枕草子 第118段 類聚的章段
あはれなるもの
しみじみと心を打つものとして、孝行な人の子、鹿の声、御嶽詣での精進をする若い男などを挙げる。派手な装いで御嶽に詣でた藤原宣孝の逸話を挟み、きりぎりすの声、秋の庭の露、有明の月、荒れた家に差す月の光などを挙げる。
- 1あはれあはれあわれなるなるなるものものもの題
- 2孝孝こうあるあるある人人ひとののの子子こ、、、鹿鹿しかののの音音ね。。。よきよきよき男男おとこのののわかきわかきわかきがががさうじさうじそうじしししたるたるたる。。。へだてへだてへだて居居いてててうちうちうちおこなひおこなひおこないたるたるたる曉曉あかつきのののぬかぬかぬかなどなどなどいみじういみじういみじゅうあはれあはれあわれなりなりなり。。。むつましきむつましきむつましき人人ひとなどなどなどののの目目めさましさましさましててて聞聞きくくくらむらむらん思思おもひひいやりやりやり。。。まうづるまうづるもうずる程程ほどのののありさまありさまありさまいかならいかならいかならむむんとととつゝしみつゝしみつつしみたるたるたるにににたひらかたひらかたいらかにににまうでまうでもうでつきつきつきたるたるたるこそこそこそいといといとめでたけれめでたけれめでたけれ。。。ゑばうしゑばうしえぼうしのののさまさまさまなどなどなどぞぞぞすこしすこしすこし人人ひとわろきわろきわろき。。。猶猶なおいみじきいみじきいみじき人人ひとととと聞聞きこゆれゆれゆれどどどこよなくこよなくこよなくやつれやつれやつれてててまうづまうづもうずとととこそこそこそははは知知しりりりたるたるたるににに、、、右右う衞衞え門門もんののの佐佐すけ信信のぶはははあぢきなきあぢきなきあじきなきことことことなりなりなり。。。「「「たゞたゞただ淸淸きよききき衣衣きぬををを着着きてててまうでまうでもうでむむんににになでふなでふなでう事事ことかかかあらあらあらむむん。。。かならずかならずかならずよもよもよもあしくあしくあしくてててよよよとととみたけみたけみたけのののたまはたまはたまわじじじ」」」とてとてとて三月三月さんがつつごもりつごもりつごもりににに、、、紫紫むらさきのののいといといと濃濃こききき指指さし貫貫ぬき、、、しろきしろきしろき靑靑あお山山やま吹吹ぶきのののいみじくいみじくいみじくおどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしきなどなどなどにてにてにて、、、たかみつたかみつたかみつがががとのもりとのもりとのもりのののすけすけすけなるなるなるははは靑靑あお色色いろののの紅紅くれないのののきぬきぬきぬ、、、摺摺すりりりもどろかしもどろかしもどろかしたるたるたる水水すい干干かん袴袴ばかまにてにてにて、、、うちうちうちつゞきつゞきつづき詣詣もうでででたりたりたりけるけるけるににに、、、歸歸かえるるる人人ひともももまうづるまうづるもうずる人人ひとももも珍珍めずらしくらしくらしくあやしきあやしきあやしき事事ことににに、、、すべてすべてすべてこのこのこの山山やま道道みちにににかゝるかゝるかかる姿姿すがたののの人人ひと見見みえええざりざりざりつつつとととあさましあさましあさましがりがりがりしししををを、、、四月四月しがつ晦晦つごも日日りににに歸歸かえりりりててて六月六月ろくがつ十十じゅう餘餘よ日日にちののの程程ほどににに筑筑ちく前前ぜんののの守守かみうせうせうせにににしししかはりかはりかわりににになりなりなりにににしししこそこそこそげにげにげにいひいひいいけむけむけんにににたがはたがはたがわずずずもももととと聞聞きこえええしかしかしか。。。これこれこれははは哀哀あわれなるなるなることことことにににはははあらあらあらねねねどもどもども、、、みたけみたけみたけのののついでついでついでなりなりなり。。。
- 3九月九月くがつ三三さん十十じゅう日日にち、、、十月十月じゅうがつ一一ひと日日ひののの程程ほどににに唯唯ただあるあるあるかかかなきなきなきかかかににに聞聞ききききつけつけつけたるたるたるきりぎりすきりぎりすきりぎりすののの聲聲こえ。。。鷄鷄にわとりののの子子こいだきいだきいだきててて臥臥ふしししたるたるたる。。。秋秋あき深深ふかききき庭庭にわののの淺淺あさ芽芽じににに露露つゆののの色々色々いろいろ玉玉たまのののやうやうようにてにてにて光光ひかりりりたるたるたる。。。川川かわ竹竹たけののの風風かぜににに吹吹ふかかかれれれたるたるたる夕夕ゆう暮暮ぐれ。。。曉曉あかつきにににめめめさましさましさましたるたるたる夜夜よなどなどなどもももすべてすべてすべて。。。思思おもひひいかはしかはしかわしたるたるたる若若わかききき人人ひとののの中中なかにににせくせくせくかたかたかたありありありててて心心こころにににしもしもしも任任まかせせせぬぬぬ。。。山山やま里里ざとののの雪雪ゆき。。。男男おとこももも女女おんなももも淸淸きよげげげなるなるなるががが黑黑くろききき衣衣きぬ着着きたるたるたる。。。二二に十十じゅう六六ろく七七しち日日にちばかりばかりばかりののの曉曉あかつきににに物物もの語語がたりしししてててゐゐいあかしあかしあかしててて見見みれれればばば、、、あるあるあるかかかなきなきなきかかかににに心心こころ細細ぼそげげげなるなるなる月月つきののの山山やまのののははは近近ちかくくく見見みえええたるたるたるこそこそこそいといといとあはれあはれあわれなれなれなれ。。。秋秋あきののの野野の。。。年年としうちうちうち過過すぐしぐしぐしたるたるたる僧僧そうたちたちたちのののおこなひおこなひおこないしししたるたるたる。。。荒荒あれれれたるたるたる家家いえにににむぐらむぐらむぐらはひはひはいかゝりかゝりかかり、、、蓬蓬よもぎなどなどなど高高たかくくく生生おひひいたるたるたる庭庭にわににに月月つきののの隈隈くまなくなくなくあかきあかきあかき、、、いといといとあらうあらうあろうはははあらあらあらぬぬぬ風風かぜののの吹吹ふきききたるたるたる。。。
現代語訳
しみじみと心を打つもの。
親孝行な人の子。鹿の声。身分のよい若い男が御嶽詣での精進をしているの。家族と隔てて籠もって勤行をしている、明け方の礼拝などは、たいそうしみじみとする。親しい人などが目を覚まして、その声を聞いているであろうと思いやられる。参詣するときの様子はどんなだろうと、身を慎んでいたところ、無事に参詣し着いたのは、たいそうめでたい。烏帽子の様子などが少し見苦しい。やはり、身分の高い人と言われる方でも、この上なく粗末な身なりで参詣するものと知っていたのに、右衛門の佐宣孝という人は、とんでもないことをしたものだ。「ただきれいな衣を着て参詣したとして、何の差し支えがあろう。必ず粗末な身なりで参れなどと、御嶽の神はよもやおっしゃるまい」と言って、三月の末に、紫のたいそう濃い指貫に、白い襖、山吹襖のたいそう派手な衣などを着て、息子の隆光で主殿助である者は、青色の袍に紅の衣、摺り模様を乱れ散らした水干袴を着て、連れ立って参詣したところ、帰る人も参詣する人も、珍しく奇妙なことに思い、まったくこの山道にこんな姿の人は見かけなかったと、あきれていたが、四月の末に帰って、六月十日過ぎごろに、筑前守が亡くなったその後任になったのは、なるほど言っていたことに違わなかったと評判になった。これはしみじみとしたことではないけれど、御嶽の話のついでである。
九月の末日、十月一日ごろに、ただあるかないかのかすかな声で聞きつけた、きりぎりすの声。鶏が雛を抱いて伏せているの。秋の深まった庭の浅茅に、露がさまざまな色に玉のように光っているの。川竹が風に吹かれている夕暮れ。明け方に目を覚ました夜なども、すべて。愛し合っている若い二人の仲に、邪魔をする者があって、思うようにならないの。山里の雪。男も女も、美しい人が喪服を着ているの。二十六、七日ごろの明け方に、話をしながら夜を明かして見ると、あるかないかの心細げな月が、山の端近くに見えているのは、たいそうしみじみとする。秋の野。年を重ねた僧たちが勤行をしているの。荒れた家にむぐらが這いかかり、蓬などが高く生えている庭に、月の光が隈なく明るく差し、それほど荒くはない風が吹いているの。
意訳
「あはれ」は、しみじみとした深い感動を表す。孝行な子、鹿の声、御嶽詣でのために精進する若者の明け方の祈り。途中、派手な装いで御嶽に詣でて人々を驚かせ、それでも筑前守に任じられた藤原宣孝の逸話が挟まれる。後半は、晩秋のかすかな虫の声、露の光、明け方の細い月、荒れた家の庭を照らす月の光と、季節と自然の中の、しみじみとした情景が続く。
語釈・文法注
- みたけ
- 御嶽。大和国吉野の金峰山。参詣する者は、長期間の厳しい精進を経て、粗末な身なりで詣でるのが習わしだった。
- 信賢
- 藤原宣孝(のぶたか)。のちに紫式部の夫となった人物。底本は「信賢」と書く。
文法
- 「ぬか」
- 額をつけて礼拝すること。
- 「つゝしみたるに」
- 身を慎んでいたところ。
- 「たかみつ」
- 藤原隆光。宣孝の子。
- 「せくかた」
- 仲を隔てる人、邪魔をする者。
解説
しみじみと心を打つものを挙げた類聚的章段である。季節や自然の情景に深い感動を見いだす作者の感受性がよく表れている。
途中の宣孝の逸話は、紫式部の夫となる人物が登場する点で注目される。派手な装いで御嶽に詣でた宣孝を、作者はやや皮肉をこめて描いている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、264–265頁(コマ135)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日