこなたののの人ひと人ひとひとののの心ここ心ここここちちち聞きこ聞きこきこしめししめししめしたりたりたりけむけむけん、、、いかにいかにいかににくかりにくかりにくかりけむけむけん」」」などなどなど笑わら笑わらわらふふう。。。これこれこれははは忘わす忘わすわすれれれたるたるたることことことかかかははは、、、皆みな皆みなみな人ひと人ひとひと知し知ししりりりたるたるたることことことにににややや。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

故関白殿がお亡くなりになって、世の中に事件が起こり、騒がしくなって、中宮様は宮中にもお入りにならず、小二条という所にいらっしゃったが、私は何となくいやなことがあったので、長い間里に下がっていた。中宮様の御前のことが気がかりで、やはりこのままではいられそうになかった。左中将がいらっしゃって、話をなさる。「今日は中宮様のところに参上したところ、たいそうしみじみとした気持ちになりました。女房たちの装束は、裳や唐衣なども季節にふさわしく、気をゆるめずに美しくお仕えしているのですね。御簾の脇のあいている所からのぞき込むと、八、九人ほどが、黄朽葉の唐衣、薄紫の裳、紫苑や萩の襲などを美しく着て並んでいましたよ。御前の草がたいそう高く茂っているので、『どうしてこれはこんなに茂っているのですか。刈り払わせたらよいのに』と言ったところ、『露を置かせてご覧になろうと、わざとそうしているのです』と、宰相の君の声で答えたのです。おもしろく思いましたよ。あなたが里にこもっていらっしゃるのはたいそう残念です。中宮様がこのような所にお住まいになっている間は、どんなことがあっても必ずお仕えするはずの者と思っていらっしゃったのに、そのかいもなく、などと女房たちがいろいろ言っていたのは、あなたに話して聞かせよということなのでしょう。参上してご覧なさい。しみじみとした住まいの様子ですよ。露台の前に植えられていた牡丹が、唐めいて趣深く」などとおっしゃる。「さあ、人々が私を憎らしいと思っていたので、私もまた憎らしく思われましたので」とお答えする。「おおらかにね」と言ってお笑いになる。

本当に、中宮様がどうお思いになっているかと思い申し上げるのではなく、お仕えしている女房たちが、「あの人は左大臣殿方の人と親しい間柄だ」などとひそひそ話し、寄り集まって話などしているところに、私が局から参上するのを見ると話をやめ、私をのけ者にしている様子が、これまでになかったことで憎らしいので、「参上せよ」などとたびたびある仰せも聞き流して、本当に長い間になってしまったのを、中宮様の周囲では、ただ私を道長方の人にして、作り事なども出てきたに違いない。いつになく仰せ言などもないまま何日もたったので、心細くてぼんやりともの思いにふけっていると、長女が手紙を持って来た。「中宮様から、左京の君を通して、こっそりくださったものです」と言って、ここでまで人目を忍ぶのも大げさだ。人づての仰せ言ではないようだと、胸がどきどきして開けると、紙には何もお書きにならず、山吹の花びらをただ一枚お包みになっていた。それに「言はで思ふぞ」とお書きになっているのを見るのも、たいそう、何日もの途絶えを嘆いていた心も慰められてうれしいので、まず私の様子を長女もじっと見守って、「中宮様は、どんなに折あるごとにあなたのことを思い出して口になさっていることでしょう」と言って、「誰もが、妙に長い里居だと思っているようでございます。どうして参上なさらないのですか」などと言って、「このあたりの所へちょっと行ってから、また参ります」と言って立ち去った後に、お返事を書いて差し上げようとすると、この歌の上の句をすっかり忘れてしまっている。

「たいそう妙だ。同じ古歌とはいっても、知らない人などいるだろうか。ここまで出かかっているのに、言い出せないのはどうしたことだろう」などと言うのを聞いて、前に座っていた小さな童が、「『下ゆく水の』と申します」と言った。どうしてこんなに忘れてしまったのだろう。こんな子に教えられるのもおかしい。お返事を差し上げて、少したってから参上した。どうお思いかと、いつもより気が引けて、御几帳に半ば隠れていると、「あれは新参者かしら」などとお笑いになって、「憎らしい歌だけれど、こういう折にはそう言うにふさわしいと思って書いたのだけれど、あなたの顔を見ないでは、しばらくは気持ちが晴れそうもなかったのよ」などとおっしゃって、お変わりになったご様子もない。

童に教えられたことなどを申し上げると、たいそうお笑いになって、「そういうことはあるものよ。あまりに軽く見ている古歌は、そんなこともあるでしょう」などとおっしゃって、ついでに、「ある人たちがなぞなぞ合わせをした所で、気がきかないわけではなく、そういうことに巧みな人が、『左方の一番は私が出しましょう。そのおつもりで』などと頼もしく言うので、まさか下手なことは言い出すまいと、皆で一番に決めたところ、『その問題を聞きたい。どんなものか』などと尋ねる。『ただお任せください。そう申し上げて、ひどく残念なことにはならないでしょう』と言うので、なるほどと推量していた。日がたいそう近くなったので、『やはりその問題をおっしゃってください。思いがけずおかしなことがあるかもしれないから』と言うと、『さあ、知りません。それなら頼りになさいますな』などと不機嫌になるので、気がかりに思いながら当日になって、敵味方の男女が分かれて座り、殿上人などの立派な人々も大勢居並んで勝負をするときに、左方の一番が、たいそう心づもりをして、もったいぶったふるまいで、どんな問題を出すのだろうと見えたので、相手方の人も味方の人も気がかりにじっと見守って、『なぞなぞ』と言うときは、たいそう気がかりだった。『天に張り弓』と言い出した。右方の人はたいそうおもしろいと思っているのに、味方の人は呆然として、たいそう憎らしく、愛想がなくて、相手方に寝返って、わざと負けさせようとしたのか、などと、一瞬のうちに思っていると、右方の人はばかにして笑って、『いやいや、まったくわかりません』と口をゆがめて、おどけてみせたので、左方は『点を数えさせよ、数えさせよ』と言って点を取らせてしまった。『たいそうおかしなことだ。これを知らない者などいるだろうか。決して点にはさせない』と言い争ったけれど、『知らないと言い出したら、どうして負けにならないことがあろう』と言って、次々の勝負も、この人に言い負かして勝たせたのだった。たいそう人の知っていることでも、思い出せないことはそういうものだ。『どうして知らないと言ったのか』と、後で恨まれて、罪を負ったという」話をお語り出しになると、御前にいる者はみな、そう思うはずである。「残念に思ったでしょう。味方の人の気持ちをお聞きになったら、どんなに憎らしかったでしょう」などと笑う。これは忘れたことだろうか、いや、誰もが知っていることだろうに。

意訳

中関白家の没落期を描いた重要な段である。道隆の死後、定子の周辺は暗い空気に包まれ、作者は同僚の女房たちから道長方に通じているのではないかと疑われて、里に引きこもっていた。そこへ中宮から、山吹の花びらに「言はで思ふぞ」とだけ書いた手紙が届く。「口には出さないが、あなたを思っている」という、言葉少なく深い思いやりに、作者の心は一気に晴れる。ところが返事を書こうとすると、その古歌の上の句が出てこず、そばにいた童に教えられる始末。参上した作者に、中宮は何事もなかったように接し、さらに有名な言葉を忘れた失敗談として、なぞなぞ合わせの話を聞かせて笑わせる。逆境の中でも変わらない中宮の明るさと、主従の深い絆が伝わってくる。

語釈・文法注

故殿
故関白藤原道隆。長徳元年(995)四月に亡くなった。その後、伊周・隆家の左遷事件が起こり、中関白家は没落した。
左中將
源経房。作者と親しく、里にいる作者のもとを訪ねて中宮方の様子を伝えた。
宰相の君
中宮定子に仕えた上臈の女房。藤原重輔の娘で、才気のある人として作者とも親しかった。
左の大殿
藤原道長。当時、左大臣として権力を握りつつあり、中関白家と対立していた。
をさめ
長女(おさめ)。下仕えの女。

文法

「いはで思ふぞ」
『古今和歌六帖』の歌「心には下行く水のわきかへり言はで思ふぞ言ふにまされる」による。口に出して言うよりも、言わずに思う方がまさっている、という意。
「山吹の花びら」
山吹は「口無し」色であることから、「言はで」(言わないで)の意を込めた。
「天にはり弓」
弓張月(上弦・下弦の月)を答えとする、誰でも知っているなぞなぞ。
「ろだい」
露台。紫宸殿と仁寿殿の間などにある、屋根のない板敷きの台。

解説

中関白家の没落後、作者が同僚の疑いの目に耐えかねて里にこもっていた時期の出来事である。「左の大殿のかたの人しるすぢにてあり」という女房たちのささやきから、宮廷の派閥争いの厳しさがうかがえる。

中宮の「いはで思ふぞ」の手紙は、言葉を尽くさずに深い信頼を伝えるものであった。作者がその歌の上の句を忘れてしまうという失敗も含めて、中宮と作者との親しい関係がしみじみと描かれている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、283–286頁(コマ144–146)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日