枕草子 第103段 日記的章段
中納言殿まゐらせ給ひて
中宮の弟隆家が「すばらしい扇の骨を手に入れた。まだ誰も見たことのない骨だ」と自慢すると、作者が「それでは扇の骨ではなく、海月の骨でしょう」と答える。隆家は「これは私の言ったことにしよう」と笑う。
場面イラスト(準備中)
- 1中中ちゅう納納な言言ごんまゐらせまゐらせまいらせ給給たまひひいててて御御おおん扇扇おうぎ奉奉たてまつらららせせせ給給たまふふうににに「「「隆隆たか家家いえこそこそこそいみじきいみじきいみじきほねほねほねをををえええててて侍侍はべれれれ。。。それそれそれをををはらはらはらせせせててて參參まいらせらせらせむむんとととするするするををを、、、おぼろけおぼろけおぼろけののの紙紙かみははははるはるはるまじけれまじけれまじければばばもとめもとめもとめ侍侍はべるるるなりなりなり」」」ととと申申もうししし給給たまふふう。。。「「「いかいかいかやうやうようなるなるなるにににかかかあるあるある」」」ととと問問とひひい聞聞きこえええさせさせさせ給給たまへへえばばば、、、「「「すべてすべてすべていみじくいみじくいみじく侍侍はべるるる。。。更更さらにににまだまだまだ見見みぬぬぬはねはねはねのののさまさまさまなりなりなりとととなむなむなん人々人々ひとびと申申もうすすす。。。まことまことまことにににかばかりかばかりかばかりのののははは侍侍はべらららざりざりざりつつつ」」」とととことことこと高高たかくくく申申もうししし給給たまへへえばばば、、、「「「さてさてさて扇扇おうぎのののにににはははあらあらあらででで、、、くらげくらげくらげのののなりなりなり」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、「「「これこれこれははは隆隆たか家家いえがががことことことにににしししてててむむん」」」とてとてとて笑笑わらひひい給給たまふふう。。。かやうかやうかようののの事事ことこそこそこそかたはらいたきかたはらいたきかたわらいたき物物もののののうちうちうちににに入入いれれれつつつべけれべけれべけれどどど、、、人人ひとごとごとごとななな落落おとしししそそそととと侍侍はべれれればばば、、、いかゞいかゞいかがはははせせせむむん。。。
現代語訳
中納言殿が中宮様のもとに参上なさって、御扇を差し上げなさるときに、「隆家はすばらしい骨を手に入れました。それに紙を張らせて差し上げようと思うのですが、並の紙は張れそうにないので、探しているのです」と申し上げなさる。「どのような骨なのですか」とお尋ね申し上げなさると、「何もかもすばらしいのです。まったくまだ見たこともない骨の様子だと、人々が申します。本当にこれほどのものはありませんでした」と声高に申し上げなさるので、私が「それでは扇の骨ではなくて、海月の骨なのですね」と申し上げると、「これは隆家が言ったことにしてしまおう」と言ってお笑いになる。こういうことこそ、いたたまれないもの(自慢話)の中に入れるべきだけれど、人々が「一つも書き落とすな」と言いますので、どうしようもない。
意訳
定子の弟隆家が、まだ誰も見たことのない扇の骨を手に入れたと自慢する。作者はすかさず「誰も見たことのない骨なら、骨のない海月の骨でしょう」と切り返し、隆家も「それは私が言ったことにしよう」と笑う。作者は最後に、こういう自慢話は書くべきではないけれど、人々が書き落とすなと言うので、と弁解してみせる。
語釈・文法注
- 中納言殿
- 藤原隆家。中宮定子の弟。
文法
- 「くらげのなり」
- 海月の骨。海月には骨がないので、「まだ見たことのない骨」を、存在しない骨と切り返した。
- 「隆家がことにしてむ」
- 隆家が言ったことにしてしまおう。作者のしゃれを気に入って、自分の手柄にしようと冗談を言った。
- 「人ごとな落しそ」
- 人々が「一つも書き落とすな」と言う。作者の書いたものを読む人々がいたことがうかがえる。
解説
作者の機知を伝える、よく知られた短い日記的章段である。「くらげの骨」という切り返しは、当意即妙の典型として名高い。
最後の弁解の一文からは、作者が書いたものが周囲の人々に読まれており、「書き落とすな」と期待されていたことがうかがえる。枕草子の成立事情を考えるうえでも興味深い一文である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、254頁(コマ130)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日