古典ライブラリー

枕草子 第42段 日記的章段

小白川といふ所は

小一条大将済時の邸小白川で催された結縁八講には、都じゅうの人が集まった。涼やかな装いの上達部たちのなか、義懐中納言の姿はひときわ美しい。作者は早めに退出しようとして義懐に冷やかされるが、その義懐は二十日ほど後に出家してしまう。

夏の小白川の邸で、蓮の池に臨む廂に上達部たちが並ぶ。池のほとりにも人々が集まり、にぎやかな眺めが広がる。
夏の小白川の邸で、蓮の池に臨む廂に上達部たちが並ぶ。池のほとりにも人々が集まり、にぎやかな眺めが広がる。
  1. 1ととといふいふいう所ところ所ところところははは、、、小こ小ここ一いち一いちいち條でう條でうじょうののの大だい大だいだい將しやう將しやうしょう殿どの殿どのどのののの御おほん御おほんおおん家いへ家いへいえぞぞぞかしかしかし。。。それそれそれにてにてにて上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめ、、、けちえんけちえんけちえんののの八はつ八はつはつ講かう講かうこうししし給たま給たまたまふふうににに、、、いみじくいみじくいみじくめでたきめでたきめでたき事こと事ことことにてにてにて、、、世よ世よよののの中なか中なかなかののの人ひと人ひとひとののの集あつま集あつまあつまりりり行ゆ行ゆゆきききててて聞き聞ききくくく。。。「「「おそからおそからおそからむむん車くるま車くるまくるまはははよるよるよるべきべきべきやうやうようもももなしなしなし」」」ととといへいへいえばばば、、、露つゆ露つゆつゆとととともともともににに急いそ急いそいそぎぎぎおきおきおきててて、、、げにげにげにぞぞぞひまひまひまなかりなかりなかりけるけるける。。。ながえながえながえののの上うへ上うへうえににに又また又またまたさしさしさし重かさ重かさかさねねねててて三み三みみつつつばかりばかりばかりまでまでまでははは少すこ少すこすこししし物もの物ものものももも聞きこ聞きこきこゆゆゆべしべしべし。。。六月ろくぐわつ六月ろくぐわつろくがつ十とを十とをとおよよよ日か日かかにてにてにて、、、あつきあつきあつきことことこと世よ世よよににに知し知ししらららぬぬぬほどほどほどなりなりなり。。。池いけ池いけいけのののはちすはちすはちすををを見み見みみやるやるやるのみのみのみぞぞぞ少すこ少すこすこししし凉すず凉すずすずしきしきしき心ここ心ここここちちちするするする。。。
  2. 2左さ左さそ右う右ううのののおとゞおとゞおとどたちたちたちをををおきおきおき奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりてててはははおはせおはせおわせぬぬぬ上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめなしなしなし。。。二ふた二ふたふた藍あゐ藍あゐあいののの直衣なほし直衣なほしのうし指さし指さしさし貫ぬき貫ぬきぬき、、、淺あさ淺あさあさ黃ぎ黃ぎぎのののかたびらかたびらかたびらをををぞぞぞすかしすかしすかし給たま給たまたまへへえるるる。。。少すこ少すこすこしししおとなびおとなびおとなび給たま給たまたまへへえるるるははは靑あを靑あをあおにびにびにびのののさしぬきさしぬきさしぬき白しろ白しろしろききき袴はかま袴はかまはかまもももすゞしげすゞしげすずしげなりなりなり。。。やすちかやすちかやすちかののの宰さい宰さいさい相しやう相しやうしょうなどなどなどももも若わか若わかわかやぎやぎやぎだちだちだちてててすべてすべてすべてたふときたふときとうときことことことののの限かぎり限かぎりかぎりにににもももあらあらあらずずず、、、をかしきをかしきおかしき物もの物ものもの見み見みみなりなりなり。。。廂ひさし廂ひさしひさしのののみすみすみす高たか高たかたかくくくまきまきまき上あ上ああげげげてててなげしなげしなげしのののうへうへうえににに上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめ奥おく奥おくおくににに向むか向むかむかひひいててて、、、ながながながながながながとととゐゐい給たま給たまたまへへえりりり。。。そのそのそのしもしもしもにににははは殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびと、、、わかきわかきわかききんだちきんだちきんだち、、、かりかりかりさうぞくさうぞくそうぞく、、、直衣なほし直衣なほしのうしなどなどなどもももいといといとをかしくをかしくおかしくてててゐゐいもももさだまらさだまらさだまらずずず、、、こゝかしここゝかしこここかしこににに立た立たたちちちさまよひさまよひさまよい、、、あそびあそびあそびたるたるたるもももいといといとをかしをかしおかし。。。實さね實さねさね方かた方かたかたののの兵ひやう兵ひやうひょう衞ゑ衞ゑえののの佐すけ佐すけすけ、、、なかあきらなかあきらなかあきらののの侍じ侍じじ從じう從じうじゅうなどなどなど家いへ家いへいえののの子こ子ここにてにてにて今いま今いまいますこしすこしすこしいでいでいでいりいりいりたりたりたり。。。まだまだまだ童わらは童わらはわらわなるなるなるきんだちきんだちきんだちなどなどなどいといといとをかしうをかしうおかしゅうててておはすおはすおわす。。。
  3. 3少すこ少すこすこししし日ひ日ひひたけたけたけたるたるたるほどほどほどににに三位さんみ三位さんみさんみ中將ちゆうじやう中將ちゆうじやうちゅうじょうとはとはとは關くわん關くわんかん白ぱく白ぱくぱく殿どの殿どのどのをををぞぞぞ聞きこ聞きこきこえええししし。。。かうかうこうのののうすうすうすものものもの、、、二ふた二ふたふた藍あゐ藍あゐあいののの直衣なほし直衣なほしのうし、、、おなじおなじおなじ指さし指さしさし貫ぬき貫ぬきぬき、、、こきこきこき蘇す蘇すす枋はう枋はうおうののの御おほん御おほんおおん袴はかま袴はかまはかまににに、、、はりはりはりたるたるたる白しろ白しろしろきききひとへひとへひとえのののいといといと鮮あざ鮮あざあざやかやかやかなるなるなるををを着き着きき給たま給たまたまひひいててて、、、步あゆ步あゆあゆみみみ入い入いいりりり給たま給たまたまへへえるるる、、、さばかりさばかりさばかりかろびかろびかろび凉すず凉すずすずしげしげしげなるなるなる中なか中なかなかににに、、、あつかはしげあつかはしげあつかわしげなるなるなるべけれべけれべけれどどど、、、いみじういみじういみじゅうめでたしめでたしめでたしとととぞぞぞ見み見みみえええ給たま給たまたまふふう。。。ほそほそほそぬりぬりぬりぼねぼねぼねなどなどなど、、、骨ほね骨ほねほねはははかはれかはれかわれどどど、、、たゞたゞただ赤あか赤あかあかききき紙かみ紙かみかみをををおなじおなじおなじなみなみなみにににうちうちうちつかひつかひつかい持も持ももちちち給たま給たまたまへへえるるるははは、、、なでしこなでしこなでしこのののいみじういみじういみじゅう咲さ咲ささきききたるたるたるにににぞぞぞいといといとよくよくよく似に似ににたるたるたる。。。まだまだまだ講かう講かうこう師じ師じじももものぼらのぼらのぼらぬぬぬ程ほど程ほどほどにににかけかけかけばんばんばんどもどもどもしししててて何なに何なになににににかかかはははあらあらあらむむん物もの物ものもの參まゐ參まゐまいるるるべしべしべし。。。ののの中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんののの御おほん御おほんおおんありさまありさまありさま、、、常つね常つねつねよりよりよりもももまさりまさりまさりててて清きよ清きよきよげげげにににおはするおはするおわするさまさまさまぞぞぞ限かぎり限かぎりかぎりなきなきなきややや。。。上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめののの御おほん御おほんおおん名な名なななどなどなど書か書かかくくくべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬををを、、、誰たれ誰たれたれなりなりなりけむけむけんととと少すこ少すこすこしししほどほどほどふれふれふればばば、、、色いろ色いろいろあひあひあいはなばなはなばなはなばなととといみじくいみじくいみじく、、、にほひにほひにおいあざやかあざやかあざやかにににいづれいづれいずれともともともなきなきなき中なか中なかなかのののかたびらかたびらかたびらををを、、、これこれこれはははまことまことまことにににたゞたゞただ直衣なほし直衣なほしのうし一ひと一ひとひとつつつををを着き着ききたるたるたるやうやうようにてにてにて常つね常つねつねににに車くるま車くるまくるまのののかたかたかたををを見み見みみおこせおこせおこせつゝつゝつつ物もの物ものものなどなどなどいひいひいいおこせおこせおこせ給たま給たまたまふふう。。。をかしをかしおかしととと見み見みみぬぬぬ人ひと人ひとひとなかりなかりなかりけむけむけんををを、、、
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  5. 5あさざあさざあさざののの講かう講かうこう師じ師じじ、、、かうざかうざこうざのののうへうへうえももも光ひかり光ひかりひかりみちみちみちたるたるたる心ここ心ここここちちちしししててていみじくいみじくいみじくぞぞぞあるあるあるややや。。。あつさあつさあつさののの侘わび侘わびわびしきしきしきにににそへそへそえてててしししさすさすさすまじきまじきまじき事こと事ことことののの今日けふ今日けふきょうすぐすすぐすすぐすまじきまじきまじきをををうちうちうち置お置おおきききててて、、、唯ただ唯ただただ少すこ少すこすこししし聞き聞きききききててて歸かへ歸かへかえりりりなななむむんとととしししつるつるつるををを、、、しきしきしきなみなみなみにににつどひつどひつどいたるたるたる車くるま車くるまくるまののの奧おく奧おくおくににになむなむなん居ゐ居ゐいたれたれたればばば、、、出い出いいづづずべきべきべきかたかたかたもももなしなしなし。。。あしたあしたあしたののの講かう講かうこうはてはてはてなななばばばいかでいかでいかで出い出いいでででなななむむんとてとてとてまへまへまえなるなるなる車くるま車くるまくるまどもどもどもにににせうそこせうそこしょうそこすれすれすればばば、、、近ちか近ちかちかくくくたゝたゝたたむむんうれしさうれしさうれしさにににややや、、、はやばやはやばやはやばやとととひきひきひき出い出いいででであけあけあけててて出いだ出いだいだすすすををを見み見みみ給たま給たまたまふふう。。。いといといとかしかましきかしかましきかしかましきまでまでまで人ひと人ひとひとごとごとごといふいふいうににに、、、老おい老おいおい上かん上かんかん達だち達だちだち部め部めめさへさへさへ笑わら笑わらわらひひいにくむにくむにくむををを、、、きゝきゝききももも入い入いいれれれずずずいらへいらへいらえもももせせせでででせばがりせばがりせばがり出い出いいづれづれずればばば、、、權ごん權ごんごん中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごん「「「やゝやゝややまかりまかりまかりぬるぬるぬるもももよしよしよし」」」とてとてとてうちうちうち笑わら笑わらわらひひい給たま給たまたまへへえるるるぞぞぞめでたきめでたきめでたき。。。それそれそれももも耳みみ耳みみみみにににもももとまらとまらとまらずずず、、、暑あつ暑あつあつきききににに惑まど惑まどまどひひい出い出いいでゝでゝでて、、、人ひと人ひとひとしししててて「「「五ご五ごご千せん千せんせん人にん人にんにんののの中なか中なかなかにににははは入い入いいらららせせせ給たま給たまたまははわぬぬぬやうやうようもももあらあらあらじじじ」」」ととと聞きこ聞きこきこえええかけかけかけててて歸かへ歸かへかえりりり出い出いいでででにににききき。。。
  6. 6そのそのそのはじめはじめはじめよりよりよりやがてやがてやがてはつるはつるはつる日ひ日ひひまでまでまでたてるたてるたてる車くるま車くるまくるまのののありありありけるけるけるががが、、、人ひと人ひとひと寄よ寄よよりりりくくくともともとも見み見みみえええずずず。。。すべてすべてすべてたゞたゞただあさましうあさましうあさましゅう繪ゑ繪ゑえなどなどなどのののやうやうようにてにてにて過す過すすごしごしごしけれけれければばば、、、ありがたくありがたくありがたくめでたくめでたくめでたく心こころ心こころこころにくゝにくゝにくく「「「いかなるいかなるいかなる人ひと人ひとひとならならならむむん、、、いかでいかでいかで知し知ししらららむむん」」」ととと問と問ととひひいけるけるけるををを聞き聞ききききき給たま給たまたまひひいててて、、、藤とう藤とうとう大だい大だいだい納な納なな言ごん言ごんごん「「「なになになにかかかめでたからめでたからめでたからむむん、、、いといといとにくしにくしにくし。。。ゆゝしきゆゝしきゆゆしき物もの物ものものにににこそこそこそあああなれなれなれ」」」とととのたまひのたまひのたまいけるけるけるこそこそこそをかしけれをかしけれおかしけれ。。。
  7. 7さてさてさてそのそのその二は二はは十つ十つつ日か日かかあまりあまりあまりににに、、、中ちゆう中ちゆうちゅう納な納なな言ごん言ごんごんののの法ほふ法ほふほう師し師ししににになりなりなり給たま給たまたまひひいにににしししこそこそこそあはれあはれあわれなりなりなりしかしかしか。。。櫻さくら櫻さくらさくらなどなどなどののの散ち散ちちりりりぬるぬるぬるももも猶なほ猶なほなおよよよのののつねつねつねなりなりなりややや。。。「「「老おい老おいおいををを待ま待ままつつつまままののの」」」とととだにだにだにいふいふいうべくべくべくもももあらあらあらぬぬぬ御おほん御おほんおおんありさまありさまありさまにににこそこそこそ見み見みみえええ給たま給たまたまひひいしかしかしか。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

小白川という所は、小一条の大将殿の御邸である。そこで上達部たちが結縁の八講を催しなさったところ、たいそうすばらしい催しだというので、世の中の人々が集まって聴聞に行く。「遅く行った車は、寄せる場所もない」と言うので、露が置くのと同時に急いで起きて出かけたが、なるほど隙間もなかった。轅の上にさらに重ねるようにして、三列目くらいまでは、少しは説経も聞こえるだろう。六月十日過ぎのことで、暑さは世に例がないほどである。池の蓮を見やるのだけが、少し涼しい気持ちがする。

左右の大臣たちを除いては、来ていらっしゃらない上達部はいない。二藍の直衣や指貫に、浅葱色の帷子を透かして着ていらっしゃる。少し年配の方は、青鈍の指貫に白い袴も涼しげである。保光の宰相なども若々しくふるまって、すべてが尊い法会というだけでなく、おもしろい見物である。廂の御簾を高く巻き上げて、長押の上に上達部たちが奥に向かって、ずらりと並んで座っていらっしゃる。その下手には、殿上人や若い公達が、狩装束や直衣姿もたいそう趣があって、座っても落ち着かず、あちこち立ち歩いて遊んでいるのも、たいそうおもしろい。実方の兵衛佐や長明の侍従などは、この家の子として、もう少し気軽に出入りしている。まだ童の公達なども、たいそうかわいらしくていらっしゃる。

少し日が高くなったころに、三位の中将、それは今の関白殿を当時そう申し上げたのだが、香染の薄物、二藍の直衣、同じ色の指貫、濃い蘇枋の御袴に、張りのある白い単衣のたいそう鮮やかなのを着て、歩いて入っていらっしゃったのは、あれほどみなが軽やかで涼しげな中では、暑苦しそうに見えるはずなのに、たいそうすばらしくお見えになる。細塗骨など、骨はそれぞれ違うけれど、ただ赤い紙の扇をみな同じように使って持っていらっしゃるのは、撫子がたくさん咲いているのにとてもよく似ている。まだ講師も高座に上らないうちに、懸盤などを運んで、何であろうか、お食事を召し上がるようだ。義懐の中納言のご様子は、いつもよりまさって美しくいらっしゃるさまは、この上ない。上達部のお名前などは書くまでもないのだが、誰だったかしらと、少し時がたつと思い出せなくなるので書いておく。色合いが華やかで美しく、色つやも鮮やかで、どれも見分けがつかないほど美しい帷子の中で、この方は本当にただ直衣一枚を着ているように見えて、いつも女車の方に目をやっては、何か言葉をかけていらっしゃる。すばらしいと見ない人はいなかっただろうが、

後から来た車が、すき間もなかったので、池のほうに引き寄せて止めていたのをご覧になって、義懐は実方の君に「人への伝言を、場にふさわしく言えそうな者を一人」とお呼びになると、どういう人だろうか、選んで連れていらっしゃったので、「どう言ってやろうか」と、近くにいらっしゃる人とだけ相談して伝言をおやりになる言葉は、こちらには聞こえない。使いはたいそう身なりを整えて、その車のもとへ歩み寄るのを、一方ではお笑いになる。車の後ろの方に寄って言うようだ。長く立っているので、返歌などを詠んでいるのだろうか。兵衛佐が「返歌の用意をしておけ」などと笑って、早く返事を聞こうと、年配の上達部まで、みなその方を見やっていらっしゃる。なるほど、見物の人々までがそちらを見やっていたのもおもしろかったが、返事を聞いたのか、使いが少し歩いて戻ってくるときに、車の中から扇を差し出して呼び返したので、歌の文字を言い誤ったときにこそ呼び返すものなのに、あれほど長くかかったのだから、直すべきこともあるまいに、と思われた。使いが近くに戻ってくるのも待ちきれず、「どうだった、どうだった」と誰もがお尋ねになるけれど、使いは答えない。権中納言が呼んでいらっしゃるので、そこに寄って、もったいぶって申し上げる。三位の中将が「早く言え。あまり考えすぎて言いそこなうな」とおっしゃると、「これも同じことでございます」と言うのは聞こえる。藤大納言は、人よりも特にのぞき込んで「何と言ったのか」とおっしゃるようなので、三位の中将が「たいそうまっすぐな木を、押し折ったようです」と申し上げなさると、大納言がお笑いになるので、みな何となくどっと笑う声が、女車にも聞こえているだろうか。中納言が「それで、呼び返される前には何と言ったのか。これは言い直したのか」とお尋ねになると、「長く立っておりましたが、何のお返事もございませんでしたので、それでは帰りましょうと戻ってまいりましたところを、呼び返して」と申し上げる。「誰の車だろう。知っているか」などとおっしゃっているうちに、講師が高座に上ったので、みな静まって講師の方ばかりを見ているうちに、この車は消えるようにいなくなってしまった。下簾なども、ただ今日初めて掛けたように見えて、濃い色の単襲に、二藍の織物や蘇枋の薄物の表着などを着て、車の後ろに摺り模様の裳を、そのまま広げて掛けたりしていたのは、どういう人だったのだろう。なまじっかな返歌をして人の物笑いになるよりは、なるほどもっともだと思われて、かえってたいそうよいと思われる。

朝座の講師の清範は、高座の上まで光が満ちたように思われて、たいそうすばらしい。暑さのつらさに加えて、中途半端にしておけない用事で、今日のうちに済ませなければならないことをさしおいて、ほんの少し聞いて帰ろうと思っていたのに、重なるように集まっている車の奥にいたので、出るすべもない。朝座の講が終わったら何とか出ようと、前にいる車に伝言をすると、近くに車を立てられるうれしさからか、早々と車を引き出して道をあけて、出してくれるのをご覧になる。うるさいほど人々が何か言うのに、年配の上達部まで笑って憎らしがるのを、耳にも入れず返事もしないで、窮屈そうに出て行くと、権中納言が「おや、退出するのもよかろう」と言ってお笑いになったのは、すばらしい。それも耳に入らず、暑さに途方にくれて出てきて、人に言わせて「あなたも、いずれは五千人の中にお入りにならないこともないでしょう」と申し上げて帰ってきた。

その八講の始まりから、終わる日まで、ずっと立てたままの車があったが、人が寄っていくとも見えない。すべてただもう驚くほど、絵などのように静かに過ごしていたので、めったにないことで、すばらしく、奥ゆかしく、「どういう人だろう。何とかして知りたい」と人々が尋ねたのをお聞きになって、藤大納言が「何がすばらしいものか。たいそう憎らしい。気味の悪い者に違いない」とおっしゃったのは、おもしろい。

さて、その月の二十日過ぎに、中納言が出家なさってしまったのは、しみじみと悲しいことだった。桜などが散ってしまうのも、まだ世の常のことだ。「老いを待つ間の」とさえ言えないほどの、お若いご様子に見えたのに。

意訳

夏の盛り、小白川で開かれた結縁八講は、信仰の場であると同時に、都の貴族たちの晴れの社交場だった。作者は、涼しげな装いの上達部たち、撫子の花のように並んだ赤い扇、とりわけ美しい義懐中納言の姿を、まるで絵巻のように描き出す。義懐が見知らぬ女車に歌を贈り、返事を待つ一同の騒ぎ、作者が早めに抜け出そうとして義懐に「五千人の中に入れぬこともあるまい」と法華経の故事で切り返す場面など、華やかな一日が生き生きと語られる。ところがその義懐は、わずか二十日ほど後に、花山天皇の出家に従って世を捨ててしまう。華やかな記憶の最後に置かれたこの一行が、人の世の無常を強く印象づけている。

語釈・文法注

こしらかは
小白川。京の東、白川のあたりにあった、小一条大将藤原済時(なりとき)の別邸。寛和二年(986)六月、ここで法華八講が催された。
よしちか
藤原義懐(よしちか)。花山天皇の叔父で、権中納言として政治の中心にいたが、この八講の直後に天皇とともに出家した。
せいはん
清範。弁舌の巧みさで知られた興福寺の僧。

文法

「三位中將とは關白殿をぞ聞えし」
当時「三位の中将」と申し上げたのは、今の関白殿(藤原道隆)である。作者が後から書き添えた注釈的な一文。
「あまりうしんすぎて」
「うしん」は有心(思慮深いこと)。あまり考えすぎて。
「いとなほき木をなむ押し折りためる」
まっすぐな木を押し折ったようだ。使いが呼び返されたのは、まともな返事ではなかった、という意をこめた冗談と解される。
「五千人の中には入らせ給はぬやうもあらじ」
法華経で、釈迦の説法の座から五千人の増上慢の者が退出したという故事を踏まえる。中座する作者を冷やかす義懐に、あなたもいずれは退席する五千人の中に入るでしょう、と切り返した。
「老を待つまの」
「散ればこそいとど桜はめでたけれ憂き世になにか久しかるべき」などの古歌を踏まえ、老いを待つ間もなく、の意か。

解説

寛和二年(986)六月、小白川で催された法華八講の回想である。作者はまだ宮仕えに出る前で、一人の見物人として参加していた。このとき権勢の頂点にあった義懐は、同じ月の二十三日、花山天皇の突然の出家に従って自らも出家する。

前半では、法会の場に集う上達部や殿上人の装いを、色や布地まで細かく描き分けており、作者の観察眼の鋭さがよく表れている。中ほどの、見知らぬ女車に歌を贈る場面は、宮廷社会の遊びとしての恋愛のありようを伝えている。

最後の数行で、華やかな場面から一転して義懐の出家が語られる。作者は「あはれなりしか」と短く記すのみだが、その簡潔さがかえって、栄華のはかなさを強く印象づける。後の中関白家の没落を知る読者には、いっそう深い感慨を呼ぶ結びである。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』日記草子部(枕草紙) 板倉屋書房、明治36年(1903)、196–199頁(コマ101–102)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日