枕草子 第134段 日記的章段
五月ばかり、月もなくいと暗きに
五月の闇夜、殿上人たちが呉竹の枝を御簾の中に差し入れると、作者はとっさに「おい、この君にこそ」と言う。竹を「此の君」と呼ぶ漢詩の故事を踏まえた一言に、殿上人たちは感じ入って朗詠し、帝の耳にも入る。中宮は、行成がうまくとりなしたのだろうと言う作者にほほえまれる。
- 1五月五月ごがつばかりばかりばかりににに月月つきもももなくなくなくいといといとくらきくらきくらき夜夜よ「「「女房女房にょうぼうやややさぶらひさぶらひさぶらい給給たまふふう」」」とととこゑごゑこゑごゑこえごえしししててていへいへいえばばば、、、「「「出出いでゝでゝでて見見みよよよ。。。例例れいならならならずずずいふいふいうははは誰誰たれぞぞぞ」」」ととと仰仰おおせせせらるれらるれらるればばば、、、出出いでゝでゝでて、、、「「「こここはははたぞたぞたぞ。。。おどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅうきはやかきはやかきわやかなるなるなるははは」」」ととといふいふいうににに、、、ものものものもももいはいはいわでででみすみすみすをををもたげもたげもたげてててそよろそよろそよろとととさしさしさし入入いるゝるゝるるはははくれたけくれたけくれたけののの枝枝えだなりなりなりけりけりけり。。。「「「おいおいおい、、、このこのこのきみきみきみにににこそこそこそ」」」ととといひいひいいたるたるたるををを聞聞ききききててて、、、「「「いざいざいざややや、、、これこれこれ殿上殿上てんじょうににに行行ゆきききててて語語かたらららむむん」」」とてとてとて中將中將ちゅうじょう、、、新新しん中將中將ちゅうじょう、、、六位六位ろくいどもどもどもなどなどなどありありありけるけるけるはははいぬいぬいぬ。。。はははとまりとまりとまり給給たまひひいててて、、、「「「あやしくあやしくあやしくいぬるいぬるいぬるものものものどもどもどもかなかなかな。。。おまへおまへおまえののの竹竹たけををををりをりおりててて歌歌うたよまよまよまむむんとととしししつるつるつるををを、、、しきしきしきにににまゐりまゐりまいりててて同同おなじくじくじくははは女房女房にょうぼうなどなどなど呼呼よびびび出出いでゝでゝでてをををととと言言いひひいてててきききつるつるつるををを、、、くれくれくれ竹竹たけののの名名なをををいといといととくとくとくいはいはいわれれれててていぬるいぬるいぬるこそこそこそをかしけれをかしけれおかしけれ。。。たれたれたれががが敎敎おしえをををしりしりしりててて人人ひとのののなべてなべてなべて知知しるるるべくべくべくもももあらあらあらぬぬぬ事事ことをををばばばいふいふいうぞぞぞ」」」などなどなどのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「竹竹たけののの名名なとととももも知知しらららぬぬぬものものものをををなまなまなまねたしねたしねたしとととややや思思おぼしししつつつらむらむらん」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「まことぞまことぞまことぞえええ知知しらららじじじ」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。
- 2まめごとまめごとまめごとなどなどなど言言いひひい合合あわせせせててて居居い給給たまへへえるるるににに「「「このこのこの君君きみととと稱稱しょうすすす」」」ととといふいふいう詩詩しをををずしずしずしててて又又またあつまりあつまりあつまり來來きたれたれたればばば、、、「「「殿上殿上てんじょうにてにてにていひいひいいきしきしきしつるつるつるほいほいほいもももなくなくなくてててはははなどなどなどかへりかへりかえり給給たまひひいぬるぬるぬるぞぞぞ。。。いといといとあやしくあやしくあやしくこそこそこそありありありつれつれつれ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「さるさるさる事事ことにににははは何何なにのののいらへいらへいらえをををかかかせせせむむん。。。いといといとなかなかなかなかなかなかならならならむむん。。。殿上殿上てんじょうにてにてにてももも言言いひひいのゝしりのゝしりののしりつれつれつればばば、、、うへうへうえにににももも聞聞きこしめししめししめしててて興興きょうせせせさせさせさせ給給たまひひいつるつるつる」」」ととと語語かたるるる。。。辨辨べんもろとももろとももろともにににかへすがへすかへすがへすかえすがえす同同おなじじじ事事ことをををずんじずんじずんじててていといといとをかしをかしおかしがれがれがればばば、、、人々人々ひとびと出出いでゝでゝでて見見みるるる。。。とりどりとりどりとりどりににに物物ものどもどもども言言いひひいかはしかはしかわしててて、、、かへるかへるかえるとてとてとて、、、猶猶なお同同おなじじじ事事ことをををもろもろもろこゑこゑこえにににずんじずんじずんじててて、、、左衞門左衞門さえもんののの陣陣じんににに入入いるるるまでまでまで聞聞きこゆゆゆ。。。
- 3つとめてつとめてつとめていといといととくとくとく少納言少納言しょうなごんののの命婦命婦みょうぶととといふいふいうががが御御おん文文ふみまゐらせまゐらせまいらせたるたるたるににに、、、このこのこの事事ことをををけいしけいしけいしたれたれたればばば、、、しもしもしもなるなるなるををを召召めしししててて、、、「「「さるさるさる事事ことやややありありありししし」」」ととと問問とはははせせせ給給たまへへえばばば「「「知知しらららずずず。。。何何なにとととももも思思おもははわでででいひいひいい出出いででで侍侍はべりりりしししををを行成行成ゆきなりののの朝臣朝臣あそんのののとりとりとりなしなしなしたるたるたるにににややや侍侍はべらららむむん」」」ととと申申もうせせせばばば、、、「「「とりとりとりなすなすなすとてとてとてももも」」」とととうちうちうちゑまゑまえませせせ給給たまへへえりりり。。。たれたれたれががが事事ことをををももも殿上人殿上人てんじょうびと譽譽ほめめめけりけりけりととと聞聞きかかかせせせ給給たまふふうをををばばば、、、さささ言言いははわるゝるゝるる人人ひとをををよろこばよろこばよろこばせせせ給給たまふふうもももをかしをかしおかし。。。
現代語訳
五月ごろ、月もなくたいそう暗い夜に、「女房はいらっしゃいますか」と、何人もの声で言うので、中宮様が「出て見なさい。いつもと違う言い方をするのは誰でしょう」とおっしゃるので、出て行って、「これはどなたですか。仰々しく、はっきりとした声で」と言うと、何も言わずに御簾を持ち上げて、そよそよと差し入れたのは、呉竹の枝であった。「おや、この君でしたか」と言ったのを聞いて、「さあ、これを殿上に行って話そう」と言って、中将、新中将、六位の蔵人たちなど、そこにいた人々は行ってしまった。頭弁はあとに残られて、「妙な様子で行ってしまった連中だ。御前の竹を折って歌を詠もうとしていたのだが、同じことなら職の御曹司に参上して女房などを呼び出してからにしようと言ってやって来たのに、呉竹の名をすぐに言われて、退散してしまったのはおもしろい。誰の教えを聞いて、普通の人が知っているはずもないことを言うのですか」などとおっしゃるので、「竹の名だとも知らずに言ったのを、皆さんは、なんとなくしゃくだとお思いになったのでしょうか」と言うと、「本当に、知らないのだろう」などとおっしゃる。
まじめな話などをしてお座りになっていると、「この君と称す」という詩を吟じて、またさっきの人々が集まって来たので、頭弁が「殿上で言い合わせた目的も果たさないで、どうして帰ってしまわれたのですか。たいそう妙でしたよ」とおっしゃると、「あんな見事な返事に、何と答えればよいのでしょう。かえって中途半端になるでしょう。殿上でも話して大騒ぎしたので、帝もお聞きになって、おもしろがっていらっしゃいました」と話す。頭弁も一緒になって、繰り返し同じ詩句を吟じて、たいそうおもしろがるので、女房たちも出て来て見る。それぞれにいろいろと話を交わして、帰るときも、やはり同じ詩句を声をそろえて吟じて、左衛門の陣に入るまで聞こえた。
翌朝、たいそう早く、少納言の命婦という女房が帝のお手紙を持って参上したときに、このことを中宮様に申し上げたので、中宮様は下に下がっていた私をお呼び出しになって、「そんなことがあったの」とお尋ねになるので、「存じません。何とも思わずに口にしましたのを、行成の朝臣がうまくとりなしたのでございましょう」と申し上げると、「とりなすといってもね」とほほえまれた。中宮様が、誰のことでも、殿上人がほめたとお聞きになると、そう言われた人のことを喜んでくださるのもうれしい。
意訳
殿上人たちは、竹の枝を差し入れて女房たちを試そうとした。和歌を詠みかけるつもりだったのだが、作者は「この君」と一言で答えてしまう。晋の王子猷が竹を愛し「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」と言った故事から、竹を「此の君」と呼ぶのである。教養を一言で示されて、殿上人たちは歌を詠むどころではなくなり、詩句を朗詠して引き上げた。作者は中宮に「何も考えずに言っただけ」とうそぶくが、中宮はすべてお見通しでほほえむ。作者の機知と、それを喜ぶ中宮の姿が印象的である。
語釈・文法注
- 頭辨
- 藤原行成。蔵人頭で右大弁を兼ねた。
文法
- 「この君」
- 竹の異名。晋の王子猷(王徽之)が竹を愛し、「何ぞ一日も此の君無かるべけんや」と言った故事(『晋書』)による。
- 「この君と稱す」
- 『和漢朗詠集』の藤原篤茂の詩句「晋の騎兵参軍王子猷、栽ゑて此の君と称す」。
- 「なまねたし」
- 「なま」は、なんとなく、少しの意の接頭語。なんとなくしゃくにさわる。
解説
竹の枝を差し出されて「この君」と即答する場面は、作者の漢籍の素養を示すよく知られた逸話である。殿上人たちが歌を詠みかける前に、先手を打って答えてしまったため、彼らは引き下がるしかなかった。
作者が「何とも思わでいひ出で侍りし」と謙遜するのに対し、中宮が「とりなすとても」とほほえむ。作者の機知を誰よりもよく理解し、喜んでいる中宮の姿が描かれている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、277–278頁(コマ141–142)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日