枕草子 第47段 類聚的章段
木は
花の咲かない木を挙げ、そばの木、真弓、宿り木、榊、楠、檜、楓、翌檜、ねずもち、白樫、ゆずりは、柏木、棕櫚などについて、その名や姿、まつわる和歌や習俗から感じる趣を語る。

- 1木木きははは題
- 2桂桂かつら、、、五五ご葉葉よう、、、柳柳やなぎ、、、橘橘たちばな。。。そばそばそばののの木木きはははしたなきしたなきしたなき心心ここちちちすれすれすれどもどもども花花はなののの木木きどもどもどもちりちりちりはてゝはてゝはてて、、、おしなべおしなべおしなべたるたるたる綠綠みどりににになりなりなりたるたるたる中中なかににに、、、時時ときもももわかわかわかずずず濃濃こききき紅紅もみ葉葉じのののつやめきつやめきつやめきててて、、、思思おもひひいかけかけかけぬぬぬ靑靑あお葉葉ばののの中中なかよりよりよりさしさしさし出出いでででたるたるたる珍珍めずらしらしらし。。。まゆみまゆみまゆみ更更さらにににもももいはいはいわずずず。。。そのそのその物物ものどもどもどもなけれなけれなけれどどどやどりやどりやどり木木ぎととといふいふいう名名ないといといとあはれあはれあわれなりなりなり。。。榊榊さかき、、、臨臨りん時時じののの祭祭まつり御御み神神か樂樂ぐらのののをりをりおりなどなどなどいといといとをかしをかしおかし。。。世世よににに木木きどもどもどもこそこそこそあれあれあれ、、、神神かみののの御御お前前まえののの物物ものととといひいひいいはじめはじめはじめけむけむけんもももとりわきとりわきとりわきをかしをかしおかし。。。くすのきくすのきくすのきははは木木こ立立だち多多おおかるかるかる所所ところにににももも殊殊ことにににまじらひまじらひまじらいたてたてたてらららずずず、、、おどろおどろしきおどろおどろしきおどろおどろしき思思おもひひいやりやりやりなどなどなどうとましきうとましきうとましきををを、、、ちえちえちえにににわかれわかれわかれててて戀戀こいするするする人人ひとのののためしためしためしにににいはいはいわれれれたるたるたるぞぞぞ、、、誰誰たれかかかはははかずかずかずををを知知しりりりててていひいひいい始始はじめめめけむけむけんとととおもふおもふおもうにににをかしをかしおかし。。。ひひひののの木木き、、、人人ひとぢかゝらぢかゝらぢかからぬぬぬものものものなれなれなれどどどみつみつみつ葉葉ばよつよつよつ葉葉ばののの殿殿とのづくりづくりずくりもももをかしをかしおかし。。。五月五月ごがつににに雨雨あめののの聲聲こえまねぶまねぶまねぶらむらむらんもももをかしをかしおかし。。。楓楓かえでののの木木き、、、さゝやかさゝやかささやかなるなるなるにににももも、、、もえもえもえ出出いでででたるたるたる梢梢こずえのののあかみあかみあかみててておなじおなじおなじかたかたかたにににさしさしさしひろごりひろごりひろごりたるたるたる葉葉はのののさまさまさま、、、花花はなもももいといといと物物ものはかなげはかなげはかなげにてにてにてむしむしむしなどなどなどののの枯枯かれれれたるたるたるやうやうようにてにてにてをかしをかしおかし。。。
- 3あすはひあすはひあすはひののの木木き、、、このこのこの世世よ近近ちかくくくももも見見みえええきこえきこえきこえずずず。。。みたけみたけみたけににに詣詣もうでゝでゝでて歸歸かえるるる人人ひとなどなどなどしかしかしかもてもてもてありくありくありくめるめるめる。。。枝枝えだざしざしざしなどなどなどのののいといといと手手てふれふれふれにくげにくげにくげにににあらあらしけれあらあらしけれあらあらしけれどどど、、、何何なにののの心心こころありありありてててあすはひあすはひあすはひののの木木きとととつけつけつけゝむゝむけむ、、、あぢきなきあぢきなきあじきなきかねかねかねごとごとごとなりなりなりややや。。。誰誰たれにににたのめたのめたのめたるたるたるにににかかかあらあらあらむむんととと思思おもふふうににに知知しらららまほしうまほしうまほしゅうをかしをかしおかし。。。ねずもちねずもちねずもちののの木木き、、、ひとひとひとなみなみなみなみなみなみなるなるなるべきべきべきさまさまさまにににもももあらあらあらねねねどどど葉葉はのののいみじういみじういみじゅうこまかこまかこまかにににちひさきちひさきちいさきがががをかしきをかしきおかしきなりなりなり。。。あふちあふちあうちののの木木き、、、山山やま梨梨なしののの木木き、、、椎椎しいののの木木きははは、、、ときはときはときわぎぎぎはははいづれいづれいずれもももあるあるあるををを、、、それそれそれしもしもしも葉葉はがへがへがへせせせぬぬぬためしためしためしにににいはいはいわれれれたるたるたるもももをかしをかしおかし。。。しらかししらかししらかしなどなどなどいふいふいうものものもの、、、ましてましてましてみやまみやまみやまぎぎぎののの中中なかにににもももいといといとけどほくけどほくけどおくててて、、、三位三位さんみ二二に位位いのののうへうへうえのののきぬきぬきぬそむるそむるそむる折折おりばかりばかりばかりぞぞぞ葉葉はをををだにだにだに人人ひとののの見見みるるるめるめるめる。。。めでたきめでたきめでたき事事ことをかしきをかしきおかしき事事ことにににとりとりとり出出いづづずべくべくべくもももあらあらあらねねねどどど、、、いついついつとととなくなくなく雪雪ゆきののの降降ふりりりたるたるたるににに見見みまがへまがへまがえられられられててて、、、そさのをそさのをそさのおのののののの出出いず雲雲ものののくにくにくににににおはしおはしおわしけるけるける御御おおん事事ことををを思思おもひひいててて、、、人人ひと丸丸まろががが詠詠よみみみたるたるたる歌歌うたなどなどなどををを見見みるるる、、、いみじういみじういみじゅうあはれあはれあわれなりなりなり。。。いふいふいう事事ことにてにてにてもももをりをりおりにににつけつけつけてててももも一一ひとふしふしふしあはれあはれあわれともともともをかしをかしおかしともともとも聞聞ききききおきおきおきつるつるつる物物ものははは、、、草草くさももも木木きももも鳥鳥とり蟲蟲むしもももおろかおろかおろかにににこそこそこそ覺覺おぼえええねねね。。。
- 4ゆづりはゆづりはゆずりはのののいみじういみじういみじゅうふさやかふさやかふさやかにににつやめきつやめきつやめきたるたるたるははは、、、いといといと靑靑あおううう淸淸きよげげげなるなるなるににに思思おもひひいかけかけかけずずず似似にるるるべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。くきくきくきののの赤赤あこうううきらきらしうきらきらしうきらきらしゅう見見みえええたるたるたるこそこそこそ賤賤いやしけれしけれしけれどもどもどもをかしけれをかしけれおかしけれ。。。なべてなべてなべてののの月月つきごろごろごろははは露露つゆももも見見みえええぬぬぬものものものゝゝのしはすしはすしわすのののつごもりつごもりつごもりにににしもしもしも時時ときめきめきめきててて、、、なきなきなきひとひとひとのののくひくひくい物物ものにににもももしくしくしくにににやややととと哀哀あわれなるなるなるににに、、、又又またよはひよはひよわいのぶるのぶるのぶる齒齒は固固がたののの具具ぐにににもももしししてててつかひつかひつかいたたためるめるめるははは、、、いかなるいかなるいかなるにににかかか。。。「「「紅紅もみ葉葉じせせせむむん世世よややや」」」ととといひいひいいたるたるたるもももたのもしたのもしたのもし。。。柏柏かしわいといといとをかしをかしおかし。。。はもりはもりはもりののの神神かみのののますますますらむらむらんもももいといといとかしこしかしこしかしこし。。。兵兵ひょう衞衞えののの佐佐すけ、、、ぞうぞうぞうなどなどなどをををいふいふいうらむらむらんもももをかしをかしおかし。。。すがたすがたすがたなけれなけれなけれどどどすろすろすろののの木木きからからからめきめきめきてててわろきわろきわろき家家いえのののものものものとととははは見見みえええずずず。。。
現代語訳
木は。
桂。五葉の松。柳。橘。そばの木は、品がないような感じがするけれど、花の咲く木々がすっかり散ってしまって、一面の緑になっている中に、季節もかまわず濃い紅葉がつやつやとして、思いがけず青葉の中から差し出ているのは珍しい。真弓は言うまでもない。それほどの木ではないけれど、宿り木という名はたいそうしみじみとしている。榊は、臨時の祭の御神楽の折などに、たいそう趣がある。世の中に木はいろいろあるけれど、神の御前のものと言い始めたというのも、格別に趣がある。楠は、木立の多い所にも特に交じって立つことはなく、大げさで仰々しい感じがいとわしいけれど、千枝に分かれていることから、恋する人の思いの乱れのたとえに言われているのは、誰が枝の数を知っていて言い始めたのだろうと思うとおもしろい。檜の木は、人里近くにはないものだけれど、「三つ葉四つ葉の殿造り」と歌われるのも趣がある。五月に雨の音をまねるというのもおもしろい。楓の木は、小さな木でも、萌え出た梢が赤みを帯びて、同じ方向に広がっている葉の様子や、花もたいそう頼りなげで、虫などが枯れたような様子なのが趣がある。
翌檜の木は、身近には見かけたり聞いたりしない。御嶽に参詣して帰る人などが、そんなふうに持って帰るようだ。枝ぶりなどは、手を触れにくそうに荒々しいけれど、どういうつもりで「あすは檜(明日は檜になろう)」と名づけたのだろう。むなしい約束であることよ。誰に頼みにさせているのだろうと思うと、知りたくておもしろい。ねずもちの木は、人並みに数えられるような木でもないけれど、葉がたいそう細かく小さいのがおもしろいのである。楝の木、山梨の木。椎の木は、常緑樹はどれでもあるのに、それだけが葉の落ちない例として言われているのもおもしろい。白樫などというものは、まして深山の木の中でもたいそう人里離れていて、三位・二位の袍を染めるときくらいしか、葉さえ人が見ることはないようだ。すばらしいこと、おもしろいこととして取り上げるべきものでもないけれど、いつということなく雪が降っているように見間違えられて、素戔嗚尊が出雲の国にいらっしゃった御事を思って、人麻呂が詠んだ歌などを見ると、たいそうしみじみとする。何かの言葉の上でも、何かの折につけても、一つでもしみじみとした、あるいは趣のあることとして聞き知っているものは、草も木も鳥や虫も、いいかげんには思われない。
ゆずりはが、たいそうふさふさとつやめいているのは、たいそう青々ときれいで、思いがけず、ほかの木とは似ても似つかない。茎が赤くきらきらと見えているのは、品がないけれど趣がある。ふだんの月々にはまったく見かけないのに、十二月の末にだけもてはやされて、亡き人に供える食べ物にも敷くのだろうかとしみじみと思われるのに、また寿命を延ばす歯固めの道具にも使っているようなのは、どういうわけだろう。「紅葉せむ世や」と歌に詠まれているのも頼もしい。柏木はたいそう趣がある。葉守りの神がいらっしゃるというのも、たいそう恐れ多い。兵衛の佐や尉などを「柏木」と言うのもおもしろい。姿に風情はないけれど、棕櫚の木は唐風で、身分の低い家のものとは見えない。
意訳
花の咲かない木々を挙げる段。作者が心ひかれるのは、木そのものの姿よりも、その名前や、まつわる和歌・習俗・伝説である。「宿り木」「明日は檜」という名の響き、千枝に分かれる楠が恋の思い乱れのたとえになること、白樫の白い葉から素戔嗚尊の出雲の歌を思い出すこと。最後に作者は、言葉や折につけて一度でも心に残ったものは、草も木も鳥も虫もおろそかには思えない、と述べる。この一文は、枕草子全体を貫く作者の姿勢を言い表したものとして知られる。
語釈・文法注
- そさのをのみこと
- 素戔嗚尊。出雲で八岐大蛇を退治し、「八雲立つ出雲八重垣」の歌を詠んだと伝えられる神。
- 齒固め
- 正月に、長寿を願って堅い餅や大根などを食べる儀式。ゆずりははその飾りに用いた。
- 柏木
- 柏の木。葉守りの神が宿るとされた。また、兵衛府の官人の異名でもあった。
文法
- 「ちえにわかれて戀する人のためし」
- 「和泉なる信太の森の楠の千枝に分かれて物をこそ思へ」(古今六帖)の歌による。
- 「みつ葉よつ葉の殿づくり」
- 催馬楽「この殿は」の一節で、檜造りの立派な御殿をたたえる。
- 「あすはひの木」
- 翌檜(あすなろ)。「明日は檜になろう」という意味の名と解されていた。
- 「紅葉せむ世や」
- 「旅人に宿かすが野のゆづるはの紅葉せむ世や君を忘れむ」(古今六帖)。ゆずりはが紅葉することはないので、君を忘れることはない、の意。
- 「おろかにこそ覺えね」
- いいかげんには思われない。「こそ…ね」の係り結び。
解説
花の咲かない木を挙げた類聚的章段である。挙げられる木の多くは、その名前や和歌・神事との結びつきによって選ばれており、作者の関心が言葉の世界に向いていることがよくわかる。
中ほどの「いふ事にてもをりにつけても一ふしあはれともをかしとも聞きおきつる物は、草も木も鳥蟲もおろかにこそ覺えね」は、類聚的章段全体の態度を自ら説明した一文として重要である。物そのものだけでなく、それにまつわる言葉や記憶が、ものの価値をつくるのである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、203–205頁(コマ104–105)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日