古典ライブラリー

枕草子 第129段 日記的章段

七日の若菜を

正月七日の若菜を六日に用意して騒いでいると、子どもが見知らぬ草を持ってくる。「耳無草」という名を聞いて「道理で聞かぬ顔をしている」と笑い、さらに菊の若芽も持ってきたので、作者は機知に富んだ歌を詠みたくなるが、子どもたちは聞き入れそうもない。

  1. 1七日なぬか七日なぬかなぬかののの若菜わかな若菜わかなわかなををを人ひと人ひとひとののの六日むゆか六日むゆかむゆかにににもてもてもてさわぎさわぎさわぎとりとりとりちらしちらしちらしなどなどなどするするするににに、、、見み見みみももも知し知ししらららぬぬぬ草くさ草くさくさををを子こ子ここどもどもどものののもてもてもてきききたるたるたるををを「「「何なに何なになにとととかかかこれこれこれをををばばばいふいふいう」」」ととといへいへいえどどど、、、とみにとみにとみにもももいはいはいわずずず、、、「「「いざいざいざ」」」などなどなどこれかれこれかれこれかれ見み見みみ合あは合あはあわせせせててて「「「耳みみ耳みみみみななな草ぐさ草ぐさぐさとととなむなむなんいふいふいう」」」ととといふいふいうものゝものゝもののあれあれあればばば、、、「「「うべうべうべなりなりなりけりけりけり、、、聞き聞ききかかかぬぬぬかほかほかおなるなるなるははは」」」などなどなど笑わら笑わらわらふふうににに、、、又また又またまたをかしげをかしげおかしげなるなるなる菊きく菊きくきくののの生お生おおひひいたるたるたるをををもてもてもてきききたれたれたればばば、、、
  2. 2「「「つめつめつめどどどなほなほなおみゝみゝみみななな草ぐさ草ぐさぐさこそこそこそつれなけれつれなけれつれなけれあまたあまたあまたしししあれあれあればばば菊きく菊きくきくもももまじれまじれまじれりりり」」」
  3. 3ととといはいはいわまほしけれまほしけれまほしけれどどど聞き聞ききききき入い入いいるるるべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

正月七日の若菜を、人々が六日に持ってきて騒ぎ、取り散らかしなどしていると、見たこともない草を子どもたちが持ってきたので、「これは何という草なの」と聞くけれど、すぐには答えず、「さあ」などと顔を見合わせて、「耳無草というのです」と言う者がいたので、「道理で。聞かないふりの顔をしているのは」などと笑っていると、また、かわいらしい菊の生え出たのを持ってきたので、

摘んでもやはり、耳無草は知らん顔でそっけないこと。たくさんあるので、中には菊(聞く)もまじっているけれど。

と言ってやりたかったけれど、子どもたちは聞き入れそうにもない。

意訳

正月七日の七草粥に向けて、前日に若菜を集めている場面である。子どもが持ってきた見知らぬ草の名は「耳無草」。作者はすかさず「道理で聞かぬ顔だ」と冗談を言う。さらに菊の若芽が交じっているのを見て、「耳無」と「聞く」を掛けた歌を思いつくが、相手は子どもたち、とても聞いてくれそうにない。言葉遊びを思いついても披露する相手がいないもどかしさが、ほほえましく描かれている。

語釈・文法注

文法

「七日の若菜」
正月七日に、春の若菜を摘んで羹(あつもの)にして食べ、邪気を払う行事。
「うべなりけり」
なるほど、もっともだ。

和歌

つめどなほ耳無草こそつれなけれあまたしあれば菊もまじれり

詠者
清少納言
状況
子どもたちが持ってきた耳無草に、菊の若芽が交じっていたのを見て詠もうとした歌。

修辞

掛詞
「みゝな草」に「耳無」、「菊」に「聞く」を掛け、聞く耳を持たない子どもたちをからかう。

解説

草の名から言葉遊びを次々に思いつく作者の機知がよく表れている。耳無草はナデシコ科の草で、現在はミミナグサと呼ばれる。

結びの「聞き入るべくもあらず」は、歌の内容(耳無草はつれない)と、子どもたちが聞いてくれない現実とが重なっていて、それ自体がしゃれになっている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、273頁(コマ139)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日