古典ライブラリー

枕草子 第120段 類聚的章段

心づきなきもの

気に入らないものとして、祭や禊の見物に物見車を独り占めする人、外出の日の雨、主人の寵愛をうらやむ召使いの陰口、何かと当て推量をして賢ぶる人を挙げる。

  1. 1こゝろづきこゝろづきこころずきなきなきなきものものもの題
  2. 2祭まつり祭まつりまつりみそぎみそぎみそぎなどなどなどすべてすべてすべてをのこをのこおのこののの見み見みみるるる物もの物ものもの見み見みみ車ぐるま車ぐるまぐるまににに、、、唯ただ唯ただただ一人ひとり一人ひとりひとり乘の乘ののりりりててて見み見みみるるる人ひと人ひとひとこそこそこそあれあれあれ。。。いかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとにににかかかあらあらあらむむん、、、やんごとなからやんごとなからやんごとなからずずずともともとも、、、若わか若わかわかききき男をとこ男をとこおとこどもどもどもののの物もの物ものものゆかしゆかしゆかしととと思おも思おもおもひひいたるたるたるなどなどなど引ひ引ひひきききのせのせのせててて見み見みみよよよかしかしかし。。。すきすきすきかげかげかげににに唯ただ唯ただただ一人ひとり一人ひとりひとりかくよひかくよひかくよいててて心こころ心こころこころ一ひと一ひとひとつつつにににまもりまもりまもり居ゐ居ゐいたらたらたらむむんよよよ、、、いかばかりいかばかりいかばかり心こころ心こころこころせばくせばくせばくけにくきけにくきけにくきならならならむむんとととぞぞぞ覺おぼ覺おぼおぼゆるゆるゆる。。。
  3. 3ものものものへへへもももいきいきいき寺てら寺てらてらへへへもももまうづるまうづるもうずる日ひ日ひひののの雨あめ雨あめあめ。。。つかふつかふつかう人ひと人ひとひとなどなどなどののの我われ我われわれをををばばばおぼさおぼさおぼさずずず、、、なにがしなにがしなにがしこそこそこそ唯今ただいま唯今ただいまただいま時とき時ときときののの人ひと人ひとひとなどなどなどいふいふいうをををほのほのほのきゝきゝききたるたるたる。。。人ひと人ひとひとよりよりよりははは少すこ少すこすこしししにくしにくしにくしととと思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとののの、、、おしはかりおしはかりおしわかりごとごとごとうちうちうちししし、、、すゞろすゞろすずろなるなるなるものものものうらみうらみうらみしししわれわれわれさかしさかしさかしがるがるがる。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

気に入らないもの。

賀茂祭や御禊など、すべて男たちが見物する行事の物見車に、ただ一人で乗って見る人がいるものだ。どういう人なのだろう。高貴な身分の人でなくても、若い男たちで見物したがっている者などを引き乗せて見ればよいのに。簾越しの透き影に、ただ一人ゆらゆらと見えて、一心に見つめているのだろうよ。どれほど心が狭く、意地の悪い人なのだろうと思われる。

どこかへ出かけたり、寺へ参詣したりする日の雨。召使いなどが「自分のことはお気にかけてくださらない。誰それこそ、今のお気に入りだ」などと言うのを、ちらりと聞いたとき。人よりは少し憎らしいと思う人が、当て推量をしたり、わけもなく恨み言を言ったりして、自分ひとり賢いと得意がるの。

意訳

作者がいらだつのは、他人への配慮を欠いたふるまいである。広い物見車を一人で占めて見物する人は、ほかに見たがっている若者がいても乗せてやらない。その狭量さがたまらないのだという。召使いのひがみや、当て推量で得意顔をする人も同類で、どれも自分のことしか考えていない人の姿である。

語釈・文法注

文法

「かくよひて」
意味がはっきりしない。三巻本などでは「かかよひて」(ゆらゆらと揺れて)とする。
「けにくき」
「け憎し」。意地が悪い、かわいげがない。
「唯今時の人」
今、主人に目をかけられて時めいている人。

解説

祭見物の物見車は、知人を誘い合わせて乗るのが普通であった。一人で乗る人は、牛車を持たない若者たちに便宜を図ることもしない。作者の批判は、社交の場での気前のなさに向けられている。

後半の、外出の日の雨や召使いの陰口などは、日常の中のささいな不快を手早く書き並べたもので、類聚的章段らしい軽快さがある。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、268–269頁(コマ137)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日