枕草子 第108段 日記的章段
二月つごもり、風いたく吹きて
二月の末、雪の散る寒い日に、公任から「すこし春ある心地こそすれ」と下の句が届く。作者は、才人公任への返答に苦しみながら「空寒み花にまがへて散る雪に」と上の句をつけて返す。後に、俊賢が「内侍に推薦しよう」と評価したと聞く。
- 1二月二月にがつつごもりつごもりつごもり、、、風風かぜいたくいたくいたく吹吹ふきききててて空空そらいみじくいみじくいみじくくろきくろきくろきににに雪雪ゆきすこしすこしすこしうちうちうちちりちりちりたるたるたる程程ほど、、、黑黑くろ戶戶どにににとのもとのもとのもづかさづかさづかさきききててて、、、「「「かうかうこうしししてててさぶらふさぶらふさぶらう」」」ととといへいへいえばばば、、、よりよりよりたるたるたるににに、、、「「「公公きんののの君君きみ、、、宰宰さい相相しょう中將中將ちゅうじょう殿殿どのののの」」」とととあるあるあるををを見見みれれればばばふところふところふところ紙紙がみににに、、、たゞたゞただ、、、
- 2「「「すこしすこしすこし春春はるあるあるあるこゝちこゝちここちこそこそこそすれすれすれ」」」
- 3とととあるあるあるははは、、、げにげにげに今日今日きょうのののけしきけしきけしきにににいといといとよくよくよくあひあひあいたるたるたるををを、、、これこれこれがががもともともとはははいかゞいかゞいかがつくつくつくべからべからべからむむんととと思思おもひひいわづらひわづらひわずらいぬぬぬ。。。「「「誰々誰々たれたれかかか」」」ととと問問とへへへばばば、、、「「「それそれそれそれそれそれ」」」ととといふいふいうににに、、、皆皆みな耻耻はずかしきかしきかしき中中なかににに宰宰さい相相しょう中將中將ちゅうじょうののの御御おおんいらへいらへいらえをををばばばいかゞいかゞいかがことことことなしびなしびなしびにににいひいひいい出出いでででむむんととと心心こころひとつひとつひとつににに苦苦くるしきしきしきををを、、、御御お前前まえににに御御ご覽覽らんぜぜぜさせさせさせむむんとととすれすれすれどもどもども、、、うへうへうえのののおはしましおはしましおわしましててておほとのごもりおほとのごもりおおとのごもりたりたりたり。。。とのもとのもとのもづかさづかさづかさはははとくとくとくとくとくとくととといふいふいう。。。げにげにげに遲遲おそくくくさへさへさへあらあらあらむむんはははとりとりとりどころどころどころなけれなけれなければばば、、、さばれさばれさばれとてとてとて、、、
- 4「「「そらそらそらさむみさむみさむみ花花はなにににまがへまがへまがえてててちるちるちるゆきゆきゆきににに」」」
- 5とととわなゝくわなゝくわななくわなゝくわなゝくわななく書書かきききてててとらせとらせとらせててていかゞいかゞいかが見見みたまふたまふたまうらむらむらんととと思思おもふふうもももわびしわびしわびし。。。これこれこれががが事事ことををを聞聞きかかかばばばやややととと思思おもふふうにににそしらそしらそしられれれたらたらたらばばばきかきかきかじじじととと覺覺おぼゆるゆるゆるををを、、、「「「ののの中將中將ちゅうじょうなどなどなどなほなほなお内内ない侍侍しににに申申もうしししてててなさなさなさむむんととと定定さだめめめたまひたまひたまいししし」」」とととばかりばかりばかりぞぞぞ、、、兵兵ひょう衞衞えののの佐佐すけ中將中將ちゅうじょうにてにてにておはせおはせおわせしししがががかたりかたりかたりたまひたまひたまいししし。。。
現代語訳
二月の末ごろ、風がひどく吹いて、空がたいそう暗いところに、雪が少しちらついているころ、黒戸に主殿寮の役人が来て、「ごめんください」と言うので、寄っていくと、「公任の君、宰相中将殿からです」とあるのを見ると、懐紙に、ただ、
少し春らしい気持ちがすることだ。
とあるのは、本当に今日の空模様にたいそうよく合っているのを、この上の句はどうつけたらよいだろうかと、思い悩んでしまった。「誰々がいらっしゃるの」と尋ねると、「これこれの方々」と言うので、みな気後れするような方々の中に、宰相中将へのご返事を、どうしていいかげんに言い出せようかと、自分ひとりの心で苦しく思うので、中宮様にお目にかけようとするけれど、帝がいらっしゃっておやすみになっている。主殿寮の役人は「早く早く」と言う。本当に、下手なうえに遅くまでなったら取り柄もないので、ままよと思って、
空が寒いので、花に見まがうように散る雪に、
と震え震え書いて渡して、どうご覧になるだろうと思うのもつらい。この返事の評判を聞きたいと思うけれど、悪く言われていたら聞くまいと思われるのに、「俊賢の中将などが、やはり内侍に申請して任じようと決めなさった」とだけ、兵衛の佐で中将でいらっしゃった方が話してくださった。
意訳
雪の散る二月の末、当代一の才人藤原公任から「少し春ある心地こそすれ」という下の句が届く。白居易の詩「三時雲冷多飛雪、二月山寒少有春」を踏まえたものである。作者は、居並ぶ名だたる人々を前に、下手な返答はできないと思い悩むが、時間をかけるわけにもいかず、「空寒み花にまがへて散る雪に」と上の句をつけて返す。同じ詩の「雪」の部分を生かした見事な付け句であった。後日、作者は、俊賢が自分を内侍に推薦しようと言ったと伝え聞く。作者の機知が、宮廷の最高の文化人たちに認められた誇らしい出来事である。
語釈・文法注
- 公任
- 藤原公任。和歌・漢詩・管絃に秀でた当代随一の文化人。『和漢朗詠集』の撰者。
- としかた
- 源俊賢。才人として知られた。
文法
- 「ことなしびに」
- いいかげんに、何でもないふうに。
- 「さばれ」
- どうにでもなれ。ままよ。
- 「内侍に申してなさむ」
- 内侍(天皇に近侍する女官)に推挙しよう。作者の才能を高く評価した言葉。
和歌
空寒み花にまがへて散る雪に(清少納言)/すこし春ある心地こそすれ(藤原公任)
- 詠者
- 藤原公任と清少納言の連歌
- 状況
- 公任が下の句を寄こし、作者が上の句をつけた。
修辞
- 典拠
- 白居易の詩「南秦雪」の「三時雲冷多飛雪、二月山寒少有春」を踏まえる。公任は「少有春」を、作者は「多飛雪」を和らげて詠んだ。
解説
作者の機知が宮廷の一流の文化人に認められたことを記した、名高い日記的章段である。公任の下の句と作者の上の句は、同じ白居易の詩の対句から生まれたもので、互いの教養が響き合っている。
「わなゝくわなゝく」書いたという緊張の描写と、後で「内侍にしよう」と評価されたと聞く結末とが対照的で、作者の喜びが率直に伝わってくる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、260–261頁(コマ133)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日