枕草子 第111段 類聚的章段
関は
関の名を挙げ、逢坂、須磨、鈴鹿、白川、衣の関などを並べる。ただ越えの関と、はばかりの関の対照や、「よしなよしな」と思い返したという関の名に興じる。
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- 1關關せきははは題
- 2逢逢おう坂坂さかののの關關せき、、、須須す磨磨まののの關關せき、、、鈴鈴すず鹿鹿かののの關關せき、、、くきだくきだくきだののの關關せき、、、白白しら川川かわののの關關せき、、、衣衣ころもののの關關せき。。。たゞたゞただこえこえこえののの關關せきははははゞかりはゞかりはばかりののの關關せきとととたとしへたとしへたとしえなくなくなくこそこそこそ覺覺おぼゆれゆれゆれ。。。よこばしりよこばしりよこばしりののの關關せき、、、淸淸きよ見見みががが關關せき、、、みるめみるめみるめののの關關せき。。。よしなよしなよしなよしなよしなよしなののの關關せきこそこそこそいかにいかにいかに思思おもひひいかへしかへしかえしたるたるたるならならならむむんととと、、、いといといと知知しらららまほしけれまほしけれまほしけれ。。。それそれそれをををなこそなこそなこそののの關關せきとととはははいふいふいうにににやややあらあらあらむむん。。。逢逢おう坂坂さかなどなどなどをををまでまでまで思思おもひひい返返かえしししたらたらたらばばばわびしからわびしからわびしからむむんかしかしかし。。。足足あし柄柄がらののの關關せき。。。
現代語訳
関は。
逢坂の関。須磨の関。鈴鹿の関。くきだの関。白河の関。衣の関。ただ越えの関は、はばかりの関と比べようもないほど違って思われる。横走りの関。清見が関。みるめの関。よしなよしなの関は、どのように思い返したのだろうと、たいそう知りたい。それを勿来の関というのだろうか。逢坂などまで思い返したとしたら、つらいことだろう。足柄の関。
意訳
関の名を並べながら、名前の意味に興じる段。何の障りもなく越えられる「ただ越え」と、遠慮して越えにくい「はばかり」の関の対比。「よしなよしな(よそう、よそう)」と思い返したという名の関は、「勿来(来るな)」の関のことだろうか、恋人が逢うことまで思い直したらつらいだろう、と恋の連想にまで話を広げている。
語釈・文法注
文法
- 「たとしへなく」
- 比べようもなく。
- 「なこその關」
- 勿来の関。「な来そ(来るな)」の意をかけて、和歌に詠まれる。
- 「逢坂などをまで思ひ返したらば」
- 逢坂の関(逢う)までも思い直して来なくなったら、恋の逢瀬がなくなってつらい、の意。
解説
関の名を挙げた類聚的章段である。関は和歌では人と人とを隔てるものとして、恋の歌に詠まれることが多い。作者もここで関の名から恋の連想を広げている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、262頁(コマ134)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日