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枕草子 第89段 日記的章段

宮の五節出させ給ふに

中宮定子が五節の舞姫を出されたとき、付き添いの女房十二人に小忌衣を着せて皆を驚かせる。実方の中将が赤紐の解けた女房に歌を詠みかけるが、若い女房は返歌できない。作者が代わりに歌を詠んで取り次がせるが、取り次ぎの女房はうまく言えずに終わる。

五節の夜、青摺りの小忌衣を着た女房たちが並び、殿上人たちが驚き興じている場面。
五節の夜、青摺りの小忌衣を着た女房たちが並び、殿上人たちが驚き興じている場面。
  1. 1宮みや宮みやみやののの五ご五ごご出いだ出いだいださささせせせ給たま給たまたまふふうににに、、、かしづきかしづきかしずき十じふ十じふじゅう二に二にに人にん人にんにん。。。ことことことゞころゞころどころにににははは、、、御み御みみ息やす息やすやす所どころ所どころどころののの人ひと人ひとひと出いだ出いだいだすすすをををばばば、、、わろきわろきわろき事こと事ことことにににぞぞぞするするするととと聞き聞ききくくくににに、、、いかにいかにいかにおぼすおぼすおぼすかかか、、、宮みや宮みやみやののの女房にようばう女房にようばうにょうぼうををを十じふ十じふじゅう人にん人にんにん出いだ出いだいださささせせせ給たま給たまたまふふう。。。今いま今いまいま二ふた二ふたふた人り人りりははは女にょ女にょにょ院ゐん院ゐんいん、、、しげいしやしげいしやしげいしやののの人ひと人ひとひと、、、やがてやがてやがてはらからはらからはらからなりなりなりけりけりけり。。。辰たつ辰たつたつののの日ひ日ひひののの靑あを靑あをあおずりずりずりののの唐から唐からからぎぬぎぬぎぬ、、、かざみかざみかざみををを着き着ききせせせ給たま給たまたまへへえりりり。。。女房にようばう女房にようばうにょうぼうにににだにだにだにかねてかねてかねてさしもさしもさしも知し知ししらせらせらせずずず、、、殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとにににはははましてましてましていみじういみじういみじゅう隱かく隱かくかくしししててて皆みな皆みなみなさうぞくさうぞくそうぞくしししたちたちたちててて、、、暗くら暗くらくろうううなりなりなりたるたるたる程ほど程ほどほどにににもてもてもて來き來ききてててきすきすきす。。。あかあかあかひもひもひもいみじういみじういみじゅう結むす結むすむすびびび下さ下ささげげげててていみじくいみじくいみじくやうやうようしししたるたるたる白しろ白しろしろききききぬきぬきぬににに、、、かたぎかたぎかたぎのののかたかたかた繪ゑ繪ゑえにににかきかきかきたるたるたる織おり織おりおり物もの物ものものののの唐から唐からからぎぬぎぬぎぬのののうへうへうえににに着き着ききたるたるたるははは誠まこと誠まことまことにににめづらしきめづらしきめずらしき中なか中なかなかにににわらはわらはわらわははは今いま今いまいま少すこ少すこすこしししなまめきなまめきなまめきたりたりたり。。。下しも下しもしもづかへづかへづかえまでまでまでつゞきつゞきつづき立た立たたちちちててて居ゐ居ゐいたるたるたる、、、上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめ、、、殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとおどろきおどろきおどろき興きよう興きようきょうじじじててて、、、をみをみおみののの女房にようばう女房にようばうにょうぼうとととつけつけつけたりたりたり。。。
  2. 2をみをみおみのののきんだちきんだちきんだちはははとととににに居ゐ居ゐいててて物もの物ものもの言い言いいひひいなどなどなどすすす。。。五ご五ごごせちせちせちののの局つぼね局つぼねつぼねををを皆みな皆みなみなこぼちこぼちこぼちすかしすかしすかしててて、、、いといといとあやしくあやしくあやしくてててあらするあらするあらするいといといとことことことやうやうようなりなりなり。。。「「「そのそのその夜よ夜よよまでまでまでははは猶なほ猶なほなおうるはしくうるはしくうるわしくこそこそこそあらあらあらめめめ」」」とととのたまはのたまはのたまわせせせててて、、、さささももも惑まど惑まどまどははわさささずずず。。。凡き凡きき帳ちやう帳ちやうちょうどもどもどものののほころびほころびほころびゆひゆひゆいつゝつゝつつこぼれこぼれこぼれ出い出いいでででたりたりたり。。。小こ小ここ兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえととといふいふいうがががあかあかあかひもひもひもののの解と解ととけけけたるたるたるををを「「「これこれこれををを結むす結むすむすばばばゞゞばややや」」」ととといへいへいえばばば、、、實さね實さねさね方かた方かたかたののの中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうよりよりよりてててつくろふつくろふつくろうにににたゞたゞただならならならずずず。。。
  3. 3「「「あしびきあしびきあしびきののの山やま山やまやまゐゐいののの水みづ水みづみずはははこほれるこほれるこおれるをををいかなるいかなるいかなるひもひもひものののとくるとくるとくるなるなるなるらむらむらん」」」歌
  4. 4ととといひいひいいかくかくかく。。。年とし年としとしわかきわかきわかき人ひと人ひとひとのののさるさるさるけせうけせうけしょうののの程ほど程ほどほどなれなれなればばば言い言いいひひいにくきにくきにくきにににやややあらあらあらむむん、、、返かへ返かへかえしししもももせせせずずず。。。そのそのそのかたはらかたはらかたわらなるなるなるおきなおきなおきな人びと人びとびとたちたちたちもももうちうちうち捨す捨すすてててつゝつゝつつともかくもともかくもともかくも言い言いいははわぬぬぬををを、、、みやみやみやづかさづかさづかさなどなどなどははは耳みみ耳みみみみとゞめとゞめとどめてててきゝきゝききけるけるけるににに久ひさ久ひさひさしくしくしくなりなりなりにににけるけるけるかたはらいたさかたはらいたさかたわらいたさにににことことことかたかたかたよりよりより入い入いいりりりててて、、、女房にようばう女房にようばうにょうぼうのののもともともとににによりよりよりててて「「「などなどなどかうかうこうはははおはするおはするおわする」」」などなどなどぞぞぞさゝめくさゝめくささめくなるなるなるににに、、、四よ四よよ人たり人たりたりばかりばかりばかりをををへだてゝへだてゝへだてて居ゐ居ゐいたれたれたればばば、、、よくよくよく思おも思おもおもひひい得え得ええたらたらたらむむんにににもももいひいひいいにくしにくしにくし。。。ましてましてまして歌うた歌うたうたよむよむよむととと知し知ししりりりたらたらたらむむん人ひと人ひとひとのののおぼろげおぼろげおぼろげならならならざらざらざらむむんはははいかでいかでいかでかかかととと、、、つゝましきつゝましきつつましきこそこそこそはははわろけれわろけれわろけれ。。。「「「よむよむよむ人ひと人ひとひとはははさささやはやはやはあるあるある。。。いといといとめでたからめでたからめでたからねねねどどどねたうねたうねとうとととこそこそこそはははいへいへいえ」」」とととつまつまつまはじきはじきはじきをををしししてててありくありくありくもももいといといとをかしけれをかしけれおかしければばば、、、
  5. 5「「「うすうすうす氷ごほり氷ごほりごおりあわあわあわにににむすべるむすべるむすべるひもひもひもなれなれなればばばかざすかざすかざす日ひ日ひひかげかげかげにににゆるぶゆるぶゆるぶばかりばかりばかりををを」」」歌
  6. 6ととと辨べん辨べんべんのののおとゞおとゞおとどととといふいふいうににに傳つた傳つたつたへへえさすれさすれさすればばば、、、きえきえきえいりいりいりつゝつゝつつえええももも言い言いいひひいやらやらやらずずず。。。「「「などなどなどかかかなどなどなどかかか」」」ととと耳みみ耳みみみみををを傾かた傾かたかたぶけぶけぶけてててとふとふとうににに、、、少すこ少すこすこしししことことことどもりどもりどもりするするする人ひと人ひとひとのののいみじういみじういみじゅうつくろひつくろひつくろい、、、めでたしめでたしめでたしととと聞き聞ききかかかせせせむむんととと思おも思おもおもひひいけれけれければばば、、、えええもももいひいひいいつゞけつゞけつづけずずずなりなりなりぬるぬるぬるこそこそこそなかなかなかなかなかなか耻はぢ耻はぢはじかくすかくすかくす心ここ心ここここちちちしししてててよかりよかりよかりしかしかしか。。。おりおりおりのぼるのぼるのぼる送おく送おくおくりりりなどなどなどににになやましなやましなやましととといひいひいい入い入いいれれれぬるぬるぬる人ひと人ひとひとをををももも、、、のたまはのたまはのたまわせせせしかしかしかばばば、、、あるあるあるかぎりかぎりかぎりむれむれむれ立た立たたちちちてててごとごとごとにににももも似に似ににずずず、、、あまりあまりあまりこそこそこそうるさげうるさげうるさげなななめれめれめれ。。。まひまひまい姫ひめ姫ひめひめはははすけまさすけまさすけまさのののうまうまうまのののかみかみかみのののむすめむすめむすめ、、、染そめ染そめそめ殿どの殿どのどのののの式しき式しきしき部ぶ部ぶぶ卿きやう卿きやうきょうののの宮みや宮みやみやののの御おほん御おほんおおん弟おとうと弟おとうとおとうとののの四し四ししののの君きみ君きみきみののの御おほん御おほんおおんはらはらわら十じふ十じふじゅう二に二にににてにてにていといといとをかしげをかしげおかしげなりなりなり。。。はてはてはてののの夜よ夜よよもももおひおひおいかづきかづきかずきいくいくいくもももさわがさわがさわがずずず。。。やがてやがてやがてしゞうしゞうしじゅう殿でん殿でんでんよりよりよりとほりとほりとおりててて淸せい淸せいせい凉りやう凉りやうりょう殿でん殿でんでんののの前まへ前まへまえののの東ひんがし東ひんがしひんがしのののすのこすのこすのこよりよりより、、、舞まひ舞まひまい姫ひめ姫ひめひめをををさきさきさきにてにてにてうへうへうえののの御み御みみ局つぼね局つぼねつぼねへへへ參まゐ參まゐまいりりりしししほどほどほどをかしかりをかしかりおかしかりききき。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

中宮様が五節の舞姫をお出しになったとき、付き添いの女房は十二人。よそでは、女御や御息所付きの女房を出すのはよくないことにしていると聞くのに、どうお思いになったのか、中宮様付きの女房を十人お出しになる。あと二人は、女院付きと淑景舎付きの人で、そのまま姉妹なのだった。辰の日の夜、青摺りの唐衣と汗衫をお着せになった。女房にさえ前もってそうとは知らせず、殿上人にはなおさらひどく隠して、みな装束を整えて、暗くなったころに持って来て着せる。赤紐をたいそう長く結び下げて、たいそう光沢を出した白い衣に、型木の模様を絵に描いた織物の唐衣の上に着ているのは、本当に珍しい中でも、童女はもう少し優美だった。下仕えの者まで続いて立ち並んでいるのを、上達部や殿上人が驚き面白がって、「小忌の女房」と名づけた。', '小忌の公達は、外にいて話などをする。五節の局をみな取り壊して透かして、たいそう見苦しい様子で置いておくのは、たいそう異様である。中宮様は「その夜までは、やはりきちんとしておくのがよいでしょう」とおっしゃって、そう散らかしもさせない。几帳のほころびを結んでは、袖口などがこぼれ出ている。小兵衛という女房が、赤紐が解けているのを「これを結びたいわ」と言うと、実方の中将が寄ってきて結び直すのに、ただではすまない。', '山の井の水は凍っているのに、どういう紐が解けているのだろう(どういう心が打ち解けているのだろう)。', 'と詠みかける。年の若い人で、そういう人目の多い場なので、言いにくいのだろうか、返歌もしない。そのそばにいる年配の女房たちも放っておいて、何とも言わないのを、中宮職の役人などは耳をそばだてて聞いていたが、時間がたってしまったのがいたたまれないので、別の方から入ってきて、女房のもとに寄って、「どうしてこんなふうでいらっしゃるのですか」などとささやいているようだが、私は四人ほど隔てて座っていたので、よく思いついたとしても言いにくい。まして、歌を詠むと知られている人が、並一通りでない歌はどうして詠めようかと、気がひけるのはよくないことだ。「歌を詠む人はそんなことでよいのですか。たいしてすばらしくなくても、気のきいた返しを言うものなのに」と、爪はじきをして歩き回るのもたいそうおかしいので、', '薄氷が泡のように結んでいる紐ですから、かざす日の光で緩むだけのことです。', 'と、弁のおもとという女房に伝えさせると、恥ずかしさに消え入りそうで、とても言いおおせない。実方の中将は「何だ、何だ」と耳を傾けて尋ねるが、少し言葉のつかえる人が、たいそう取りつくろって、すばらしいと聞かせようと思ったので、とうとう言い終えられずに終わったのが、かえって恥を隠す気がしてよかった。舞姫の参内・退出の送りなどに、気分が悪いと言って引きこもっていた人をも、中宮様が声をおかけになったので、いる限りの女房が群れ立って、ほかの所とも違い、あまりにやかましいほどのようだ。舞姫は、相尹の馬頭の娘で、染殿の式部卿宮の弟の四の君のお腹の子で、十二歳でたいそうかわいらしい。最後の夜も、おぶわれて出て行く時も騒がない。そのまま仁寿殿から通って、清涼殿の前の東の簀子から、舞姫を先に立てて、上の御局へ参上したときは、趣深かった。'

意訳

中宮定子が五節の舞姫を出した年の思い出。定子は、ふつうは出さない自分付きの女房たちに、ひそかに用意させた小忌衣を着せ、殿上人たちを驚かせた。その華やかな場で、実方の中将が若い女房に恋の歌を詠みかけるが、女房は返歌できない。見かねた作者が代わりの歌を詠み、別の女房に伝えさせるが、その女房は口ごもってしまい、歌は伝わらずに終わる。作者は、かえって恥をかかずにすんでよかった、と結ぶ。五節の華やぎと、歌のやりとりをめぐる宮廷人の緊張感とが伝わる段である。

語釈・文法注

五せち
五節の舞。十一月の新嘗祭や大嘗祭の際に、未婚の少女が舞う舞。公卿や受領の家から舞姫を出し、付き添いの女房(かしづき)も華やかに装った。

文法

「をみの女房」
小忌の女房。小忌衣(青摺りの衣)を着た女房。本来、小忌衣は神事に奉仕する男性が着るもので、女房に着せたのは定子の趣向だった。
「けせう」
顕証(けしょう)。人目につくこと、あらわなこと。
「ことどもりする人」
言葉のつかえる人。

和歌

あしびきの山井の水はこほれるをいかなる紐の解くるなるらむ

詠者
藤原実方
状況
五節の夜、赤紐の解けた小兵衛を見て詠みかけた歌。

修辞

縁語
「山井」は小忌衣に摺る山藍、「紐」は小忌衣の赤紐。「解く」に紐が解けると心が打ち解けるをかける。

うす氷あわにむすべる紐なればかざす日かげにゆるぶばかりを

詠者
清少納言
状況
返歌できない若い女房に代わって、作者が詠んで取り次がせた歌。

修辞

掛詞
「日かげ」に日の光と、五節で冠に付ける日陰の葛(ひかげのかずら)をかける。

解説

中宮定子が五節の舞姫を出した正暦四年(993)ごろの回想である。定子が女房たちに小忌衣を着せて人々を驚かせた趣向は、定子の才気と遊び心をよく示している。

実方の中将の歌に、作者が代わって返歌を詠む場面には、歌を詠む者としての作者の自負と、場の空気を読む繊細な配慮とが表れている。結局、取り次いだ女房が言いよどんで歌は伝わらなかったが、作者はそれをかえってよかったと受けとめている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、240–242頁(コマ123–124)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日