枕草子 第44段 類聚的章段
木の花は
花の咲く木として、紅梅、桜、藤、卯の花、橘、梨、桐、楝を挙げ、それぞれの趣を述べる。とりわけ、日本では顧みられない梨の花を、唐土での評価や楊貴妃の詩句から見直していく。

- 1木木きののの花花はなははは題
- 2梅梅うめのののこくこくこくももも薄薄うすくくくももも紅紅こう梅梅ばい。。。櫻櫻さくらののの花花はなびらびらびらおほきおほきおおきににに葉葉は色色いろこきこきこきががが枝枝えだほそくほそくほそくしししててて咲咲さきききたるたるたる。。。藤藤ふじののの花花はなしなひしなひしない長長ながくくく色色いろよくよくよく咲咲さきききたるたるたるいといといとめでたしめでたしめでたし。。。卯卯うののの花花はなはははしなしなしなおとりおとりおとりてててなになになにとととなけれなけれなけれどどど、、、咲咲さくくく頃頃ころのののをかしうをかしうおかしゅう、、、杜鵑杜鵑ほととぎすののの、、、かげかげかげにににややや隱隱かくるるるらむらむらんととと思思おもふふうにににいといといとをかしをかしおかし。。。祭祭まつりのののかへさかへさかえさににに紫紫むらさき野野ののののわたりわたりわたり近近ちかきききあやしあやしあやしののの家家いえどもどもども、、、おどろおどろおどろなるなるなる垣垣かき根根ねなどなどなどにににいといといと白白しろううう咲咲さきききたるたるたるこそこそこそをかしけれをかしけれおかしけれ。。。靑靑あお色色いろのののうへうへうえににに白白しろきききひとへひとへひとえがさねがさねがさねかづきかづきかずきたるたるたる、、、靑靑あおくちばくちばくちばなどなどなどにににかよひかよひかよいててていといといとをかしをかしおかし。。。四月四月しがつのののつごもりつごもりつごもり五月五月ごがつのののついたちついたちついたちなどなどなどのののころほひころほひころおい、、、橘橘たちばなののの濃濃こくくくあをきあをきあおきににに花花はなのののいといといとしろくしろくしろく咲咲さきききたるたるたるににに雨雨あめのののふりふりふりたるたるたるつとめてつとめてつとめてなどなどなどははは、、、世世よににになくなくなく心心こころあるあるあるさまさまさまにににをかしをかしおかし。。。花花はなののの中中なかよりよりより實實みのののこがねこがねこがねののの玉玉たまととと見見みえええててていみじくいみじくいみじくきはやかきはやかきわやかににに見見みえええたるたるたるなどなどなど、、、朝朝あさ露露つゆにににぬれぬれぬれたるたるたる櫻櫻さくらにににももも劣劣おとらららずずず。。。杜鵑杜鵑ほととぎすのののよすがよすがよすがとととさへさへさへ思思おもへへえばばばにににややや猶猶なお更更さらにににいふいふいうべきべきべきにににもももあらあらあらずずず。。。
- 3梨梨なしののの花花はな世世よにににすさまじくすさまじくすさまじくあやしきあやしきあやしき物物ものにににしししててて、、、目目めににに近近ちかくくくはかなきはかなきはかなき文文ふみつけつけつけなどなどなどだにだにだにせせせずずず。。。あいぎやうあいぎやうあいぎょうおくれおくれおくれたるたるたる人人ひとののの顏顏かおなどなどなど見見みてててははは、、、たとひたとひたといにににいふいふいうもももげにげにげにそのそのその色色いろよりよりよりしししてててあいなくあいなくあいなく見見みゆるゆるゆるををを、、、もろこしもろこしもろこしにににかぎりかぎりかぎりなきなきなきものものものにてにてにて文文ふみにににももも作作つくるるるなるなるなるををを、、、さりともさりともさりともあるあるあるやうやうようあらあらあらむむんとてとてとてせめてせめてせめて見見みれれればばば、、、花花はなびらびらびらのののはしはしはしにににをかしきをかしきおかしきにほひにほひにおいこそこそこそ心心こころもとなくもとなくもとなくつきつきつきたたためれめれめれ。。。楊楊よう貴貴き、、、みかどみかどみかどののの御御おおん使使つかいににに逢逢あひひいててて泣泣なきききけるけるける顏顏かおににに似似にせせせててて「「「梨梨り花花か一一いつ枝枝し春春はるののの雨雨あめをををおびおびおびたりたりたり」」」などなどなどいひいひいいたるたるたるはははおぼろけおぼろけおぼろけならならならじじじととと思思おもふふうににに、、、猶猶なおいみじういみじういみじゅうめでたきめでたきめでたき事事ことははは類類たぐひひいあらあらあらじじじととと覺覺おぼえええたりたりたり。。。
- 4桐桐きりののの花花はな、、、紫紫むらさきににに咲咲さきききたるたるたるはははなほなほなおをかしきをかしきおかしきををを、、、葉葉はのののひろごりひろごりひろごり、、、さまさまさまうたてうたてうたてあれあれあれどもどもども、、、又又またことことこと木木きどもどもどもとととひとしうひとしうひとしゅういふいふいうべきべきべきにににあらあらあらずずず。。。もろこしもろこしもろこしにににことごとしきことごとしきことごとしき名名なつきつきつきたるたるたるのののこれこれこれにににしもしもしも住住すむむむらむらむらん心心こころことことことなりなりなり。。。ましてましてましてににに作作つくりりりてててさまざまさまざまさまざまなるなるなるねねねののの出出いでででくるくるくるなどなどなど、、、をかしをかしおかしとととはははよよよのののつねつねつねにににいふいふいうべくべくべくやはやはやはあるあるある。。。いみじういみじういみじゅうこそこそこそはははめでたけれめでたけれめでたけれ。。。木木きのののさまさまさまぞぞぞにくげにくげにくげなれなれなれどどどののの花花はないといといとをかしをかしおかし。。。かれかれかればなばなばなにににさまさまさまことことことににに咲咲さきききてててかならずかならずかならず五月五月ごがつ五日五日いつかにににあふあふあうもももをかしをかしおかし。。。
現代語訳
木の花は。
梅は、色が濃いのも薄いのも、紅梅がよい。桜は、花びらが大きく、葉の色の濃いものが、枝が細くて咲いているのがよい。藤の花は、花房が長く垂れて、色よく咲いているのがたいそうすばらしい。卯の花は、品格が劣っていて何ということもないけれど、咲くころがおもしろく、ほととぎすがその陰に隠れているのだろうかと思うと、たいそう趣がある。賀茂祭の帰りに、紫野のあたりに近い粗末な家々の、ぼうぼうと茂った垣根などに、たいそう白く咲いているのは趣がある。青色の袍の上に白い単襲をかぶっているような、青朽葉の襲などに似通っていて、たいそうおもしろい。四月の末から五月の初めごろ、橘の葉が濃く青々としているところに、花がたいそう白く咲いていて、雨が降った翌朝などは、またとなく情趣のある様子で趣がある。花の中から、実が黄金の玉のように見えて、たいそうくっきりと見えているのなどは、朝露にぬれた桜にも劣らない。ほととぎすが身を寄せる木とまで思うからだろうか、やはり言うまでもなくすばらしい。
梨の花は、世間ではまったく興ざめなつまらないものとして、身近に置いて観賞したり、ちょっとした手紙に付けたりさえしない。愛嬌のない人の顔などを見て、たとえに言うのも、なるほどその花の色からして、つまらなく見えるのに、唐土ではこの上ないものとして漢詩にも作るというので、それでもきっと何かわけがあるのだろうと思って、しいてよく見ると、花びらの端に、美しい色つやがほのかについているようだ。楊貴妃が、帝の使いに会って泣いた顔にたとえて、「梨花一枝、春の雨を帯びたり」などと詠んだのは、並々のことではないだろうと思うと、やはりたいそうすばらしいことは、比べるものがないと思われた。
桐の花が紫色に咲いているのは、やはり趣があるが、葉の広がり具合が、様子がいやな感じではあるけれど、また他の木々と同じように言うべきではない。唐土で大げさな名前のついた鳥が、わざわざこの木にだけ住むというのは、格別なことだ。まして、琴に作って、さまざまな音色が出てくるのなどは、趣があるなどと世間並みに言ってよいものだろうか。たいそうすばらしいことだ。木の様子は見苦しいけれど、楝の花はたいそう趣がある。枯れたような花の様子で風変わりに咲いて、必ず五月五日の節句に咲き合わせるのもおもしろい。
意訳
花の咲く木を挙げながら、作者はそれぞれの花にまつわる思いを語っていく。紅梅、桜、藤の華やかさ、卯の花とほととぎす、雨上がりの橘の白い花と黄金の実。とりわけ興味深いのは梨の花で、日本ではつまらないとされるこの花を、白居易「長恨歌」で楊貴妃の泣き顔にたとえられたことから見直し、花びらの端のかすかな色つやに美しさを見いだしていく。漢詩の教養が、ものの見方を変えていく過程が描かれている。
語釈・文法注
- 楊貴妃
- 唐の玄宗皇帝の妃。白居易「長恨歌」では、仙界にいる楊貴妃のもとを帝の使いが訪れ、涙を流す貴妃の顔が「梨花一枝春帯雨」とうたわれる。
- ことごとしき名つきたる鳥
- 鳳凰。中国の伝説で、鳳凰は桐の木にだけ住むとされた。
- こと
- 琴。桐の木は琴の材料に用いられた。
- あふち
- 楝(おうち)。センダンの古名。初夏に薄紫の小さな花を咲かせる。
文法
- 「しなひ長く」
- 花房が長くしなやかに垂れて。
- 「おどろなる垣根」
- 草木が乱れ茂った垣根。
- 「たとひにいふも」
- たとえに言うのも。愛嬌のない顔を梨の花にたとえる言い方があった。
- 「おぼろけならじ」
- 並一通りのことではないだろう。
解説
花の咲く木を挙げた類聚的章段で、教科書にも採られる有名な段である。後半の梨の花と桐の花のくだりでは、日本での一般的な評価と、中国の詩文での評価とを対比させながら、作者が自らの目で美しさを確かめていく。
「長恨歌」の一節を引いて梨の花を見直すくだりには、漢詩文の教養に通じていた作者の面目がよく表れている。中宮定子の後宮では、こうした漢詩文の知識が会話の中で自在に用いられていた。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、200–202頁(コマ103–104)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日