枕草子 第46段 類聚的章段
節は
節句の中では五月五日の端午の節句に勝るものはないとして、菖蒲や蓬の香り、宮中に献上される薬玉、菖蒲の根を手紙に添える人々や、晴れ着の子どもたちなど、節句の日のにぎわいを描く。

- 1ははは題
- 2五月五月ごがつにににしくしくしくはははなしなしなし。。。さうぶさうぶそうぶよもぎよもぎよもぎなどなどなどのののかをりかをりかおりあひあひあいたるたるたるもももいみじういみじういみじゅうをかしをかしおかし。。。九重九重ここのえののの內內うちをををはじめはじめはじめててていひいひいいしらしらしらぬぬぬ民民たみのののすみかすみかすみかまでまでまで、、、いかでいかでいかで我我わがががもともともとににに繁繁しげくくくふかふかふかむむんとととふきふきふきわたしわたしわたしたるたるたる、、、猶猶なおいといといと珍珍めずらしくしくしくいつかいつかいつかことことこと折折おりはははさささはははしししたりたりたりししし。。。空空そらのののけしきけしきけしきのののくもりくもりくもりわたりわたりわたりたるたるたるににに、、、きさいきさいきさいののの宮宮みやなどなどなどにににははは縫縫ぬい殿殿どのよりよりより御御おおん藥藥くすとてとてとていろいろいろいろいろいろののの絲絲いとをををくみくみくみさげさげさげててて參參まいらせらせらせたれたれたればばば、、、みちやうみちやうみちょう奉奉たてまつるるる母母も屋屋やののの柱柱はしらののの左左ひだり右右みぎにににつけつけつけたりたりたり。。。九月九月くがつ九日九日ここのかののの菊菊きくををを綾綾あやとととすゞしすゞしすずしのののきぬきぬきぬにににつゝみつゝみつつみててて參參まいらせらせらせたるたるたる。。。同同おなじじじ柱柱はしらにににゆひゆひゆいつけつけつけててて月月つきごろごろごろあるあるある藥藥くす玉玉だまとりとりとりかへかへかえてててすつすつすつめるめるめる。。。又又またくすだまくすだまくすだまははは菊菊きくのののをりをりおりまでまでまであるあるあるべきべきべきにににやややあらあらあらむむん。。。されされされどどどそれそれそれははは皆皆みないといといとをををひきひきひき取取とりりりててて物物ものゆひゆひゆいなどなどなどしししてててしばししばししばしもももなしなしなし。。。
- 3御御おせくせくせくまゐりまゐりまいり、、、わかきわかきわかき人々人々ひとびとはははさうぶさうぶそうぶのののさしさしさしぐしぐしぐしさしさしさし、、、ものものものいみいみいみつけつけつけなどなどなどしししててて、、、さまざまさまざまさまざま、、、唐唐からぎぬぎぬぎぬ、、、かざみかざみかざみ、、、ながきながきながき根根ねをかしきをかしきおかしきをりをりおり枝枝えだどもどもどもむらごむらごむらごのののくみくみくみしししててて結結むすびびびつけつけつけなどなどなどしししたるたるたる、、、珍珍めずらしうらしうらしゅう言言いふふうべきべきべきことことことならならならねねねどどどいといといとをかしをかしおかし。。。さてさてさて春春はるごとごとごとににに咲咲さくくくとてとてとて櫻櫻さくらをををよろしうよろしうよろしゅう思思おもふふう人人ひとやはやはやはあるあるある。。。つぢつぢつじありくありくありくわらはべわらはべわらわべのののほどほどほどほどほどほどにににつけつけつけてててはははいみじきいみじきいみじきわざわざわざしししたるたるたるととと常常つねににに袂袂たもとをををまもりまもりまもり、、、人人ひとににに見見みくらべくらべくらべ、、、えええもももいはいはいわずずずけうけうきょうありありありととと思思おもひひいたるたるたるををを、、、そばへそばへそばえたるたるたるこここどねりどねりどねりわらはわらはわらわなどなどなどにににひきひきひきとらとらとられれれててて泣泣なくくくもももをかしをかしおかし。。。紫紫むらさきののの紙紙かみににに、、、あふちあふちあうちののの花花はな、、、靑靑あおききき紙紙かみにににさうぶさうぶそうぶののの葉葉は、、、ほそうほそうほそうまきまきまきてててひきひきひきゆひゆひゆい、、、又又また白白しろききき紙紙かみををを根根ねにににしししてててゆひゆひゆいたるたるたるもももをかしをかしおかし。。。いといといと長長ながききき根根ねなどなどなど文文ふみのののなかなかなかににに入入いれれれなどなどなどしししたるたるたる人人ひとどもどもどもなどなどなどももも、、、いといといとえんえんえんなるなるなる。。。返返かえりりり事事ごとかゝかゝかかむむんととと言言いひひい合合あわせせせかたらふかたらふかたらうどちどちどちははは見見みせせせ合合あわせせせなどなどなどするするするをかしをかしおかし。。。人人ひとのののむすめむすめむすめやんごとなきやんごとなきやんごとなき所々所々ところどころににに御御おおん文文ふみ聞聞きこえええ給給たまふふう人人ひとももも、、、けふけふきょうははは心心こころことことことにににぞぞぞなまめかしうなまめかしうなまめかしゅうをかしきをかしきおかしき。。。夕夕ゆう暮暮ぐれのののほどほどほどににに杜鵑杜鵑ほととぎすののの名名なのりのりのりしししたるたるたるもももすべてすべてすべてをかしうをかしうおかしゅういみじいみじいみじ。。。
現代語訳
節句は。
五月五日に及ぶものはない。菖蒲や蓬などの香りが混じり合っているのも、たいそう趣がある。宮中をはじめ、名もない庶民の住まいまで、何とかして自分の家にたくさん葺こうと、一面に葺きわたしているのは、やはりたいそう珍しく、ほかの節句のときにいつこのようなことをしただろうか。空の様子が一面に曇っているところに、中宮様などには、縫殿寮から御薬玉といって、色とりどりの糸を組んで垂らしたものを献上したので、御帳台を立てる母屋の柱の左右に付けてある。九月九日の菊を綾と生絹の布に包んで献上したものを、同じ柱に結び付けて何か月も置いてあったのを、薬玉と取り替えて捨てるようだ。また、薬玉は九月の菊の節句まで置いておくべきものなのだろうか。けれども、それはみな女房たちが糸を引き抜いて物を結んだりするので、しばらくも残っていない。
御節供を差し上げ、若い女房たちは菖蒲の挿し櫛を挿し、物忌みの札を付けたりして、さまざまな唐衣や汗衫に、長い菖蒲の根や趣のある折り枝などを、斑濃の組紐で結び付けたりしているのは、珍しいと言うほどのことではないけれど、たいそうおもしろい。それにしても、春が来るたびに咲くからといって、桜をいいかげんに思う人などいるだろうか。辻を歩き回る子どもたちが、身分相応に、たいそうな装いをしたと思って、いつも袂を気にし、人と見比べて、何とも言えずうれしいと思っているのを、ふざけている小舎人童などに菖蒲を引き取られて泣くのもおもしろい。紫の紙に楝の花を、青い紙に菖蒲の葉を細く巻いて結び、また白い紙を菖蒲の根に結び付けたのもおもしろい。たいそう長い根を手紙の中に入れたりした人なども、たいそう風流だ。返事を書こうと相談し合う仲間どうしは、手紙を見せ合ったりするのもおもしろい。身分の高い家の娘などに、お手紙を差し上げなさる人も、今日は格別に優美で趣がある。夕暮れのころに、ほととぎすが名乗るように鳴いたのも、すべてにおいて趣深く、すばらしい。
意訳
一年の節句の中で、作者が最も好むのは五月五日の端午の節句である。宮中から庶民の家まで軒に菖蒲を葺き、菖蒲と蓬の香りがあたりに満ちる。中宮のもとには色とりどりの糸を垂らした薬玉が届けられ、若い女房たちは菖蒲の挿し櫛で飾り、恋人たちは菖蒲の根を添えた手紙を交わす。毎年めぐってくる行事でも、桜と同じように、そのたびに新鮮な喜びがある。都じゅうが菖蒲の香りに包まれる一日の華やぎが、生き生きと描かれている。
語釈・文法注
- せち
- 節(せち)。季節の変わり目に行う節会や節句。
- 藥玉
- 香料を袋に入れ、菖蒲や蓬などの造花で飾り、五色の糸を長く垂らしたもの。端午の節句に柱や御簾に掛け、邪気を払うとされた。
文法
- 「五月にしくはなし」
- 五月(の節句)に及ぶものはない。「しく」は、及ぶ、匹敵する。
- 「いつかこと折はさはしたりし」
- 反語。いつほかの時にそんなことをしただろうか、いやしない。
- 「春ごとに咲くとて櫻をよろしう思ふ人やはある」
- 反語。毎年咲くからといって桜を軽んじる人がいようか。端午の節句も毎年のことだが、そのたびにすばらしい、の意。
解説
節句の中で端午の節句を第一とする類聚的章段である。菖蒲と蓬を軒に葺き、薬玉を掛ける習慣は、邪気を払うための行事であった。
宮中の儀礼、女房たちの装い、子どもたちの晴れ着、恋人たちの手紙のやりとりと、身分も年齢もさまざまな人々が、それぞれに節句の日を楽しむ様子が描かれている。最後にほととぎすの声で結ぶのは、初夏の季節感を印象づける、作者らしい構成である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、202–203頁(コマ104)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日