枕草子 第132段 日記的章段
故殿の御ために
故関白道隆の月例の法要で、頭中将斉信が「月秋と期して身いづくにか」という詩句を口ずさみ、中宮定子もそれを喜ぶ。その後、斉信が作者に、もっと親しく付き合おうと言うと、作者は、親しくなるとかえってほめにくくなると答え、斉信をからかう。
- 1故故こののの御御おんためためためににに月月つきごとごとごとののの十日十日とおか御御み經經きょう佛佛ほとけ供養供養くようせせせさせさせさせ給給たまひひいしししををを、、、九月九月くがつ十日十日とおかしきしきしきののの御御みざうしざうしぞうしにてにてにてせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。上達部上達部かんだちめ殿上人殿上人てんじょうびといといといとおほかりおほかりおおかり。。。かうじかうじこうじにてにてにて說說とくくく事事ことどもどもどもいといといとかなしけれかなしけれかなしければばば、、、殊殊ことににに物物ものののの哀哀あわれふかゝるふかゝるふかかるまじきまじきまじき若若わかききき人人ひとももも皆皆みな泣泣なくくくめりめりめり。。。はてゝはてゝはてて酒酒さけのみのみのみ詩詩しずんじずんじずんじなどなどなどするするするににに、、、頭中將頭中將とうのちゅうじょうたゝのぶたゝのぶたたのぶののの君君きみ「「「月月つき秋秋あきととときしきしきしててて身身みいづくいづくいずくにににかかか」」」ととといふいふいうことことことをををうちうちうち出出いだししし給給たまへへえりりりしかしかしかばばば、、、いみじういみじういみじゅうめでたしめでたしめでたし。。。いかでいかでいかでかかかははは思思おもひひいいでいでいで給給たまひひいけむけむけん。。。おはしますおはしますおわします所所ところににに分分わけけけ參參まいるるるほどほどほどににに、、、立立たちちち出出いでででさせさせさせ給給たまひひいててて「「「めでたしめでたしめでたしななな。。。いみじういみじういみじゅうけうけうきょうののの事事ことにににいひいひいいたるたるたる事事ことにににこそこそこそあれあれあれ」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすればばば「「「それそれそれをををけいしけいしけいしにににとてとてとて物物ものももも見見みさしさしさしててて參參まいりりり侍侍はべりりりつるつるつるなりなりなり。。。猶猶なおいといといとめでたくめでたくめでたくこそこそこそ思思おもひひい侍侍はべれれれ」」」ととときこえきこえきこえさすれさすれさすればばば、、、「「「ましてましてましてさささおぼゆおぼゆおぼゆらむらむらん」」」ととと仰仰おおせせせらるゝらるゝらるる。。。
- 2わざとわざとわざと呼呼よびびびもももいでいでいで、、、おのづからおのづからおのずからあふあふあう所所ところにてにてにてははは「「「などなどなどかかかまろまろまろをををまほまほまおににに近近ちかくくくははは語語かたらひらひらい給給たまははわぬぬぬ。。。さすがさすがさすがににににくしにくしにくしなどなどなど思思おもひひいたるたるたるさまさまさまにににはははあらあらあらずずずととと知知しりりりたるたるたるをををいといといとあやしくあやしくあやしくなむなむなん。。。さばかりさばかりさばかり年年としごろごろごろににになりなりなりぬるぬるぬるとくいとくいとくいのののうとくうとくうとくてててやむやむやむはははなしなしなし。。。殿上殿上てんじょうなどなどなどににに明暮明暮あけくれなきなきなきをりをりおりもももあらあらあらばばば何何なにごとごとごとをををかかか思思おもひひい出出いでにににせせせむむん」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば「「「さらさらさらなりなりなり。。。かたかるかたかるかたかるべきべきべき事事ことにににもももあらあらあらぬぬぬをををさささもももあらあらあらむむんのちのちのちにににはははえええほめほめほめ奉奉たてまつらららざらざらざらむむんががが口口くちをしきをしきおしきなりなりなり。。。うへうへうえののの御御お前前まえなどなどなどにてにてにてやくやくやくとととあつまりあつまりあつまりてててほめほめほめ聞聞きこゆるゆるゆるにににいかでいかでいかでかかか。。。たゞたゞただおぼせおぼせおぼせかしかしかし。。。かたはらいたくかたはらいたくかたわらいたく心心こころののの鬼鬼おに出出いででで來來きててて、、、言言いひひいにくゝにくゝにくく侍侍はべりりりなななむむんものものものををを」」」ととといへいへいえばばば笑笑わらひひいててて「「「などなどなどさるさるさる人人ひとしもしもしもよそめよそめよそめよりよりより外外ほかにににほむるほむるほむるたぐひたぐひたぐい多多おおかりかりかり」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。「「「それそれそれがががにくからにくからにくからずずずはははこそこそこそあらあらあらめめめ、、、男男おとこももも女女おんなもももけぢかきけぢかきけじかき人人ひとをををかたひきかたひきかたいき思思おもふふう人人ひとのののいさゝかいさゝかいささかあしきあしきあしき事事ことをををいへいへいえばばば、、、腹腹はらだちだちだちなどなどなどするするするががが、、、わびしうわびしうわびしゅう覺覺おぼゆるゆるゆるなりなりなり」」」ととといへいへいえばばば、、、「「「たのもしげたのもしげたのもしげなななののの事事ことややや」」」とととのたまふのたまふのたまうもももをかしをかしおかし。。。
現代語訳
故関白殿のご供養のために、毎月十日に経や仏の供養をおさせになっていたのを、九月十日には職の御曹司でおさせになる。上達部や殿上人がたいそう大勢いる。清範が講師で、説くことがたいそう悲しいので、特に物の哀れを深く感じそうにもない若い人たちも、みな泣いているようだ。法要が終わって、酒を飲み、詩を吟じなどしていると、頭中将斉信の君が、「月秋と期して身いづくにか」という詩句を口ずさまれたので、たいそうすばらしかった。どうしてこの句を思い出されたのだろう。中宮様のいらっしゃる所へ人々の間を分けて参上すると、中宮様が立ち出ていらっしゃって、「すばらしいわね。本当に今日のことにぴったりの句を言ったものね」とおっしゃるので、「それを申し上げようと思って、見物も途中でやめて参上したのでございます。やはりたいそうすばらしいと思います」と申し上げると、「まして、あなたはそう思うでしょうね」とおっしゃる。
斉信殿は、わざわざ私を呼び出したり、偶然出会った所などでは、「どうして私と本当に親しく付き合ってくださらないのですか。そうはいっても、私を憎らしいなどと思っている様子ではないと知っているのに、たいそう不思議です。これほど長年の親しい間柄が、疎遠なまま終わってしまうことはありません。殿上などに私が朝夕いないこともあれば、何を思い出にすればよいのでしょう」とおっしゃるので、「言うまでもありません。親しくするのは難しいことでもありませんが、そうなった後では、あなたをおほめできなくなるのが残念なのです。帝の御前などで、役目のように皆が集まってあなたをおほめ申し上げるときに、どうしてほめられましょう。ただ、そうお思いになっていてください。気が引けて、良心がとがめて、言いにくくなってしまうでしょうから」と言うと、斉信殿は笑って、「どうして。そういう親しい間柄の人こそ、他人が見る以上にほめる例が多いのですよ」とおっしゃる。「それが憎らしくなければよいのですけれど。男でも女でも、身近な人をひいきして、少しでもその人の悪口を言われると腹を立てたりするのが、情けなく思われるのです」と言うと、「頼もしくないことを言う人だ」とおっしゃるのもおもしろい。
意訳
亡き道隆の法要の日の出来事である。斉信は、「月は秋を約束して巡ってくるが、亡き人はどこにいるのか」という意味の詩句を口ずさみ、故人をしのぶ場にふさわしい教養を示した。作者がそれを中宮に伝えようとすると、中宮もすでに感じ入っていた。後半では、斉信が「もっと親しく」と作者に迫る。作者は、親しくなったら身びいきになって、人前で堂々とほめられなくなるから、と巧みにかわす。恋愛めいた誘いを、友人としての誇りで受け流す作者の態度がうかがえる。
語釈・文法注
- 故殿
- 故関白藤原道隆。長徳元年(995)四月に亡くなった。
- せいはん
- 清範。興福寺の僧で、説法の名手として知られた。「かうじ」は講師で、法会で経を講説する僧。
文法
- 「月秋ときして身いづくにか」
- 菅原文時の詩句「金谷酔花之地、花毎春匂而主不帰。南楼翫月之人、月与秋期而身何去」(『和漢朗詠集』)による。月は秋になれば必ず巡ってくるが、それを賞した人はどこへ行ったのか、と故人をしのぶ。
- 「けいし」
- 啓し。中宮に申し上げること。
- 「とくい」
- 得意。親しい友人、懇意な間柄。
- 「心の鬼」
- 良心のとがめ。気がとがめること。
解説
道隆の法要の場で、斉信が故人をしのぶのにふさわしい詩句を口ずさんだことを、中宮と作者がともにたたえる。中宮の「ましてさおぼゆらむ」という言葉には、斉信と作者の親しい関係を承知している気持ちが表れている。
後半の斉信とのやりとりは、男女の仲として近づこうとする斉信に対し、作者が公正な評価者の立場を保とうとするものである。身びいきを嫌う作者の姿勢は、宮廷社会での作者の矜持を示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、275–276頁(コマ140–141)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日