古典ライブラリー

枕草子 第100段 日記的章段

五月の御精進のほど

五月の精進のころ、作者たちは郭公の声を聞きに賀茂の奥へ出かける。明順の家で田舎風のもてなしを受け、卯の花で車を飾って帰るが、肝心の歌を詠みそびれる。中宮に責められた作者は、歌人の娘として半端な歌は詠みたくないと訴え、歌を詠まない許しを得る。

卯の花の枝で牛車の簾や屋根を飾り立てて、雨の中を急いで帰る女房たちの牛車。
卯の花の枝で牛車の簾や屋根を飾り立てて、雨の中を急いで帰る女房たちの牛車。
  1. 1五月ごぐわつ五月ごぐわつごがつののの御み御みみののの程ほど程ほどほど、、、しきしきしきにににおはしますおはしますおわしますにににぬりごめぬりごめぬりごめののの前まへ前まへまえ、、、ふたまふたまふたまなるなるなる所ところ所ところところををを殊こと殊ことことにににしつらひしつらひしつらいしししたれたれたればばば、、、例れい例れいれいざまざまざまならならならぬぬぬもももをかしをかしおかし。。。ついたちついたちついたちよりよりより雨あめ雨あめあめがちがちがちにてにてにて曇くも曇くもくもりりりくらすくらすくらすつれづれつれづれつれづれなるなるなるををを、、、「「「杜鵑ほととぎす杜鵑ほととぎすほととぎすののの聲こゑ聲こゑこえ尋たづ尋たづたずねねねありかありかありかばばばややや」」」ととといふいふいうををを聞き聞きききききててて、、、われわれわれもももわれわれわれもももととと出い出いいでででたつたつたつ。。。賀か賀かか茂も茂ももののの奥おく奥おくおくににになにがしなにがしなにがしとかとかとかややや、、、七たな七たなたな夕ばた夕ばたばたののの渡わた渡わたわたるるる橋はし橋はしはしにににはははあらあらあらでででにくきにくきにくき名な名ななぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。「「「そのそのそのわたりわたりわたりににになむなむなん日ひ日ひひごとごとごとににに鳴な鳴ななくくく」」」ととと人ひと人ひとひとのののいへいへいえばばば「「「それそれそれはははひぐらしひぐらしひぐらしなりなりなり」」」ととといらふるいらふるいらうる人ひと人ひとひともももありありあり。。。そこそこそこへへへとてとてとて五いつ五いついつ日か日かかのののあしたあしたあした宮みや宮みやみやづかさづかさづかさ車くるま車くるまくるまののの事こと事ことこといひいひいいててて、、、北きた北きたきたののの陣ぢん陣ぢんじんよりよりより「「「五さ五ささ月み月みみ雨だれ雨だれだれはははとがめとがめとがめなきなきなきものものものぞぞぞ」」」とてとてとてさしさしさしよせよせよせててて四よ四よよ人たり人たりたりばかりばかりばかりぞぞぞ乘の乘ののりりりててて行ゆ行ゆゆくくく。。。羨うらや羨うらやうらやましがりましがりましがりててて「「「今いま今いまいま一ひと一ひとひとつつつしししててて同おな同おなおなじくじくじくははは」」」などなどなどいへいへいえばばば「「「いないないな」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせらるれらるれらるればばば、、、聞き聞きききききももも入い入いいれれれずずず、、、なさけなさけなさけなきなきなきさまさまさまにてにてにて行ゆ行ゆゆくくくににに、、、うまばうまばうまばととといふいふいう所ところ所ところところにてにてにて人ひと人ひとひと多おほ多おほおおくくくさわぐさわぐさわぐ。。。「「「何なに何なになに事ごと事ごとごとするするするぞぞぞ」」」ととと問と問ととへへへばばば「「「てつがひてつがひてつがいにてにてにてままま弓ゆみ弓ゆみゆみ射い射いいるるるなりなりなり。。。しばししばししばし御ご御ごご覽らん覽らんらんじじじててておはしませおはしませおわしませ」」」とてとてとて車くるま車くるまくるまとゞめとゞめとどめたりたりたり。。。「「「右う右うう近こん近こんこんののの中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょう皆みな皆みなみなつきつきつき給たま給たまたまへへえるるる」」」ととといへいへいえどどど、、、さるさるさる人ひと人ひとひとももも見み見みみえええずずず、、、六ろく六ろくろく位ゐ位ゐいなどなどなどののの立た立たたちちちさまよへさまよへさまよえばばば、、、「「「ゆかしからゆかしからゆかしからぬぬぬことことことぞぞぞ。。。はやくはやくはやく過す過すすぎぎぎよよよ」」」とてとてとて行ゆ行ゆゆきききもてもてもて行ゆ行ゆゆけけけばばば、、、道みち道みちみちももも祭まつり祭まつりまつりののの頃ころ頃ころころ思おも思おもおもひひい出い出いいでででられられられてててをかしをかしおかし。。。
  2. 2かうかうこういふいふいう所ところ所ところところにににはははののの朝あ朝ああ臣そん臣そんそん家いへ家いへいえありありあり。。。「「「そこそこそこもももやがてやがてやがて見み見みみむむむ」」」ととといひいひいいててて車くるま車くるまくるまよせよせよせててておりおりおりぬぬぬ。。。田ゐ田ゐい舎なか舎なかなかだちだちだち事こと事ことことそぎそぎそぎててて馬むま馬むまうまのののかたかたかた書か書かかきききたるたるたるさうじさうじそうじ、、、網あ網ああ代じろ代じろじろ屏びやう屏びやうびょう風ぶ風ぶぶ、、、みくりみくりみくりのののすだれすだれすだれなどなどなど、、、殊こと殊ことこと更さら更さらさらににに昔むかし昔むかしむかしののの事こと事ことことをををうつしうつしうつし出い出いいでででたりたりたり。。。屋や屋ややのののさまさまさまもももはかなだちはかなだちはかなだちてててはしはしはしちかくちかくちかくあさはかあさはかあさはかなれなれなれどどどをかしきをかしきおかしきにににげにげにげにぞぞぞかしがましかしがましかしがましととと思おも思おもおもふふうばかりばかりばかりににに鳴な鳴ななきききあひあひあいたるたるたる郭公ほととぎす郭公ほととぎすほととぎすののの聲こゑ聲こゑこえををを、、、口くち口くちくちをしうをしうおしゅう御お御おお前まへ前まへまえにににきこしめさきこしめさきこしめさずずず、、、さばかりさばかりさばかり慕した慕したしたひひいつるつるつる人々ひとびと人々ひとびとひとびとにににもももなどなどなど思おも思おもおもふふう。。。「「「所ところ所ところところにににつけつけつけてててはははかゝるかゝるかかる事こと事ことことをををなむなむなん見み見みみるるるべきべきべき」」」とてとてとていねいねいねととといふいふいうものものもの多おほ多おほおおくくくとりとりとり出い出いいでゝでゝでてわかきわかきわかき女をんな女をんなおんなどもどもどもののの穢きたな穢きたなきたなげげげならならならぬぬぬそのそのそのわたりわたりわたりののの家いへ家いへいえのののむすめむすめむすめおんなおんなおんななどなどなどひきひきひきゐゐいててて來き來ききててて、、、五ご五ごご六ろく六ろくろく人にん人にんにんしししてててこかこかこかせせせ、、、見み見みみももも知し知ししらららぬぬぬくるべきくるべきくるべきものものもの二ふた二ふたふた人り人りりしししてててひかひかひかせせせててて、、、歌うた歌うたうたうたはうたはうたわせせせなどなどなどするするするををを、、、珍めづ珍めづめずらしくらしくらしく笑わら笑わらわらふふうににに、、、郭公ほととぎす郭公ほととぎすほととぎすののの歌うた歌うたうたよまよまよまむむんなどなどなどしししつるつるつる忘わす忘わすわすれれれぬぬぬべしべしべし。。。からからからゑゑえにににあるあるあるやうやうようなるなるなるかけかけかけばんばんばんなどなどなどしししててて物もの物ものものくはくはくわせせせたるたるたるををを、、、見み見みみいるゝいるゝいるる人ひと人ひとひとなけれなけれなければばば家いへ家いへいえあるじあるじあるじ「「「いといといとわろくわろくわろくひなびひなびひなびたりたりたり。。。かゝるかゝるかかる所ところ所ところところにににきききぬるぬるぬる人ひと人ひとひとはははようせようせようせずずずはははあるじあるじあるじもももなどなどなどせめせめせめ、、、出いだ出いだいだしししてててこそこそこそ參まゐ參まゐまいるるるべけれべけれべけれ。。。むげむげむげにににかくかくかくてててはははそのそのその人ひと人ひとひとならならならずずず」」」などなどなどいひいひいいてててとりとりとりはやしはやしはやし「「「このこのこの下した下したした蕨わらび蕨わらびわらびははは手て手ててづからづからずから摘つ摘つつみみみつるつるつる」」」などなどなどいへいへいえばばば、、、「「「いかでいかでいかで女によ女によにょ官くわん官くわんかんなどなどなどのののやうやうようにににつきつきつきなみなみなみてててはははあらあらあらむむん」」」などなどなどいへいへいえばばば、、、とりとりとりおろしおろしおろしててて「「「れいれいれいのののはひはひはいぶしぶしぶしににに習なら習ならならははわせせせ給たま給たまたまへへえるるるおまへおまへおまえたちたちたちなれなれなればばば」」」とてとてとてとりとりとりおろしおろしおろしまかなひまかなひまかないさわぐさわぐさわぐ程ほど程ほどほどににに「「「雨あめ雨あめあめふりふりふりぬぬぬべしべしべし」」」ととといへいへいえばばば、、、急いそ急いそいそぎぎぎててて車くるま車くるまくるまにににのるのるのるににに「「「さてさてさてこのこのこの歌うた歌うたうたはははこゝこゝここにてにてにてこそこそこそよまよまよまめめめ」」」ととといへいへいえばばば「「「さばれさばれさばれ道みち道みちみちにてにてにてももも」」」などなどなどいひいひいいててて、、、
  3. 3卯う卯ううののの花はな花はなはないみじくいみじくいみじく咲さ咲ささきききたるたるたるををを折を折をおりりりつゝつゝつつ車くるま車くるまくるまのののすだれすだれすだれそばそばそばなどなどなどににに長なが長ながながききき枝えだ枝えだえだをををふきふきふきさしさしさしたれたれたればばば、、、唯ただ唯ただただ卯う卯ううののの花はな花はなはながさねがさねがさねをををこゝこゝここににに懸か懸かかけけけたるたるたるやうやうようにににぞぞぞ見み見みみえええけるけるける。。。供とも供ともともなるなるなるをのこをのこおのこどもどもどもゝゝもいみじういみじういみじゅう笑わら笑わらわらひひいつゝつゝつつ網あ網ああ代じろ代じろじろをををさへさへさへつきつきつきうがちうがちうがちつゝつゝつつ「「「こゝこゝここまだしまだしまだしこゝこゝここまだしまだしまだし」」」とととさしさしさし集あつ集あつあつむむむなりなりなり。。。人ひと人ひとひとももも逢あ逢ああははわなむなむなんととと思おも思おもおもふふうににに更さら更さらさらにににあやしきあやしきあやしき法ほふ法ほふほう師し師ししあやしあやしあやしのののいふいふいうかひかひかいなきなきなきものものもののみのみのみたまさかたまさかたまさかににに見み見みみゆるゆるゆるいといといと口くち口くちくちをしをしおし。。。近ちか近ちかちこううう來き來ききぬれぬれぬればばば「「「さりともさりともさりともいといといとかうかうこうててて止や止ややまままむむんやはやはやは。。。このこのこの車くるま車くるまくるまのののさまさまさまをををだにだにだに人ひと人ひとひとににに語かた語かたかたらせらせらせてててこそこそこそ止や止ややまままめめめ」」」とてとてとて、、、一いち一いちいち條でう條でうじょう殿どの殿どのどののののもともともとにににとゞめとゞめとどめててて「「「侍じ侍じじ從じう從じうじゅうやややおはしますおはしますおわします。。。郭公ほととぎす郭公ほととぎすほととぎすののの聲こゑ聲こゑこえ聞き聞きききききててて今いま今いまいまなむなむなんかへりかへりかえり侍はべ侍はべはべるるる」」」ととといはいはいわせせせたるたるたる。。。つかひつかひつかい「「「唯ただ唯ただただ今いま今いまいままゐるまゐるまいる。。。あがあがあが君きみ君きみきみあがあがあが君きみ君きみきみとととなむなむなんのたまへのたまへのたまえるるる。。。さぶらひさぶらひさぶらいにににまひろげまひろげまいろげててて指さし指さしさし貫ぬき貫ぬきぬき奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりつつつ」」」ととといふいふいうににに、、、「「「待ま待ままつつつべきべきべきにににもももあらあらあらずずず」」」とてとてとて走はし走はしはしらせらせらせててて土つち土つちつち御み御みみ門かど門かどかどざまざまざまへへへやらするやらするやらするににに、、、いついついつのののまままにににかかかさうぞくさうぞくそうぞくしししつつつらむらむらん、、、帶おび帶おびおびははは道みち道みちみちのののまゝまゝままにににゆひゆひゆいてててしばしばしばしばしばしばととと追お追おおひひいくるくるくる供とも供ともともににに、、、さぶらひさぶらひさぶらい、、、ざふしきざふしきぞうしき、、、ものものものはかはかはかででで走はし走はしはしるるるめるめるめる。。。とくとくとくやれやれやれどどどいとゞいとゞいとどいそがしくいそがしくいそがしくててて、、、土つち土つちつち御み御みみ門かど門かどかどにににきききつきつきつきぬるぬるぬるにににぞぞぞあへぎあへぎあえぎまどひまどひまどいててておはしおはしおわしててて、、、まづまづまずこのこのこの車くるま車くるまくるまのののさまさまさまをををいみじくいみじくいみじく笑わら笑わらわらひひい給たま給たまたまふふう。。。「「「うつゝうつゝうつつののの人ひと人ひとひとののの乘の乘ののりりりたるたるたるとととなむなむなん更さら更さらさらににに見み見みみえええぬぬぬ。。。猶なほ猶なほなおおりおりおりててて見み見みみよよよ」」」などなどなど笑わら笑わらわらひひい給たま給たまたまへへえばばば、、、供とも供ともともなりなりなりつるつるつる人ひと人ひとひとどもどもどもゝゝも興きよう興きようきょうじじじ笑わら笑わらわらふふう。。。「「「歌うた歌うたうたはははいかにいかにいかにかかか。。。それそれそれ聞き聞ききかかかむむん」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「今いま今いまいまおまへおまへおまえににに御ご御ごご覽らん覽らんらんぜぜぜさせさせさせてててこそこそこそははは」」」などなどなど言い言いいふふう程ほど程ほどほどににに、、、雨あめ雨あめあめまことまことまことににに降ふ降ふふりりりぬぬぬ。。。「「「などなどなどかかかことことことみかどみかどみかどのののやうやうようにににあらあらあらでででこのこのこの土つち土つちつち御み御みみ門かど門かどかどしもしもしもうへうへうえもももなくなくなくつくりつくりつくりそめそめそめけむけむけんととと、、、今日けふ今日けふきょうこそこそこそいといといとにくけれにくけれにくけれ」」」などなどなどいひいひいいててて、、、「「「いかでいかでいかで歸かへ歸かへかえらららむむんずずずらむらむらん。。。こなたこなたこなたざまざまざまははは唯ただ唯ただただ後おく後おくおくれれれじじじととと思おも思おもおもひひいつるつるつるににに、、、人ひと人ひとひと目め目めめももも知し知ししらららずずずはしらはしらはしられれれつるつるつるをををあうあうあういかいかいかむむんこそこそこそいといといとすさまじけれすさまじけれすさまじけれ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「いざいざいざ給たま給たまたまへへえかしかしかし。。。うちうちうちへへへ」」」などなどなどいふいふいう。。。「「「それそれそれもももゑばうしゑばうしえぼうしにてにてにてはははいかでいかでいかでかかか。。。とりとりとりににに遣や遣ややりりり給たま給たまたまへへえ」」」などなどなどいふいふいうににに、、、まめやかまめやかまめやかにににふれふれふればばば笠かさ笠かさかさなきなきなきをのこをのこおのこどもどもども唯ただ唯ただただひきひきひきにににひきひきひき入い入いいれれれつつつ。。。一いち一いちいち條でう條でうじょうよりよりよりかさかさかさをををもてもてもてきききたるたるたるをををさゝせさゝせささせてててうちうちうち見み見みみかへりかへりかえりうちうちうち見み見みみかへりかへりかえり、、、このこのこの度たび度たびたびはははゆるゆるゆるゆるゆるゆるととと物もの物ものものうげうげうげにてにてにて卯う卯うう花のはな花のはなのわなばかりばかりばかりををを取と取ととりりりおはするおはするおわするもももをかしをかしおかし。。。
  4. 4さてさてさて參まゐ參まゐまいりりりたれたれたればばば、、、ありさまありさまありさまなどなどなど問と問ととはははせせせ給たま給たまたまふふう。。。怨うら怨うらうらみみみつるつるつる人々ひとびと人々ひとびとひとびと、、、ゑじゑじえじ心こころ心こころこころうううがりがりがりながらながらながら、、、藤とう藤とうとう侍じ侍じじ從じう從じうじゅう、、、一いち一いちいち條でう條でうじょうののの大おほ大おほおお路ち路ちち走はし走はしはしりりりつるつるつるほどほどほど語かた語かたかたるるるにににぞぞぞ皆みな皆みなみな笑わら笑わらわらひひいぬるぬるぬる。。。「「「さてさてさていづらいづらいずら、、、歌うた歌うたうたははは」」」ととと問と問ととはははせせせ給たま給たまたまふふう。。。かうかうかうかうこうこうとととけいすれけいすれけいすればばば「「「くちをしくちをしくちおしのののことことことややや。。。うへうへうえ人びと人びとびとなどなどなどののの聞き聞ききかかかむむんにににいかでいかでいかでかかかをかしきをかしきおかしきなくなくなくてててあらあらあらむむん。。。そのそのその聞き聞きききききつつつらむらむらん所ところ所ところところにてにてにてふとふとふとこそこそこそよまよまよまゝしゝしましかかか。。。あまりあまりあまり儀ぎ儀ぎぎしきしきしき事こと事ことことさめさめさめつつつらむらむらんぞぞぞあやしきあやしきあやしきややや。。。こゝこゝここにてにてにてもももよめよめよめ。。。言い言いいふふうかひかひかいなしなしなし」」」などなどなどのたまはすれのたまはすれのたまわすればばばげにげにげにととと思おも思おもおもふふうにににいといといとわびしきわびしきわびしきをををいひいひいい合あは合あはあわせせせなどなどなどするするする程ほど程ほどほどににに、、、藤とう藤とうとう侍じ侍じじ從じう從じうじゅうののの、、、ありつるありつるありつる卯う卯ううののの花はな花はなはなにににつけつけつけててて卯う卯ううののの花はな花はなはなのののうすうすうすえふえふようににに、、、
  5. 5「「「ほとゝぎすほとゝぎすほととぎすなくなくなく音ね音ねねたづねたづねたずねににに君きみ君きみきみゆくゆくゆくととときかきかきかばばば心こころ心こころこころをををそへそへそえもももしししてててましましまし」」」。。。歌
  6. 6「「「かへしかへしかへしまつらまつらまつらむむん」」」などなどなど局つぼね局つぼねつぼねへへへ硯すずり硯すずりすずりとりとりとりににに遣や遣ややれれればばば「「「唯ただ唯ただただこれこれこれしししてててとくとくとくいへいへいえ」」」とてとてとて御おほん御おほんおおん硯すずり硯すずりすずりのののふたふたふたににに紙かみ紙かみかみなどなどなど入い入いいれれれててて賜たま賜たまたまはせはせわせたれたれたればばば、、、「「「宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうののの君きみ君きみきみ書か書かかききき給たま給たまたまへへえ」」」ととといふいふいうををを、、、「「「なほなほなおそこそこそこににに」」」などなどなどいふいふいう程ほど程ほどほどににに、、、かきかきかきくらしくらしくらし雨あめ雨あめあめ降ふ降ふふりりりてててかみかみかみもももおどろおどろしうおどろおどろしうおどろおどろしゅう鳴な鳴ななりりりたれたれたればばば、、、物もの物ものものももも覺おぼ覺おぼおぼえええずずず唯ただ唯ただただおろしおろしおろしにににおろすおろすおろす。。。しきしきしきののの御み御みみざうしざうしぞうしはははしとみしとみしとみをををぞぞぞみみみ格かう格かうこう子し子ししにににまゐりまゐりまいり渡わた渡わたわたししし惑まど惑まどまどひひいししし程ほど程ほどほどににに、、、歌うた歌うたうたのののかへりかへりかえりごとごとごとももも忘わす忘わすわすれれれぬぬぬ。。。いといといと久ひさ久ひさひさしくしくしく鳴な鳴ななりりりててて少すこ少すこすこしししやむやむやむ程ほど程ほどほどはははくらくくらくくらくなりなりなりぬぬぬ。。。「「「唯ただ唯ただただ今いま今いまいま猶なほ猶なほなおそのそのその御おほん御おほんおおん返かへ返かへかえりりり事ごと事ごとごと奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむん」」」とてとてとて取と取ととりりりかゝるかゝるかかるほどほどほどににに、、、人々ひとびと人々ひとびとひとびと上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめなどなどなどかみかみかみののの事こと事ことこと申まう申まうもうしししににに參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまひひいつれつれつればばば、、、西にし西にしにしおもておもておもてににに出い出いいでゝでゝでて物もの物ものものなどなどなど聞きこ聞きこきこゆるゆるゆる程ほど程ほどほどににに、、、まぎれまぎれまぎれぬぬぬ。。。人ひと人ひとひとはははたたたさしさしさしてててえええたらたらたらむむん人ひと人ひとひとこそこそこそ知し知ししらららめめめとてとてとて止や止ややみみみぬぬぬ。。。「「「大おほ大おほおおかたかたかたこのこのこの事こと事ことことにににすくせすくせすくせなきなきなき日ひ日ひひなりなりなり。。。どうじどうじどうじててて今いま今いまいまはははいかでいかでいかでさささなむなむなんいきいきいきたりたりたりしししとととだにだにだに人ひと人ひとひとににに聞き聞ききかかかせせせじじじ」」」などなどなどぞぞぞ笑わら笑わらわらふふうををを、、、今いま今いまいまもももなどなどなどそれそれそれいきいきいきたりたりたりししし人ひと人ひとひとどもどもどものののいはいはいわざらざらざらむむん、、、されされされどもどもどもさせさせさせじじじととと思おも思おもおもふふうにににこそこそこそあらあらあらめめめととと物もの物ものものしげしげしげにににおぼしめしおぼしめしおぼしめしたるたるたるもももいといといとをかしをかしおかし。。。「「「されされされどどど今いま今いまいまはははすさまじくすさまじくすさまじくなりなりなりにてにてにて侍はべ侍はべはべるるるなりなりなり」」」ととと申まう申まうもうすすす。。。「「「すさまじかるすさまじかるすさまじかるべきべきべきことことことかかかははは」」」などなどなどのたまはのたまはのたまわせせせしかしかしかばばばやみやみやみにににききき。。。二ふつ二ふつふつ日か日かかばかりばかりばかりありありありてててそのそのその日ひ日ひひののの事こと事ことことなどなどなど言い言いいひひい出い出いいづるづるずるににに、、、宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうののの君きみ君きみきみ「「「いかにいかにいかにぞぞぞ手て手ててづからづからずから折を折をおりりりたるたるたるととといひいひいいししし下した下したした蕨わらび蕨わらびわらびははは」」」とととのたまふのたまふのたまうををを聞き聞ききかかかせせせ給たま給たまたもうううててて、、、「「「思おも思おもおもひひい出い出いいづるづるずることことことのののさまさまさまよよよ」」」ととと笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、紙かみ紙かみかみのののちりちりちりたるたるたるににに、、、
  7. 7「「「したしたしたわらびわらびわらびこそこそこそこひしかりこひしかりこいしかりけれけれけれ」」」歌
  8. 8とととかゝかゝかかせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「もともともといへいへいえ」」」ととと仰おほ仰おほおおせせせらるゝらるゝらるるもももをかしをかしおかし。。。
  9. 9「「「ほとゝぎすほとゝぎすほととぎすたづねたづねたずねてててきゝきゝききししし聲こゑ聲こゑこえよりよりよりももも」」」歌
  10. 10ととと書か書かかきききててて參まゐ參まゐまいらせらせらせたれたれたればばば「「「いみじういみじういみじゅううけばりうけばりうけばりたりたりたりややや。。。かうかうこうまでまでまでだにだにだにいかでいかでいかで郭公ほととぎす郭公ほととぎすほととぎすののの事こと事ことことをををかけかけかけつつつらむらむらん」」」ととと笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまふふうももも耻はづ耻はづはずかしかしかしながらながらながら、、、「「「何なに何なになにかかかこのこのこの歌うた歌うたうたすべてすべてすべて詠よ詠よよみみみ侍はべ侍はべはべらららじじじとととなむなむなん思おも思おもおもひひい侍はべ侍はべはべるるるものものものををを、、、物もの物ものもののののをりをりおりなどなどなど人ひと人ひとひとのののよみよみよみ侍はべ侍はべはべるるるにににもももよめよめよめなどなどなど仰おほ仰おほおおせせせらるれらるれらるればばば、、、えええさぶらふさぶらふさぶらうまじきまじきまじき心ここ心ここここちちちなむなむなんしししはべるはべるはべる。。。いかでいかでいかでかかかははは、、、文も文もも字じ字じじののの數かず數かずかず知し知ししらららずずず、、、春はる春はるはるははは冬ふゆ冬ふゆふゆののの歌うた歌うたうたをををよみよみよみ、、、秋あき秋あきあきははは春はる春はるはるのののをををよみよみよみ、、、梅うめ梅うめうめののの折をり折をりおりははは菊きく菊きくきくなどなどなどをををよむよむよむ事こと事ことことははは侍はべ侍はべはべらららむむん。。。されされされどどど歌うた歌うたうたよむよむよむととと言い言いいははわれれれ侍はべ侍はべはべりりりしししすゑずゑすゑずゑすえずえははは、、、少すこ少すこすこししし人ひと人ひとひとにににまさりまさりまさりてててそのそのそのをりをりおりののの歌うた歌うたうたはははこれこれこれこそこそこそありありありけれけれけれ。。。さささはははいへいへいえどどどそれそれそれががが子こ子ここなれなれなればばばなどなどなど言い言いいははわれれれたらたらたらむむんこそこそこそかひかひかいあるあるある心ここ心ここここちちちししし侍はべ侍はべはべらららめめめ。。。つゆつゆつゆとりとりとり分わ分わわきききたるたるたるかたかたかたもももなくなくなくててて、、、さすがにさすがにさすがに歌うた歌うたうたがましくがましくがましく我われ我われわれはははととと思おも思おもおもへへえるるるさまさまさまににに、、、さいそさいそさいそににによみよみよみ出い出いいででで侍はべ侍はべはべらららむむんなむなむなん、、、なきなきなき人ひと人ひとひとのののためためためいとほしくいとほしくいとおしく侍はべ侍はべはべるるる」」」などなどなどまめやかまめやかまめやかにににけいすれけいすれけいすればばば、、、笑わら笑わらわらははわせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、「「「さらばさらばさらばたゞたゞただ心こころ心こころこころにににまかすまかすまかす。。。我われ我われわれはははよめよめよめともともともいはいはいわじじじ」」」とととのたまはすれのたまはすれのたまわすればばば、、、「「「いといといと心こころ心こころこころやすくやすくやすくなりなりなり侍はべ侍はべはべりりりぬぬぬ。。。今いま今いまいまははは歌うた歌うたうたののの事こと事ことこと思おも思おもおもひひいかけかけかけ侍はべ侍はべはべらららじじじ」」」などなどなどいひいひいいてててあるあるあるころころころ、、、

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

五月の御精進のころ、中宮様が職の御曹司にいらっしゃって、塗籠の前の二間になっている所を特別にしつらえてあるので、いつもと違った様子なのもおもしろい。月の初めから雨がちで、一日じゅう曇っていて所在ないので、「郭公の声を探しに出かけたいわ」と言うのを聞いて、我も我もと出かけようとする。賀茂の奥の、何とかいう所、七夕の渡る橋(かささぎの橋)ではなくて、聞き苦しい名前の所だったが、「そのあたりで毎日鳴いている」と人が言うので、「それはひぐらしよ」と答える人もいる。そこへ行こうというので、五日の朝、中宮職の役人に車のことを言って、北の陣から、「五月雨の頃は(物忌みでも)とがめはないものよ」と言って、車を寄せて、四人ほどが乗って行く。残った女房たちがうらやましがって、「もう一台出して、同じことなら一緒に」などと言うと、中宮様が「だめ」とおっしゃるので、聞き入れもせず、思いやりのない様子で出かけていくと、馬場という所で人がたくさん騒いでいる。「何をしているのか」と尋ねると、「手番で真弓を射るのです。しばらくご覧になっていらっしゃいませ」と言って車をとめた。「右近の中将がみな席についていらっしゃいます」と言うけれど、そういう方も見えず、六位の者などがうろうろしているので、「見たくもないことよ。早く通り過ぎて」と言って進んでいくと、道も賀茂祭の頃が思い出されておもしろい。', 'そういう所には、明順の朝臣の家がある。「そこもすぐに見ましょう」と言って、車を寄せて降りた。田舎風に簡素にして、馬の絵を描いた障子や、網代屏風、三稜草の簾など、ことさらに昔風のことを写し出してある。建物の様子も、はかなげで、端近くて奥行きもないけれど趣があるうえに、本当にやかましいと思うほどに鳴き交わしている郭公の声を、残念なことに中宮様にお聞かせできず、あれほど一緒に行きたがった人々にも、などと思う。「こういう所では、こういうことを見るべきです」と言って、稲というものをたくさん取り出して、若い娘たちで、汚らしくない、そのあたりの家の娘などを連れてきて、五、六人で稲こきをさせ、見たこともない回転する道具を二人で引かせて、歌を歌わせたりするのを、珍しく思って笑ううちに、郭公の歌を詠もうなどと思っていたことも忘れてしまいそうだ。唐絵にあるような懸盤などでもてなしてくれたのを、誰も見向きもしないので、家の主人が「たいそうひどく田舎じみています。こういう所に来た人は、悪くすると主人を責め立てて、出させてこそ召し上がるものです。まったくこんなふうでは、あなた方らしくもない」などと言って、取り持って、「この下蕨は、私が自分で摘んだのです」などと言うので、「どうして女官などのように、膳を前に並んで座っていられましょう」などと言うと、器を取り下ろして、「いつも腹ばいになって召し上がるのに慣れていらっしゃるお方たちなので」と言って、取り下ろして世話を焼いて騒いでいるうちに、「雨が降りそうだ」と言うので、急いで車に乗ると、「さて、この郭公の歌は、ここでこそ詠むべきでしょう」と言うので、「どうなろうと、道中でも」などと言って、', '卯の花がたいそう咲いているのを折っては、車の簾や側面などに長い枝を挿したので、まるで卯の花襲の衣をここに掛けたように見えた。供の男たちもひどく笑いながら、網代の板にまで穴をあけては、「ここがまだだ、ここがまだだ」と言って挿し集めている。誰かに会いたいと思うのに、まったく粗末な法師や、身分の低い取るに足りない者ばかりが、たまに見えるだけなのは、たいそう残念だ。都の近くに来たので、「いくら何でも、このまま終わってよいものか。せめてこの車の様子だけでも人に話させてから終わりにしよう」と言って、一条殿のもとに車をとめて、「侍従殿はいらっしゃいますか。郭公の声を聞いて、今帰るところです」と言わせた。使いが「すぐに参ります。『あが君、あが君』とおっしゃっています。侍所でくつろいでいらっしゃったのを、指貫をお召しになりました」と言うので、「待つまでもない」と言って、車を走らせて土御門の方へやらせると、いつの間に装束を着けたのだろうか、帯は道を走りながら結んで、しきりに追いかけてくる。供として、侍や雑色が履物もはかずに走っているようだ。急いで車をやるけれど、いっそう急いで、土御門に着いたところで、あえぎながらいらっしゃって、まずこの車の様子をひどくお笑いになる。「この世の人が乗っているとはまったく見えない。やはり降りて見てごらん」などとお笑いになると、供をしてきた人たちも面白がって笑う。「歌はどうした。それを聞こう」とおっしゃるので、「これから中宮様にお目にかけてから」などと言っているうちに、雨が本当に降り出した。「どうしてほかの門のようにではなく、この土御門だけ屋根もなく造ったのだろうと、今日こそたいそう憎らしい」などと言って、「どうやって帰ろうか。こちらへ来る時は、ただ遅れまいと思って、人目もかまわず走らされたが、奥へ帰っていくのは、たいそう興ざめだ」とおっしゃるので、「さあ、いらっしゃいませ。内裏へ」などと言う。「それも烏帽子姿ではどうして。冠を取りに人をやってください」などと言っているうちに、本降りになったので、笠のない男たちは、ただひたすら車を引き入れてしまった。一条殿から傘を持ってきたのを差させて、振り返り振り返り、今度はゆっくりとつらそうに、卯の花だけを手に持っていらっしゃるのもおもしろい。', 'さて参上すると、中宮様が様子をお尋ねになる。置いていかれて恨んでいた女房たちも、恨みごとを言い、情けながりながらも、藤侍従が一条の大路を走ったことを話すと、みな笑ってしまった。「それで、どうなの、歌は」とお尋ねになる。これこれと申し上げると、「残念なことね。殿上人などが聞いたら、どうして趣のある歌の一つもなくてよいでしょう。その郭公を聞いた所で、さっと詠めばよかったのに。あまり格式張ったことにこだわって、興ざめしたのでしょう。おかしなことね。ここででも詠みなさい。言いようもないこと」などとおっしゃるので、なるほどと思うにつけ、たいそうつらいのを、相談などしているうちに、藤侍従が、さっきの卯の花に付けて、卯の花襲の薄様の紙に、', '郭公の鳴く声を訪ねてあなたが行くと聞いたなら、私も心を添えて一緒に行ったのに。', '「返歌をしましょう」と言って、局へ硯を取りにやると、中宮様が「ただこれを使って早く言いなさい」と言って、御硯の蓋に紙などを入れてくださったので、「宰相の君、お書きなさい」と言うのを、「やはりあなたが」などと言っているうちに、空を暗くして雨が降り、雷もひどく鳴ったので、何も分からず、ただひたすら格子を下ろす。職の御曹司は蔀戸を格子のように一面に下ろしてまわって、あわてているうちに、歌の返事も忘れてしまった。たいそう長く鳴って、少しやんだころには暗くなってしまった。「今すぐ、やはりそのお返事を差し上げましょう」と言って取りかかったところに、人々や上達部などが雷のお見舞いを申し上げに参上なさったので、西面に出てお話などを申し上げているうちに、紛れてしまった。ほかの人は、名指しで返事をもらった人こそ返すべきだと言って、そのままになってしまった。「まったくこのことには縁のない日だわ。もうこうなったら、どうかして、そんな所に行ったということさえ人に聞かせまい」などと笑うのを、中宮様は「今でも、どうして行った人たちが歌を詠まないことがあろう。けれども、詠ませまいと思っているのでしょう」と、不機嫌そうにお思いになっているのも、たいそうおもしろい。「けれども、今はもう興ざめになってしまいました」と申し上げる。「興ざめになるはずのことでしょうか」などとおっしゃったけれど、そのままになってしまった。二日ほどたって、その日のことなどを話していると、宰相の君が「どうでしたか、手ずから摘んだと言った下蕨は」とおっしゃるのをお聞きになって、中宮様が「思い出すことといったら、それなのね」とお笑いになって、散らばっていた紙に、', '下蕨こそ恋しかったのですね。', 'とお書きになって、「上の句を言いなさい」とおっしゃるのもおもしろい。', '郭公を訪ねて聞いた声よりも、', 'と書いて差し上げると、「ずいぶん得意げね。こうまでしても、どうして郭公のことをかけたのでしょう」とお笑いになるのも恥ずかしいけれど、「どうして。この歌というものは、一切詠むまいと思っておりますのに、何かの折などに人が詠みますときにも、詠めとおっしゃるので、とてもお仕えできそうもない気持ちがいたします。どうして、字数も知らず、春に冬の歌を詠み、秋に春の歌を詠み、梅の折に菊の歌などを詠むことがございましょう。けれども、歌を詠むと言われた人の子孫は、少し人よりすぐれて、『その折の歌はこれこそだった。そうはいってもあの人の子だから』などと言われたら、それこそ詠むかいのある気持ちがするでしょう。少しも取り立てて言えるところもないのに、それでも歌らしく、我こそはと思っている様子で、真っ先に詠み出しますのは、亡き父のために気の毒でございます」などと、まじめに申し上げると、お笑いになって、「それなら、ただあなたの心にまかせましょう。私は詠めとも言いますまい」とおっしゃるので、「たいそう気が楽になりました。今はもう歌のことは考えますまい」などと言っていたころ、'

意訳

五月雨の晴れ間、作者たちは郭公の声を聞きに賀茂の奥へ出かける。高階明順の家では田舎風のもてなしを受け、稲こきや粉ひきを見物し、肝心の郭公の歌を詠むのも忘れてしまう。帰りには卯の花で牛車を飾り立て、知り合いに見せようと藤原公信を呼び出すと、公信は帯も締めずに追いかけてくる。帰参した作者は、中宮から「歌はどうしたの」と責められる。作者は、歌人として名高い清原元輔の娘であるがゆえに、半端な歌は詠みたくないと本心を打ち明け、定子から歌を詠まなくてもよいという許しを得る。歌の家に生まれた者としての作者の自負と葛藤が、ユーモアの中に率直に語られた、重要な段である。

語釈・文法注

御さうじ
御精進。物忌みや仏事のために身を清めて慎むこと。
あきのぶ
高階明順(あきのぶ)。中宮定子の母方の叔父。
侍從殿
藤原公信。一条殿(藤原為光の邸)に住んでいた。

文法

「にくき名」
聞き苦しい名。その地名を具体的には記していない。
「てつがひ」
手番(てつがい)。騎射や弓の競技で、射手を組み合わせること。
「はひぶし」
腹ばいになって。女房たちのくつろいだ姿をからかった表現。
「歌よむと言はれ侍りしすゑずゑ」
歌人として名高い家の子孫。作者の父清原元輔、曾祖父清原深養父はいずれも名高い歌人だった。
「なき人のためいとほしく」
亡き父(元輔)のために気の毒だ。父の名を汚すような歌は詠みたくない、の意。

和歌

ほととぎす鳴く音たづねに君ゆくと聞かば心を添へもしてまし

詠者
藤原公信(藤侍従)
状況
郭公の声を聞きに出かけた作者たちに、卯の花を添えて贈った歌。

ほととぎすたづねて聞きし声よりも(作者)/下蕨こそ恋しかりけれ(中宮定子)

詠者
中宮定子と清少納言の連歌
状況
定子が下の句「下蕨こそ恋しかりけれ」を詠み、作者に上の句をつけさせた。郭公の声よりも、もてなしの下蕨の方が恋しかったのでしょう、とからかった。

修辞

連歌
上の句と下の句を二人で詠み分ける。定子が先に下の句を示し、作者が上の句をつけた。

解説

郭公の声を聞きに出かけた一日を描いた日記的章段で、枕草子の中でも特に生き生きとした描写で知られる。明順の家でのもてなしや、卯の花で飾った車、帯を締めながら追いかけてくる公信など、楽しい場面が次々に描かれる。

後半の作者と定子とのやりとりは、作者の歌に対する考えを知るうえで重要である。名高い歌人の家に生まれた作者は、凡庸な歌を詠んで父祖の名を汚すことを恐れ、あえて歌を詠まないことを選ぼうとする。定子はその心情を理解し、歌を詠まない許しを与えた。この話は次の段(庚申の夜)へと続いていく。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、248–253頁(コマ127–129)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日