枕草子 第82段 日記的章段
里にまかでたるに
里に下がった作者の居所を、宰相中将斉信が則光にしつこく尋ねる。則光は笑いをこらえて海布を食べてごまかす。後に則光から居所を明かしてよいかと問う手紙が来ると、作者は海布を包んで返すが、則光は意味を悟らない。則光とはその後、歌をめぐって仲違いし、疎遠になっていく。

- 1里里さとにににまかでまかでまかでたるたるたるににに、、、殿上人殿上人てんじょうびとなどなどなどのののくるくるくるももも安安やすからからからずずずぞぞぞ人々人々ひとびといひいひいいなすなすなすなるなるなる。。。いといといとあまりあまりあまり心心こころににに引引ひきききいりいりいりたるたるたるおぼえおぼえおぼえはははたたたなけれなけれなければばば、、、さささ言言いははわむむん人人ひともももにくからにくからにくからずずず。。。又又またよるよるよるももも晝晝ひるもももくるくるくる人人ひとをををばばば何何なにかかかはははなしなしなしなどなどなどもももかゝやきかゝやきかかやきかへさかへさかえさむむん。。。まことまことまことににに睦睦むつましくしくしくなどなどなどあらあらあらぬぬぬもももさささこそこそこそはははくくくめれめれめれ。。。あまりあまりあまりうるさくうるさくうるさくもももげにげにげにあれあれあればばばこのこのこのたびたびたび出出いでででたるたるたる所所ところをををばばばいづくいづくいずくともともともなべてなべてなべてにににははは知知しらせらせらせずずず。。。つねふさつねふさつねふさ、、、なりまさなりまさなりまさののの君君きみなどなどなどばかりばかりばかりぞぞぞ知知しりりり給給たまへへえるるる。。。
- 2左左さ衞衞え門門もんのののぞうぞうぞうのりみつのりみつのりみつががが來來きててて物物もの語語がたりなどなどなどするするするついでついでついでににに、、、「「「きのふきのふきのうももも宰宰さい相相しょう中將中將ちゅうじょうののの、、、妹妹いもうとのののありありありどころどころどころさりともさりともさりとも知知しらららぬぬぬやうやうようあらあらあらじじじととといみじういみじういみじゅう問問とひひい給給たまひひいしししににに更更さらににに知知しらららぬぬぬよしよしよし申申もうしししゝゝしににに、、、あやにくあやにくあやにくににに强强しひひい給給たまひひいししし事事ことなどなどなどいひいひいいてててあるあるある事事ことあらがふあらがふあらがうはははいといといとわびしうわびしうわびしゅうこそこそこそありありありけれけれけれ。。。ほどほどほどほどほどほどゑみゑみえみぬぬぬべかりべかりべかりしししににに、、、左左さ中將中將ちゅうじょうのののいといといとつれなくつれなくつれなく知知しらららずずず顏顏がおにてにてにて居居い給給たまへへえりりりしししををを、、、かのかのかの君君きみににに見見みだにだにだにあはせあはせあわせばばばゑみゑみえみぬぬぬべかりべかりべかりしししにににわびわびわびててて、、、臺臺だい盤盤ばんのののうへうへうえにににあやしきあやしきあやしきのののありありありしししををを、、、唯唯ただとりとりとりににに取取とりりりてててくひくひくい紛紛まぎらはしらはしらわしゝゝしかかかばばば、、、ちうげんちうげんちゅうげんにににあやしあやしあやしののの食食くひひい物物ものやややととと人人ひとももも見見みけむけむけむかしかしかし。。。されされされどどどかしこうかしこうかしこうそれそれそれにてにてにてなむなむなん申申もうさささずずずなりなりなりにににししし。。。笑笑わらひひいなななましかましかましかばばばふようふようふようぞぞぞかしかしかし。。。まことまことまことににに知知しらららぬぬぬなななめりめりめりとととおぼしおぼしおぼしたりたりたりしししももも、、、をかしうをかしうおかしゅうこそこそこそ」」」などなどなど語語かたれれればばば「「「更更さらにににななな聞聞きこえええ給給たまひひいそそそ」」」などなどなどいとゞいとゞいとどいひいひいいててて日日ひごろごろごろ久久ひさしくしくしくなりなりなりぬぬぬ。。。
- 3夜夜よいたくいたくいたく更更ふけけけててて門門かどおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくたゝけたゝけたたけばばば、、、何何なにのののかくかくかく心心こころもとなくもとなくもとなく遠遠とおからからからぬぬぬ程程ほどをををたゝくたゝくたたくらむらむらんととと聞聞ききききててて問問とはははすれすれすればばば、、、瀧瀧たき口口ぐちなりなりなりけりけりけり。。。左左さ衞衞え門門もんののの文文ふみとてとてとて文文ふみをををもてもてもてきききたりたりたり。。。皆皆みなねねねたるたるたるににに火火ひちかくちかくちかく取取とりりりよせよせよせててて見見みれれればばば「「「あすあすあすみどきやうみどきやうみどきょうのののけちぐわんけちぐわんけちがんにてにてにて宰宰さい相相しょう中將中將ちゅうじょうののの御御おおん物物ものいみいみいみにににこもりこもりこもり給給たまへへえるるるににに、、、妹妹いもうとのののありありあり所所どころ申申もうせせせととと責責せめめめらるゝらるゝらるるににに、、、すぢすぢすじなしなしなし更更さらにににえええ隱隱かくししし申申もうすすすまじきまじきまじき。。。そこそこそことととややや聞聞きかかかせせせ奉奉たてまつるるるべきべきべき。。。いかにいかにいかに仰仰おおせせせににに從從したがははわむむん」」」とととぞぞぞいひいひいいたるたるたる。。。返返かえりりり事事ごとももも書書かかかかでででめめめををを一一いつ寸寸すんばかりばかりばかり紙紙かみにににつゝみつゝみつつみてててやりやりやりつつつ。。。さてさてさて後後のちにににきききててて「「「一一ひと夜夜よ責責せめめめててて問問とはははれれれててて、、、すゞろすゞろすずろなるなるなる所所ところにににゐゐいてててありきありきありき奉奉たてまつりりりててて、、、まめやかまめやかまめやかにににさいなむさいなむさいなむにににいといといとからしからしからし。。。さてさてさてとかくとかくとかくももも御御おおんかへりかへりかえりのののなくなくなくてててそゞろそゞろそぞろなるなるなるめめめのののはしはしはしをををつゝみつゝみつつみててて賜賜たまへへえりりりしかしかしかばばば、、、とりとりとりたがへたがへたがえたるたるたるにににややや」」」ととといふいふいうににに、、、あやしあやしあやしのののたがへたがへたがえものものものややや、、、人人ひとのののもともともとにににさるさるさる物物ものつゝみつゝみつつみててて贈贈おくるるる人人ひとやはやはやはあるあるある。。。いさゝかいさゝかいささかももも心心こころ得得えざりざりざりけるけるけるととと、、、見見みるるるがががにくけれにくけれにくければばば物物ものもももいはいはいわででで硯硯すずりのののあるあるある紙紙かみのののはしはしはしににに、、、
- 4「「「かづきかづきかずきするするするあまあまあまのののすみかすみかすみかはははそこそこそこなりなりなりとととゆめゆめゆめいふいふいうなななとととやややめめめをををくはせくはせくわせけむけむけん」」」歌
- 5とととかきかきかきててて出出いだしししたれたれたればばば「「「歌歌うたよまよまよませせせ給給たまひひいつるつるつるかかか。。。更更さらににに見見み侍侍はべらららじじじ」」」とてとてとてあふぎあふぎおうぎかへしかへしかえしてててにげにげにげててていぬいぬいぬ。。。かうかうこうかたみかたみかたみにににうしろみうしろみうしろみかたらひかたらひかたらいなどなどなどするするする中中なかににに、、、何何なにごとごとごとともともともなくなくなくててて少少すこししし中中なかあしくあしくあしくなりなりなりたるたるたる頃頃ころ文文ふみおこせおこせおこせたりたりたり。。。「「「びんなきびんなきびんなき事事こと侍侍はべるるるともともとも、、、契契ちぎりりり聞聞きこえええししし事事ことははは捨捨すててて給給たまははわでででよそよそよそにてにてにてもももさささぞぞぞなどなどなどははは見見み給給たまへへえ」」」ととといひいひいいたりたりたり。。。常常つねにににいふいふいう事事ことははは「「「おのれおのれおのれをををおぼさおぼさおぼさむむん人人ひとははは歌歌うたなどなどなどよみよみよみてててえええさすさすさすまじきまじきまじき。。。すべてすべてすべてあだあだあだかたきかたきかたきとととなむなむなん思思おもふふうべきべきべき。。。今今いまはははかぎりかぎりかぎりありありありててて絕絕たえええなななむむんととと思思おもははわむむん時時とき、、、さるさるさる事事ことはははいへいへいえ」」」ととといひいひいいしかしかしかばばば、、、このこのこの返返かえしししににに、、、
- 6「「「くづれくづれくずれよるよるよる妹妹いも脊脊せののの山山やまのののなかなかなかなれなれなればばばさらにさらにさらによしよしよし野野のののの川川かわとととだにだにだに見見みじじじ」」」歌
- 7ととといひいひいい遣遣やりりりたりたりたりしししももも、、、まことまことまことににに見見みずずずやややなりなりなりにににけむけむけん、、、かへりかへりかえりごとごとごともももせせせずずず。。。さてさてさてかうぶりかうぶりこうぶり得得えててて、、、とほたあふみとほたあふみとおとうみのののすけすけすけなどなどなどいひいひいいしかしかしかばばば、、、にくゝにくゝにくくしししてててこそこそこそやみやみやみにににしかしかしか。。。
現代語訳
里に下がっていると、殿上人などが訪ねてくるのも、穏やかでないように人々が言いふらしているらしい。たいそうひどく奥に引きこもっているという評判もないので、そう言う人も憎らしくはない。また、夜も昼も訪ねてくる人を、どうして居留守を使って追い返したりできようか。本当に親しくもない人も、そのように訪ねてくるようだ。あまりにうるさくもあるので、今度里に出た所は、どこともみんなには知らせていない。経房や済政の君などだけがご存じである。', '左衛門尉の則光が来て話などをするついでに、「昨日も宰相中将殿が、『妹の居場所を、まさか知らないことはあるまい』と、ひどくお尋ねになったので、まったく知らない旨を申し上げたのに、意地悪くしつこく問い詰めなさったことなど、知っていることを否定するのは、たいそうつらいことでした。もう少しで笑い出してしまいそうだったのに、左中将がたいそう平然と知らん顔をして座っていらっしゃったので、あの方と目でも合わせたら笑ってしまいそうで困って、台盤の上に粗末な海藻があったのを、ただ手当たり次第に取って食べてごまかしたので、時ならぬおかしな食べ物を食べるものだと、人も見たことでしょう。けれども、うまいことに、それで言わずにすんだのです。笑ったりしたら、だいなしでしたよ。本当に知らないらしいとお思いになったのも、おかしくて」などと話すので、「決してお教えなさいますな」などといっそう念を押して、何日もたった。', '夜がたいそうふけてから、門をひどく騒がしくたたくので、何の用でこんなにせわしなく、遠くもない所をたたくのだろうと聞いて、問わせると、滝口の武士であった。左衛門尉からの手紙だといって手紙を持ってきた。みな寝ていたので、灯火を近くに取り寄せて見ると、「明日、御読経の結願で、宰相中将が御物忌みにこもっていらっしゃるところに、『妹の居場所を申せ』と責められるので、どうしようもない。とても隠し申し上げられそうもない。そこだとお教え申し上げようか。どうしましょう、お言葉に従いましょう」と書いてある。返事も書かずに、海布を一寸ほど紙に包んで送った。さてその後、則光が来て、「先夜は責めて問いただされて、あちこち見当違いの所を連れ回し申し上げて、本気でとがめられるので、たいそうつらかった。それなのに、何のお返事もなくて、つまらない海布の切れ端を包んでくださったので、取り違えなさったのかと」と言うので、なんとまあ妙な取り違えだこと、人のところにそんなものを包んで送る人などいるものか、少しも分からなかったのだと、見るのも憎らしいので、何も言わずに、硯のそばにある紙の端に、', '海に潜る海人の住みかはそこだと、決して言うなと思って、海布(め)を食べさせたのでしょうか。', 'と書いて差し出すと、「歌をお詠みになったのですか。決して見ますまい」と言って、扇であおぎ返して逃げていった。このように互いに世話をし合い、親しくしていたのに、何ということもなく少し仲が悪くなったころ、則光が手紙をよこした。「不都合なことがございましても、お約束申し上げたことはお見捨てにならないで、よそながらでも、兄だなどとお思いください」と書いてあった。いつも言っていたことは、「私を思ってくださる人は、歌などを詠んで寄こしてはいけません。すべて仇敵と思いましょう。今はもうこれまでで絶交しようと思う時に、そういうことはしてください」と言っていたので、この返事に、', '崩れて寄ってくる妹背の山の間ですから、もはや吉野の川のような兄妹の仲とさえ見ますまい。', 'と言ってやったのも、本当に見なかったのだろうか、返事もしない。その後、則光は五位に叙せられて、遠江の介などということになったので、疎遠なまま終わってしまった。'
意訳
里に下がった作者の居場所を、斉信が則光に執拗に尋ねる。則光は笑いをこらえるために台盤の海藻を口に詰め込んでごまかした。その後、とうとう隠しきれなくなった則光から、居所を教えてよいかと問う手紙が届く。作者は返事の代わりに海布(め)を包んで送った。「め」を「目くばせ」にかけ、口外するなという意味を込めたのだが、則光はまったく理解しない。作者はあきれて歌で謎解きをするが、則光は「歌など見たくない」と逃げていく。歌を嫌う武骨な則光と、機知を好む作者。二人の性格の違いが、やがて疎遠へとつながっていくさまが、ユーモアの中にほろ苦さをにじませて描かれている。
語釈・文法注
- 宰相中將殿
- 藤原斉信。このころ参議(宰相)で近衛中将を兼ねていた。
- め
- 海布(め)。ワカメなど食用の海藻。作者はこれを包んで送り、「目くばせ」や「口に入れて黙っていよ」の意を込めた。
文法
- 「かゝやきかへさむ」
- 恥をかかせて追い返そうか。反語。
- 「ちうげんに」
- 中間(ちゅうげん)に。中途半端に、時ならず。
- 「ふようぞかし」
- 不用だ。だいなしだ。
- 「みどきやうのけちぐわん」
- 御読経の結願。季の御読経(宮中で行われる大般若経の転読)の最終日。
- 「すぢなし」
- どうしようもない。
和歌
かづきするあまのすみかはそこなりとゆめいふなとやめをくはせけむ
- 詠者
- 清少納言
- 状況
- 則光が、作者が送った海布の意味を理解しなかったので、その意図を説明した歌。
修辞
- 掛詞
- 「そこ」に「其処(そこ)」と「底」、「め」に「海布(め)」と「目(目くばせ)」をかける。
- 縁語
- 「かづき(潜き)」「あま(海人)」「そこ(底)」「め(海布)」は海の縁語。
くづれよる妹背の山のなかなればさらによし野の川とだに見じ
- 詠者
- 清少納言
- 状況
- 仲違いした則光が、兄妹の約束は捨てないでほしいと手紙をよこしたのに対する返歌。則光が嫌う歌であえて返し、絶交の意を示した。
修辞
- 掛詞
- 「よし野」に「吉野」と「良し」をかける。
- 歌枕
- 妹背山と吉野川は大和の歌枕で、吉野川を挟んで妹山・背山が向き合う。兄妹(せうと・いもうと)の仲にたとえた。
解説
作者と橘則光との関係を描いた日記的章段である。則光は作者のかつての夫とされ、離別後も「兄・妹」と呼び合う親しい関係にあった。しかし則光は和歌を嫌う実直な武官で、機知を好む作者とは感性が合わなかった。
海布を送る謎かけを則光が理解できない場面は、二人の性格の違いを端的に示す、ユーモラスな逸話である。最後の、歌を嫌う則光にあえて歌で返し、そのまま疎遠になったという結びには、ほろ苦い余韻が残る。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、228–230頁(コマ117–118)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日